第7話 僕が鷹で、睦美が鳩?
僕と睦美は庭に出た。
庭は僕の家くらいの広さがあって、格の違いというべきか、家柄の違いみたいなものをまざまざと感じさせる。手入れも行き届いているようで、植えてある木々が整然としていた。
「真剣、それとも木刀どちらがいいかしら? 日本刀だと私なんてすぐに肉片に変わりそうだし、遠慮させてもらいたいのだけど」
「物騒な事を言うね」
僕がどうやったら睦美の事を肉片に変えられるというんだろう。僕はそこまで強くはないだろうし、睦美の買いかぶりじゃないのかな。
「天賦の才の前では私の努力だなんて道ばたに落ちている塵芥のようなものかしらね」
「……糸くずは言い過ぎじゃないか? 道ばたに落ちている宝石とかそんな言い方もありなような気がするけど」
フォローしたつもりだったけど、言ってから全くフォローになっていないよね、今の言い方は。
「面白くない冗談ね。宝石の価値を決めるのは鑑定士よ。鑑定しなければ宝石であろうともただの石ころじゃないかしら」
「でも、宝石は宝石じゃないかな。鑑定しなくたって宝石は宝石である事に変わらない。そうじゃない?」
「けれども、宝石は磨けば綺麗になるけれど、他の物質に変わる事はないのよ。指輪に加工したりしたとしても」
「睦美はどうして拘るの?」
「鳩は鷹にはなれなものよ」
「どういう意味なの、それって?」
鷹と鳩。
同じ鳥だけど、どこがどう違うんだろう?
戦闘力とか、その辺りなのかな?
それとも、肉食と雑食とか?
「私は確認したいだけなのかもしれないわね。鳩ではない、と」
睦美が指をぱちりと鳴らすと、物陰で控えていたらしい老人が二本の木刀を抱えて出てきた。
「……お嬢様」
睦美に一本の木刀を渡すと、僕の方に機敏な足取りで近づいてくる。
「どうかお手柔らかに」
そう言いつつ、僕に木刀を渡すと、その老人はすっと消えるように出てきた物陰へと去っていった。
普通の木刀かと思ったのだけど、滑り止めらしき桃色の布が柄に巻かれていた。汗で滑るのを防止するためかと思ったけど、睦美が手にしている木刀には布は巻かれてはいなかった。もしかしたら初心者の僕向けの木刀なのかもしれない。
「構えた時が勝負の始まりかしら」
睦美は木刀を構えて、僕に切っ先を向ける。その表情は真剣そのものなんだけど、やはりゴスロリに木刀というのは妙に不釣り合いだ。サーベルか何かの方が様になるとは思うんだけども。
「ええと……こうかな」
睦美の構えを見よう見まねで木刀を構えた。
たぶん第三者から見ても結構な構えだと見えている……はずだ。
「……ッ」
視界が一瞬ぼやけた。
慣れないことをしたせいか軽い目眩したのかな?
すぐに視界がぶれ始めた。まるで陽炎が揺らめいているかのように視界がくねくねと歪み始める。
柄を握っている手がじんわりと温かくなった時、プツンと意識が途切れた。
瞼を開けると、オレンジ色の空が視界に広がっていた。
いつのまにか夕方になっていたようだ。
「……あれ?」
僕は意識を失いでもしてしまったのかな。長いこと意識がなかったように感じるんだけど、これは僕の気のせいなのかな。
どうしちゃったんだろうとため息ついでに視線を下に動かすと、真っ二つに割れて粉々になっている木刀が落ちていた。
僕が使っていた木刀かと思ったけど、そうではなさそうだ。
柄に巻かれていた桃色の布はボロボロになってしまっているけど、僕はまだ握っている。そうなると、砕けたのは、睦美の木刀という事になるんだけど。
「……どういう状況なの? 睦美、説明をしてよ」
砕けた木刀の延長線上に仰向けになって倒れていて、僕の事を凝視している睦美の姿があった。
ゴスロリの服を着ていたはずなのだけど、今は一糸まとわぬ姿になっていて、露わになっていた胸と下半身を隠すので精一杯といった様子だった。
「だから言ったでしょう? 私は鳩でしかないと」
自嘲気味に笑いながら、胸と下半身を手で隠したまま、睦美は上半身を起こした。
睦美の白い肌が夕日でオレンジ色に染まる。
その姿は幻想的で、とても綺麗で、まるで西洋画で描かれたビーナスのようだ。
「世には理があるわ。その理を曲げる事は私にはできない、とだけ言っておくわ」
これ以上は何も答える必要はないと言いたげに睦美は立ち上がった。
「話はここで終わりね。私は身体を冷水で清めなくてはならないの」
家の方に戻ろうとしていた足が不意に止まる。そして、再び僕に身体を向けて、意味ありげな微笑を浮かべて、
「大事な事を言い忘れていたわ。大きな声では言えない事だけど」
そう前置きをして、僕の方へと近づいてくる。
「それ以前に勝負はどうなったの?」
勝負とやらはもうついてしまったのかな。
どちらが勝ったのか僕にはまだ分からないし、もし僕が勝っていたとしたら、それはそれで釈然としない結果ではあるんだけど。
「私が勝てるはずがないわ。だって、昭夫、あなたは私にとってのヒーローなのだから」
睦美は立ち止まらずに歩いていた。
睦美が言い出した勝負事など些細な問題であるかのように。
「僕がヒーロー? それってどういう意味なの?」
「……そうよ。あなたは私の永遠のヒーローよ。そして、あなたが私のヒーローであるからこそ、私は罪と罰を受け入れた。全てはあのお方の理に従って」
「あのお方? 誰の事? それと、理って何?」
睦美は誰かに命令でもされて、僕と勝負なんて言い出したのかな。何が何だか僕には全く分からない。
「時が来れば分かるわ」
「どういう事なの?」
「時というものは止まる事がないのよ。例え無理矢理に止めてしまっていたとしても。でも、今の私にはもっと大事な事があるの」
「大事な事?」
「ええ、とても」
睦美は裸に近い格好である事など忘れてしまったかのように近づいてきて、そして、僕の前に立つなり、前屈みになって、顔を近づけてくる。
睦美の吐息が僕の顔にかかり、こそばゆい気持ちになってくると同時に頬が熱くなってくきて、心臓が忙しなく鼓動してきた。
「じっとしてなさい」
前髪をかき上げつつ、さらに顔を寄せてくる。
ここまで距離が近いと、僕はどうしたらいいのか分からず身体を強ばらせることしかできなかった。
睦美は僕の反応を確かめつつ、綺麗な紅色をした唇を耳元で止めて、
「……おかえりなさい、逢魔が時のこの世界に……」
言葉を紡ぐたびに唇の隙間から流れてくる睦美の息が耳にかかり、急激な脱力感を覚えてしまう。棟がさらに激しく高鳴って、身体そのものが大きく波打っているみたいに錯覚しそうだ。
睦美の顔が僕の頬へと寄せられたと思ったら、その唇が僕の頬へと優しく触れる。
それがキスだと気づくのには時間が必要だった。
「……ッ?!」
その行為の意味を知って僕はビクッと身体を震わせ、顔だけでなく耳まで真っ赤になるのが分かった。
僕はどう反応すべきかも分からず、睦美が唇を離すのを待っているしかなかった。
睦美は顔を離して、満足げな表情で僕の事を見下ろしていたのだが、すぐに恥ずかしくなったのか、頬をパッと紅潮させた。
「……ね? 大事でしょう?」
睦美はそそくさと背を向けて歩き出す。
僕にお尻を見せている事に気づいてはいないようだ。
去り際にちらりと僕の方を顧みて、目を細めて幸せそうに微笑み、すぐに顔を元に位置に戻した。
「……」
その背中は如何なる質問も拒絶しているかのようで、僕は言葉を投げかける事ができなかった。
「花ちゃんに会いに行くわよ。おそらく学校にいるはずね」
「……え? え?」
急に花子の名前が出てきて、僕はどう返していいのか分からず慌てた。
「先に行ってなさい。私は六時くらいに行くわ」
睦美が家に戻ってからしばらくの間はキスの余韻に浸っていた。だけど、その余韻に浸り続けるのは良くないような気がしたし、今は睦美を信じる事にして学校に戻る事にした。
人が斬れない刀使いの僕は、特定の女の子の衣服を着ないと力が発揮できない封印を施されています 佐久間零式改 @sakunyazero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人が斬れない刀使いの僕は、特定の女の子の衣服を着ないと力が発揮できない封印を施されていますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます