5.

「三木島さーん、置いていきますよぉ」


 同僚の野中が数メートル先で俺へと言っている。転勤する同期のために、幹事から言われて野中と東急に来ていた。プレゼントを選び終え、さぁあとは帰るだけなのだが、スマホを確認していた俺はそれどころじゃなかった。


『今日、ちょっと会えますか?』


 昼にもらったLINEを今、見てしまった。今日は仕事があるからと早めに断ればよかったのに、気がついたのが今だ。もう五時間以上経っている。


「疲れたんで、スタバおごってください」


「お前なぁ」


 同期に渡す卓上加湿器を持っているのは俺なのに。野中は人に取り入るのが上手い。いつの間にか、するりと懐に潜り込まれているような感覚になる。そのせいで、何人の男たちが散っていったことだろう。


『今日、ちょっと会えますか?』


 再び、白岩さんのメッセージが頭に浮かんでくる。仕事で気づかなかったとでも送ればいいのか。今から謝るくらいなら、もっと遅い時間にして今は返事を返さない方が信憑性がありそうだろうか。


「鴨志田さん、転勤なんて寂しくなりますね~」


 適当な世間話をしている野中をよそに、通りを眺めていた。コーヒーをすすりつつ、なんとはなしに歩き去っていく人混みに目をやる。


「あっ」


 窓越しに見える白岩さんの口がそう動いていた。バッチリ視線も合っていたし、間違いなくあれは白岩さんだ。どうしてこんな人混みの中で、ハッキリ見つけてしまったんだろう。


 追いかけるわけにもいかず、小走りに去ってい行く白岩さんの背中を俺は見つめていた。



―――――



『今日、ちょっと会えますか?』


 帰宅した俺は、トーク画面を前に悩んでいた。


 同僚の野中と歩いているところを見た白岩さんは絶対に誤解したはずだ。そのことを弁解したいけれど、なんと言ったらいいのか。上手い言葉が見つからず、返信をずっと考えていた。


『今日、三木島さんを見かけた気がします。素敵な女性と一緒でしたよね?』


 ふいに新着メッセージが浮かび上がって来て、すぐに既読をつけてしまった。やっぱり、見られていた。


 同時に別の男と歩いていた白岩さんの後ろ姿を、俺は思い出していた。


 なんで俺ばかり言われないといけないのだろう。野中は仕事の同僚で、それ以上の関係なんかないのに。それよりも、白岩さんの方こそ誰とも知らない男と歩いていたんだ。それについての説明や、あの日俺と出かけなかった理由なんて教えてくれてないじゃないか。


 ヒーリングミュージックのせいで、瞼が重くなる。子供じみた言い訳ばかりが頭をかけめぐっている。明日も仕事だ。何か返した方がいいが、一体何をどう答えろって言うんだ。

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