gft22

ぬの

gft22

 緊急地震速報のチャイムが鳴りだして、ぼくは目をあけた。

 その少し前から小さな揺れが、遠くから伝わってくるのには気づいていた。だけど、揺れが大きくならなければ、このまま目をとじて寝ていようと思っていた。

 家中をガタガタと鳴らしている地震よりも、外で鳴りつづけているチャイムと、アナウンスの声のほうが、ずっとうるさい。

「緊急地震速報。大地震です」

と、くりかえされる、男の人の声と、ギロンギロン、ギロンギロン、と、こだまする、ピアノと、いろいろながらくたを混ぜてたたきつけるような音。

 揺れはだんだんおさまってきたけれど、チャイムと、人間なのか、ロボットなのか、わからないような男の声は、まだつづいている。

 ベッドの下から防災リュックをひっぱりだして抱えると、ぼくは居間へおりていった。


 まだ起きてテレビを見ていたお父さんが、震度と震源地を教えてくれた。このへんは、震度三強、震源地は五強だった。テレビでは、震源地とその近くの夜の町が、カタカタ、ガタガタ揺れている映像が、ずっとながれている。立ったままそれを見ていたら、もう大丈夫だから寝なさいといわれたけれど、外ではまだ、ギロンギロン、ギロンギロン、がつづいている。

「おやすみ」をいって階段をのぼりはじめたぼくのうしろから、ぱたぱたと小さな足音がした。 

 ぼくが階段をのぼろうとすると、ダッシュでついてくる、黒猫のマックさんだ。マックさんは、夜はいつもお母さんのふとんで寝ているけれど、さっきの地震と、チャイムのせいで、起きてしまったのだろう。きっと、ぼくより不機嫌だ。

 ぼくの部屋は、ぼくがうまれる前は、マックさんの部屋だった。そのせいか、ぼくが部屋に向かうと、マックさんは階段の途中でぼくを追いこし、部屋の前にすわって、ぼくがドアをあけるのを待っている。

 でも、今日はちがった。マックさんは、ちょっとずつ、音を立てずにのぼってくる。そのままゆっくりついてくるから、ぼくはさきに部屋に入って、ベッドにすわってマックさんを待った。

 部屋の電気は消したままだったけど、廊下の窓から入ってくる外のあかりで、マックさんの影が見えた。

 

 マックさんは、ぼくより五歳も年上の十三歳だ。しかも、猫の世界では、その年齢は、人間の七十歳くらいになるという。この家で、いちばん年上なのは、だんとつでマックさんだ。

 だからなのか、マックさんは、ときどきすごいことをしてくれる。お父さんが、家で仕事をするようになったばかりのころ、お父さんのパソコンのキーボードにとびのって、「gft22」と打ったことがある。

 お父さんの部屋から急に「マックさん!」と声がして、ぼくが行くと、マックさんはキーボードからぴょんとおりて、右手をなめはじめた。

「なんて書いてあるの?」

 ぼくがきくと、

「わからない。調べてみよう」

 そういって、お父さんはマックさんの打った文字を青い四角でかこみ、マウスを二回、カチカチと鳴らした。それからあらわれた画面を見て、ぼくとお父さんは「あっ」と大きな声をあげた。そこには、ぼくには読めない外国語の下のほうに、ノミ取りシャンプーの広告があった。

「マックさんは天才だ」

 お父さんがいうと、いつのまにか、お母さんが、マックさんを抱っこしながらやってきて、

「みんなやっと気がついたみたいね」

といった。


 暗い部屋の中で、ぼくの足もとに近づいてきたマックさんは、ぼくを見あげると、

「ニャンニャン?」

と鳴いた。

「ニャンニャン?」

とまねをして、ぼくはその音程が、外で流れていた、チャイムといっしょなことに気がついた。

 防災リュックを置いてマックさんをそっと抱き上げる。ずっしりと重くてつばのにおいがして、ぼくの手の内側で、心臓がことこと動いている。

 マックさんは、やっぱり天才だ。ぼくは、マックさんの打った、「gft22」には、もうひとつの意味があって、それは、「ギフトニャンニャン」じゃないかと思っている。

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gft22 ぬの @teruinu

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