第589話俺は魔王じゃなくて農家だ!
そうと決まればあとは早かった。
元々こっちの国に居たくて居たわけじゃないんだ。呪いをどうにかするって話できていただけで、もっといえば聖樹がどうなっているのか気になったから来ただけ。
それがこんな邪神討伐だなんて大事になりはしたが、本来の目的は片付いているわけだし、帰っても問題ない。
まあ、数百人ほど復興や今後の強力のために残りはするものの、主要メンバーはさっさと帰ることになった。
「それじゃあ、帰るぞー」
「ヴェスナー。忘れ物はなあい? 大丈夫?」
これから帰るにあたって、配下達に随分とゆるい指示を出したのだが、それでも配下達は滞りなく進んでくれる。
だがそこで、俺を心配するような声がかけられた。
「……母さん。俺、そこまで子供じゃないんだけど?」
倒れるたびに過保護になるのはやめてほしい。いや、自分の子供なんだから倒れたら心配するのは当たり前だろうし、そもそも倒れる俺が悪いといえば悪いんだけどさ。
そんな感じで心配されながらも馬車に乗って進んでいくが、城から街の外に向かうその道中は酷いものだ。
邪神が消えた後には呪いに染まった植物も枯れたが、その残骸は残っているし、壊れたもの、死んだものは元に戻らない。
建物のほとんどは倒壊し、邪神の残骸と思わしき木片や枯れ木が転がり、その影に隠れるように人型の何かが落ちている。
前までは緑あふれる都市だったのに、その全てが枯れた死の都市となってしまっている。
「しかしまあ、だいぶ荒れてるな」
「そりゃあな。むしろ、あれだけのことがあってまだ街の形が残ってるだけマシだろ」
「でも、ここに住むよりも新しく作り直した方が早いんじゃないですか?」
俺の言葉にカイルとベルが答えたが、確かに、これを一旦撤去してから作り直すよりも、ここは無視して別の場所に作ったほうが早く済むだろう。
だが、それはできるのかどうか。壊れていると言っても、城は健在だ。あれを放棄して別の場所に新たに街を作るとなると、色々と問題が出てくるかもしれない。
それに、まだ住めるところはギリギリ残っているし、吹き曝しのところで生活するよりはマシだろう。
あとは、宗教的な意味もある。あの場所に街があったことに意味があるのだとしたら、そう易々とは動かせないだろう。まあ、今のあの街の住人達からしてみれば、宗教なんてクソ喰らえ、って感じかもしれないから、その辺はわからないけど。
「食料はうちから送ることになってるけど……」
「それだけじゃ足りないかと思われます。飢えることはない量は用意することになっておりますが、それだけです。住む場所の環境が悪くなれば余計に体力を使うことになり、復興のための活動をするにしても同じです。そうなれば、契約分の食料じゃあ足りなくなることでしょう。おそらくですが、今後この国は国民の何割かは減ることになるのではないでしょうか? それが移民となるか、死ぬことになるかは不明ですが」
「まあ、そうだよな」
今後五年は食糧を送る契約をしているが、それは飢えないだけの量でしかない。
雨風を凌げなければ体力を使うし、復興のために動けば体力を使う。その体力を補充するためにたくさん食べる必要があるが、それでは契約した分の量から足が出る。
結果、食料が足りなくなり、飢えることになる。
飢えをどうにかするために王家が身を切ってまで大枚叩いたのに、それでも足りなくなるなんてな。
あの国王は民のために動ける王で、まともな奴なのに、こんな事態になるだなんて……なんというか、哀れだな。
現在の俺たちは街を出ているのだが、後方に瓦礫の山となっている聖都を見ていると、そう思わずにはいられない。
「……せっかくだ。ある意味ちょうどいいな」
そう、ちょうどいい。ちょうどいいから、帰るついでに新たな能力の確認でもしておくか。カラカスに帰ってから実験して何か問題があったら嫌だからな。その点、こっちなら街の外に植物が生えたとしても、誰も文句なんて言わないだろ。
そう考えた俺は少しだけ窓から身を乗り出し、種をばら撒いてスキルを……発動する前に何故か芽が出た。
これ、力が強くなったからか? 不便になってねえか?
スキルを使わなくてもこれってことは、スキルを使ったらどうなるんだ? 恐ろしくもあるが、使わないわけにはいかないよなぁ。
……《生長》
わあすごい。いっしゅんでもりができたぞー。
……なんだよこの力。ばっかじゃねえの!? なんでこんなっ……過剰すぎだろっ!
「はあ……」
瓦礫の山となった聖都の周りに、それまでは存在しなかった森が出現した。
やったのは俺自身なんだが、そこまでやるつもりはなかった。
ただちょっと育てばいいな、と思ったのだが、まさかあんなにも生長するとは……よく見えないけど、見た感じだと聖都の中まで侵食してないか? まったく。ため息しか出てこないな。
「相変わらず、やっていることは悪人ではありませんね」
馬車の中に体を戻すと、ため息をついた俺を見ながらソフィアがそんなことを言ってきた。
「は? 何がだ? そんなことないだろ。実験のためにわけわからない力使ってんだぞ? しかも、裏では勇者をボロクソ叩いて、人を無理やり働かせてるときたもんだ」
「それによってもたらされる結果で人々は幸福を賜るのですから、ただ戦っているだけの勇者よりも素晴らしい『悪人』だと思いますよ。人々も、誰を讃えるべきなのか理解していることでしょう。民衆というのは、それがわからないほど愚かではありません」
「……そうかよ」
ソフィアの言葉がなんだか気恥ずかしくて、ついそっけない態度で返事をしてしまったが、そんな俺の心の内など察しているとばかりに、ソフィアもカイルもベルも、ニコニコ、あるいはニヤニヤと笑っている。
「ま、待てっ…!」
と、街を出てしばらく進んでいたところで勇者がやってきたようで、俺たちを止めるべく声をかけてきたが、今更話すことなんて何もない。
——が、仕方ない。どうせこのまま帰ろうとしたところで、邪魔をするに決まってる。本人は邪魔をしているとは全く思っていないだろうけどな。
「最後の一仕事だな」
だから邪魔をされる前に、やるべきことはやっておこう。
そう考え、馬車や配下達を進ませたまま飛び降り、勇者のところへと向かっていった。
そして……
「ふっとべ、勇者」
勇者の前に着地すると同時に拳を繰り出し、顔面に右ストレート!
「あー……ちったぁスッキリしたな」
どうやら神樹の力を得たことで身体能力も強化されているらしく、勇者は俺の攻撃を避けることができず盛大に吹っ飛んでいったが、いい気味だ。そこで寝てろ。
——◆◇◆◇——
「……なんだこれは」
「だから言ったではありませんか。理解している、と」
「その結果がこれか? ……冗談だろ?」
聖都を出てしばらく進み、もうすぐ国境だ、というところで野営をしていたのだが、翌朝になって異変が起こった。いやまあ、異変というかなんというか……。
簡単にいうと、近くの村の者達が押しかけてきたのだ。
押しかけてきて何をするってわけでもないんだが、ただ俺たちの列に向かって跪いて頭を下げているだけ。ありていに言えば土下座だ。
別に俺たちがそうしろって命じたわけでもないし、なんだったら問題が起こらないように村のそばを通らずにいたはずなのだが、それでもこんなことになった。わけがわからない。
「目の前に迫る魔物の危機から助けてもらうよりも、じわじわと迫る飢えから救ってもらった方が、感謝するものです。そして、今回のように両方から救っていただいたのであれば、これは当然の結果でしょう」
この村の者達は、この間の邪神討伐戦を見ていたことだろう。徐々に近づいてくる邪神に恐れや絶望を感じたかもしれない。いや、感じたはずだ。
それから救ってもらえたから嬉しい。感謝しようってなるのはわかるが、対外的には勇者が邪神討伐の立役者のはずだ。
「でも、今回は勇者が世界を救ったってことになってるだろ?」
「だとしても、飢えの分だけでも随分なものですよ」
「そんなもんかねえ……」
「はい。何せ、募った思いの量が違いますから」
まあ、一瞬だけの強い思いよりも、毎日溜まっていく餓死への恐怖の方が強いか。
「まあいい。みんなはもう準備できてるんだろ?」
感謝をしてくれるというのならそれを止めるつもりも咎めるつもりもないが、だからと言って俺たちがそれに対して反応を見せなくてはいけないということもない。
なので、俺はさっさと進むことにした。
「はい。あちらに集まって——」
「あー! きたきたきたー! おっそーい!」
「ナー、ナー、準備できてるー。早く早くー!」
……? リリアとフローラ、なんだってそんなに元気なんだ? そんなにはしゃいで、またぞろ何かするつもりじゃないよな?
と思った俺の考えは間違っていなかった。
その後は何事もなく出発することができたのだが、出発した直後、突然リリアとフローラが馬車の扉を開け放ち、よじ登るようにして馬車の上に上っていったのだ。
「あ? おい、何してんだよ」
突然のことで止めるのが遅れたが、まあ心配はいらないだろう。走行中の馬車の上とはいえ、リリアは第十位階で、フローラはそもそも人間じゃない。
しかし、だからと言って放置しておくことはできず、俺は開け放たれた扉から体を出し、馬車の上の様子を覗き込んだ。
「枯木に花を咲かせましょう、ってか」
そこでは、リリアがどこから取り出したのか袋を持ち、その中に入っている粒をばら撒き始めた。
その粒は種だったようで、ばら撒いた先からニョキニョキと小さく芽が出ている。
多分これはフローラの仕業だろうな。俺みたいなスキルはないと言っても、聖樹だしそういうこともできるのだ。今は神樹の力も加わったし、尚更容易だろう。
尚、俺が種を蒔くときとは違い、地面に落ちていないものは発芽しないので種があたったやつは無事だ。流石にそこらへんの分別はあるか。これで誰か怪我したようなら怒るどころじゃ済まないけど。
ただまあ、やっている内容はしたけど、やっている理由については全くわからない。
「そこ退けそこ退け! 我らは魔王の……軍? ねえ、これって軍でいいの? 人数少ないけど」
なんというぐだぐだ感。さすがリリアだな。台詞くらい最初に決めておけばいいものを……。
しかしリリアは人数が少ないと言ったが、三百程度はいるんだから言うほど少なくはない。軍と言っても間違いではないだろう。
「かっこつけるなら、最初っから言葉を決めておけよ」
「でも急に言いたくなったんだもん! そういうことってあるでしょ? ね?」
「あーはいはい。わかったわかった。ってかなんでこんなことしてんだ?」
「えー? だってこんな枯れ枯れな風景じゃつまんないでしょ? せっかく村の人たちがここまで来て、ありがとーって言ってきてくれたんだから、お返しに何かしてあげたいじゃない!」
俺たちの行動に対する感謝に対するお返しって、なんかおかしい気がするけど、そんなことを気にしないでやるのがこいつか。やりたかったからやっただけだと思うし。
まあ、実害はないし、どうせ種をばら撒いて植物を生やすだけなんだ。俺みたいにトレントをばら撒いたり改造植物をばら撒いたりしないんだから可愛いものだろう。好きにやらせておけばいいか。
「まあ、好きにしろ。ただ、面倒だからそこから落ちるなよ。……ああ。あと魔王軍はやめろ」
「わかったわ! それで、なんて言えばいいの?」
「……鬼は外、福は内とでも言っておけばいいんじゃないか?」
リリアが種をばら撒く姿を見て、ふと豆まきを思い出したのでそう提案してみた。
「鬼は外? 福は内? ……俺たちは魔王軍だから、魔物が来ても寄せ付けず、財宝を根こそぎ奪い取って内に貯めるぜっ! みたいな意味?」
「なんでそんな意味になったのか理解できないが、もうそれでいいよ」
「それじゃあ——鬼は外―! 福は内―!」
随分と物騒な豆まきだな。そもそも豆ですらないけど。
馬車の中に戻って席に座り直したが、改めて窓から顔を出して後ろを見ると、俺たちが進んだ後にはいろんな野菜やら果物が育っている。
袋の中にはリリアが集めてきたいろんな植物の種が適当に詰まっているのか、ばら撒いている種類に統一感はないが、まあ自分で食べるわけでもないし、いいか。
街道からも外れているため、村人達としても邪魔にはならないだろうし、問題ないだろう。
それに、邪神は倒したけどいまだに飢えが続いているのは確かだ。村人達としては、むしろありがたい事かもしれないな。
俺としても無関係のやつが死んでいくのは気持ちがいいもんでもないし、こうすることで俺たちの評判が上がれば、いざという時に何かの助けになってくれるかもしれない。
無関係のやつは死んでもいい。どこでどう死のうが俺には関係ない、なんて昔は思ったし、それは今でも変わっていない。
変わっていないが……まあ、ちょっとした手間で助けられるやつがいるんだったら、その方がいいだろ。
助けたことで感謝もされるし優越感にも浸れるし、ついでに俺たちに対する敵意も消せる。いいことづくめだ。
もしかしたら、俺たちの能力を聞きつけて無限の食糧を求めるどこぞの国かが豊富な食料を求めて攻め込もうとか考えるかもしれないが、まあその時はその時だ。
魔王だから危険だ、殺さないと。なんて思われているよりは危険度も下がるだろうし、マシだろう。
だからまあ、俺のこの行動は悪いものでもないし、無駄なものでもないだろう。
「敵はーそとー! 金はーうちー!」
「そとー! うちー!」
「……変わってんじゃん」
なんか知らないうちに言葉が変わってるが、鬼は外福は内のリリアの解釈としては今の言葉の方がふさわしいだろうな。
それに、ここは日本じゃないしどうでもいいか。好きにさせておこう。
「すべての敵は私たちの前に屈し、全ての財は私たちの元に集まる! 我ら魔王軍、ここにあり! あーっはっはっはっはっ!」
……やっぱり、少し文句を言った方がいいだろうか? 止めろって言った『魔王軍』って言葉も使ってるし。はあ……。
「というか、あんな馬鹿騒ぎが帰るまで続くのか?」
「多分無理だと思いますよ。途中で疲れ果てて眠ると思います」
「まあ、だよな。その時は……」
「はい。お任せください」
「お菓子はちゃんと用意してあります!」
リリアとフローラがはしゃぎ終えた後は、今度は休むために駄々をこねるかもしれない。甘いものをよこせとか、水をよこせとか。
その対応をしなくてはならないとなるとため息が出そうになるが、ソフィアとベルに任せておこう。二人ならちゃんと大人しくさせてくれるだろう。
「ね、ね、ね! 種がなくなったんだけど、もっとちょうだい!」
リリアが顔を逆さにして馬車の中を覗き込みながらそんなことを言ってきたけど、多分その態勢、後ろから見たらパンツ丸見えだぞ。
「なくなったって、結構でかい袋持ってなかったか? どんだけ撒いたんだ?」
「いっぱい!」
「いっぱいって……流石にやりすぎだと思ったら、縛って無理やり大人しくさせるぞ」
「えーっ! やだー! お嫁さんに大して酷い扱いじゃない!?」
「嫁? ……ああ。その設定まだ生きてたのかよ」
邪神討伐中にあった漫才のようなやり取りだったはずだが、こいつまだ覚えていたのかよ。リリアのくせに。
まあ後数十年もすれば忘れるだろうし、忘れなくても笑い話になってるだろうから、今は気にする必要ないな。
「じゃあほれ。これ使え」
「ほわ〜! いっぱいね! ありがとー!」
「加減しとけよ。フローラも、あんましはしゃぎすぎるなよ」
「はーい」
「はーい!」
追加の種をリリア達に渡すと、二人は再び屋根の上に戻って種をばら撒き始めた。
「まったく……」
しかし、種まきか。もう随分と普通の種まきなんてしてなかったな。
もうこれだけ色んな騒ぎが起こったんだ。ならこれ以上何も起こらないだろうし、家に帰ったら久しぶりにゆっくり植物でも育てるかな。
なんたって、俺の本職は魔王なんかじゃなくて『農家』なんだから。
〜〜終〜〜
————————
これまでお読みくださりありがとうございました。
あまり設定を練らないで勢いで書いていたので矛盾点など多々ありましたが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。
本当はもっとやりたいこととか、出てない設定とかヒロインとかいたんですが、うまく持っていけなかったので出番がカットになったりしました。
もしやり直せるのであればもっと上手く書きたいとは思いますが、精一杯書いたので楽しんでいただけたらと思います。
追伸
勇者少女の書籍版、及び漫画の方をよろしくお願いします。
ついでに、新しく『虚飾の剣士と人工聖女』という話を書いていますので、よかったらそちらも読んでいただけると幸いです。
異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜 農民ヤズー @noumin_00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます