6.

『今日から日比谷で個展開催です。やっと皆様にお披露目できます。こんな日に梅雨明け宣言、うれしい。ぜひ、遊びに来てください』


 白岩さんのインスタが更新されていた。あれから連絡は一度もない。


 休みだからとベッドに寝そべってスマホをいじっていたら、つい見てしまった。BBQをしただとか、海に行っただとかのストーリーに紛れ込んだ、真面目な投稿。写真も、あの日にはなかった作品が写っている。


「アレクサ、今日のニュース」


 なんとなく起き上がり、クセでアレクサに話しかける。


 何を連絡すればいいか、考えるのに必要な時間がないままずっと過ぎてしまった。ケンカだったとは思わないが、気まずさが残る。だが、このままズルズルと日々が過ぎていくのも嫌だ。


 ……どうせ出会いも勘違いだったんだから、終わりも勘違いでいいじゃないか。このままフェードアウトすれば、今までと似たような毎日に戻るだけだ。と、言っている俺もいる。


『今日は梅雨明けです。散歩に出かけてはいかがですか』


 アレクサが今日のニュースを読み上げた最後、そんなことを言ったのだけが耳に入ってきた。気まぐれに出た散歩で、白岩さんに会ったあの日をまた思い出す。


 カーテンを開くと快晴だ。雲なんて見当たらない爽やかな晴れだ。きっと今頃、白岩さんは作品を搬入して、今日来る人たちに思いを馳せているんだろう。


「アレクサ、電気消して」


 そう思うと、居ても立っても居られなかった。



―――――



「来て、くれたんですね」


 会場には数人の客が、興味深そうに様々な角度から白岩さんの作品を眺めている。芝生には数人の家族連れや、カップルなんかが会話を楽しんでいて、休日然としている。


「インスタを見たので」


 さっきまで嬉しそうに笑顔で解説していた白岩さんの顔が強張っている。


「そうですか」


 気まずそうに、落ち着かない様子で大きな両目がきょろきょろと動いている。


「「あの」」


 声が被って、一瞬時間が止まる。


「なんで連絡、くれなかったんですか」


 怯んだ俺は一歩出遅れて、白岩さんが先に言葉を続けた。


「綺麗な女の人、彼女さんだったんですか」


 淡々と話しているが、一生懸命歯を食いしばっているような、堪えている雰囲気が伝わって来る。


「もう、諦めてました」


 俯く彼女が今にも倒れてしまいそうで、抱きしめたかった。


「連絡しなかったのは、すみません。あの日、一緒にいた女性は会社の同僚で、歓送会のための準備で買い物していました」


 一息に言い切る。


「その前の週、俺も白岩さんを見かけていて、映画館で他の男と歩いているのを見かけました」


 なるべく事実にだけ焦点が当たるように、責めるような口調にならないように。


「あ、あれは」


「姉ちゃん」


 背後から声がして、振り向くと背の高い男が立っていた。


「三木島さん、弟の圭(けい)です。三木島さんから連絡があった日は圭が東京に来ることになっていた日でした。……その話、してなかったでしたっけ?」


 気まずそうに話す白岩さん。俺も気まずい。弟? 言われてみれば目元がよく似ている。それは果たしてお母さん似なのか、お父さん似なのか。


「どうも。買ってきたもの、ここ置いとくね。俺、ちょっと出てくるから」


 そう言うとそそくさとその場を去る弟、圭くん。


「あの、すみません」


「いえ、こちらこそ」


 謝り倒して、二人で少し笑った。


 誤解が解けて、今までの空気が戻って来る。


「あの、俺と付き合ってください」


 学生だって、もっとマシなことを言うだろう。なぜだか、突然にそう言ってしまわなければいけない気がした。


「白岩さんと出会って、俺のなにかが変わりました」


 きゃーきゃーと子供たちがはしゃぎ、駆けまわっている音が聞こえるのに、俺の周りだけは音が遮断されているようだ。


「もっと、一緒にいたいです」


 白岩さんは真剣に考えているようだった。まっすぐ俺の目を見ているから、俺も視線が外せない。


「私たち、同じこと考えてたんですね」


 そう言って、花が開いたように笑顔になる白岩さんがとても綺麗だった。


「搬出は、手伝ってくれますよね?」


 悪戯っぽく笑う瞳が嬉しそうに輝いていた。

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サブスク男は白ワンピのアート美少女に恋をする 燈 歩(alum) @kakutounorenkinjutushiR

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