4.
『あたしのこと知らないで 因果応報叱らないで』
新調したワイヤレスヘッドフォンの調子がいい。今までのものよりノイズキャンセルが機能していて没入感がある。と言ったところで移動時間の暇潰しでしかない。スマホの画面を眺めてみるが、連絡は一件もない。
『騒がしい日々の眩しさに 今日を演じてる』
この前白岩さんと一緒に行った美術館を思い返してみる。初めて彼女と美術館に行ってから、なんとなく情報交換をして、なんとなく一緒に行く流れができていた。その度に、白岩さんのくるくると変わっていく表情を目の当たりにするのだが、何度見ても飽きるということがなかった。
『この世界で何が出来るのか 僕には何が出来るのか』
何度も同じ絵や彫刻を見に行く人の気がしれなかったが、それに近いものなのかもしれない。白岩さんはいつも真剣で、立ち止まって感動する子だった。同じものでも、別のものでも、ありふれたものでも。
『どうせ全部今日で終わりなんだから』
耳から流れ込んできた歌詞にびくりと顔を上げた。もう目的地だった。
アクション、ラブコメ、ホラーにヒューマンドラマ、宇宙規模の壮大なストーリーまで、様々なポスターが掲示されている。特に見たいものはないのだが、Twitterでバズっていた映画が少し気になって足を運んだ。
それも言い訳。今日は白岩さんにデートを断られてやることがないからだ。名残惜しく、未練たらしく「もしも」に備えて今日という日を空けていたが、何も連絡がなかった。
それでもまだ諦められない俺は、こうして金曜日の夜の時間を自宅以外の場所で過ごしている。
『明け行く夕日の中を今夜も昼下がり さらり』
タッチパネルを操作する合間に流れ込んでくる音楽が気になって、ふと周りを見渡す。長い髪が揺れるのを見た。スッとその先を追えば、白岩さんだった。
そのまま視線を移せば、隣には同い年くらいの男。背が高く、何やら親しげな様子で人混みに消えていく。
追いかけたかったけど、足が動かなかった。見てはいけないものを見たような。知らなくていいことを知ってしまったような。ほどほどでそのままにしていたから、付き合っていない状況を今更嘆いても後の祭り。
こんなことで動揺する自分がなんだか笑えてくる。発券されたチケットを手に持ってはみたものの、果たして映画の内容なんて入ってくるだろうか。
あの男は誰なんだろう。大学の同級生か、先輩か、後輩か。二人で映画に来るくらいだからそれなりに仲はいいのだろう。考えたくはないが、彼氏かもしれない。むしろあんなに真面目で可愛いのに彼氏がいないのも不自然だ。これまで恋愛の話なんて聞いたことがなかった。怖かったのか、聞きたくなかったのか……。
ぐるぐると回る思考でも、足は決められていたように劇場へと歩を進めていく。歩きながらヘッドフォンを外してスマホの電源を切ると、急に現実に放り出されたような気になった。
ずっと現実に生きているくせに何言ってんだ。
薄暗い通路に、薄暗い劇場内。俺の心情とは違いすぎる陽気なCMが流れて、ポップコーンを買わせようとあれこれ言ってくる。隣に座っているカップルが、小声で何かを囁きあいながら、自分たちのポップコーンをしゃくしゃくと食べていく。どん底も幸せも、いつだって隣同士だ。
ブザーが鳴り、一切の音が消える。暗転した広い部屋の中が、ほんの少し心地よかった。
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