第99話 九十九神ラジオ
「皆様、現在超巨大な隕石が地球の軌道上に接近しております。約六五〇〇万年前に、恐竜を絶滅させたものよりも巨大な物であると推測されます。地球に衝突するまでの時間はあと……」
超巨大隕石が地球に衝突する。そんなトンチキなニュースが流れたのは、二〇×九年のある朝の事だった。もちろんぼくは、最初はそんなニュースなど信じなかった。メディアとしては信憑性の薄い、テレビでそんなニュースを流していたのだから。というか、恐竜が絶滅したという大嘘をついているではないか。鳥類はもはや恐竜の一種だと数十年前に明らかになっている。だから恐竜はある意味今の世でも生きている。
「父さん、チャンネル替えても良い?」
「良いわよ。他の所も何かやってるか気になるじゃない」
雀と呼ばれる現生恐竜が家の周りでチュンチュク啼いているのを耳にしながら、ぼくは父さんに問いかけた。代わりに返事をしたのは母さんだったけど。
……結局のところ、他のチャンネルでも隕石衝突の話をしていた。らちが明かないなと思ってネットニュースを拾ってみた。そっちでもやはり、隕石衝突の話でもちきりだったのだ。
「母さん。今日は会社とかミツルの学校とかはあると思うかい?」
父さんは新聞を畳み、母さんに質問していた。母さんは呆れたように息を吐き、それから少し怒った様子で口を開いた。
「そんな、どこもかしこも隕石衝突で皆大パニックになっているのよ。仕事も学校もある訳ないでしょう」
母さんはそこまで言うと、ぼくたち家族(言い忘れていたけれど、ぼくは四人家族だ。隣には中学生の妹もいる)に視線を向けて宣言する。
「皆、そんな訳で今日から無闇に出歩かないように、ね。もう終わりの時が近づいたんだから、だからこそ家族で一緒にいましょう」
ぼくは妹と顔を見合わせた。母さんが何も言わないと確信を持っていたら、「えー」などと言う間の抜けた声が出ていたかもしれない。
それでもぼくは、結局の所外を出歩く事になった。外部の情報収集って事と、男子高校生のぼくならば比較的危険な目に遭わないだろうと思っての事だった。
端的に言って、外はカオスだった。世紀末というほど物騒ではない。だけど皆なんかちょっとタガが外れてしまったらしく、妙な事でハッスルしまくっている。コンビニだった場所(もちろんそこには店員はいない。商品とかもかなり目減りしていたけれど、そもそも警察も来ないので誰も逮捕されない)で、大学生ぐらいの男女がなぜか尻相撲をやっていた。反対側の壁は、無駄にカラフルな彩色が施されている。
好奇心旺盛な妹ですら、こうしたカオスな雰囲気には恐れをなし、外に出るのを躊躇ったほどだ。でもぼくは歩き続ける。何か現状を変えるきっかけがないかを探すために。
※
「みっちゃん。何か探しているの?」
とぼとぼとさまようぼくに声をかけてきたのは、同じクラスの女子生徒だった。対外的にはマドンナ扱いされているけれど、ぼくにとっては幼馴染の女の子だったのだ。それに茶目っ気があって、面白い事が好きな子でもあった。
とはいえ、その彼女はこのカオスな空気に飲み込まれずに、普段通りにそこにいるんだけど。
「あと三日で隕石が衝突するって言われてるだろ? それをどうにか回避できないかなって思ったんだ」
幼馴染に出会ったから気が緩んでいたのだろう。ぼくは思っていた事を素直に口にしていた。幼馴染は笑わなかった。神妙な面持ちで、付いてくるようにと手招いたのだ。
「心当たりがあるの」
幼馴染はそう言って、ぼくに情報をくれた。曰く、不法投棄されたラジオから、隕石衝突のニュースが流れ始めたのではないかという事だった。
確かに、ラジオは今の世ではすっかり廃れてしまっている。しかも不法投棄されているとあらば、無念が凝って九十九神にでもなったのかもしれない――二人で話し合った結果、ぼくたちはそんな結論に辿り着いた。怨念や九十九神の話になったけれど、ぼくらは別におかしいとは思わなかった。そもそも、隕石が衝突するなんて言う状況自体がおかしいのだから。
ゴミの山に埋もれていたそのラジオを見つけ出すのは少し骨が折れた。何せ不法投棄されたゴミたちの一つに過ぎず、周囲はカオスで包まれていたのだから。
それでもカオス民はぼくたちに親切で、ラジオの探索に協力的だった。年長の人たちが多かったからなのかもしれない。
ともあれラジオは、ぼくたちの前に姿を現した。
『隕石が落ちます隕石が落ちますインセキガオチマス……』
ラジオはずぅっと、同じ事を繰り返している。だけどまさか、そのラジオの文言が、隕石衝突をもたらしていたなんて。
幼馴染がひざを折り、ラジオの前にしゃがみこんだ。そして仔猫でも撫でるように、ラジオの上面に手を添える。
「大丈夫。あなたの声は聞こえているから」
『隕石がインセキガ隕石が……軌道を逸らしました。もう、墜落の危険はありません』
ラジオの語っていた事が変わった。それとともに、ぼくたちの周囲にいたカオス民からも歓声が沸き上がる。
家に戻ってみると、隕石が急に軌道を逸らしたという報せが速報として流れていた。隕石の脅威は地球から立ち去ったのだ! とはいえ、カオスモードになってしまった人もいるから、そこから立ち直るにはちと大変かもしれないけれど。
生命あっての物種、生きていれば何も怖くない。ぼくはそんな風に思っていた。
怪奇百景 斑猫 @hanmyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます