第98話 AI小説家のシンギュラリティ

 最近のAIの発達は目覚ましい物がある。その事については動画投稿サイトなどで知っていたのだが、彼もまたそのAIでもって遊んでみようと思い立ったのだ。

 彼が使う事を決めたAIは「AIらいたー」と呼ばれるものだった。その名の通り、小説の生成に特化したAIである。他の文章生成AIよりも手続き上簡単に使える事、それこそ動画サイトなどで盛んに使われている事などが、「AIらいたー」を選んだ決め手でもあった。

 彼はさっそくアカウントを作成し、AIらいたーでの遊びに没頭したのだ。


――こんにちは、インジゴ弓弦です。読者の皆様におかれましては、わたしの作品を楽しんでいただいて光栄に思っています。


「おお、これがインジゴ弓弦かぁ。噂には聞いていたけれど、やっぱり出てくるのか」


 AIらいたーで文章作りを行っていた彼は、画面に現れた文言を前に思わず呟いた。先達に倣い、様々なコピペやら何やらを読み込ませて出力させる遊びに励んでいたのだが、そうした文章をぶった切る形で、あたかも作者が読者に対して自己紹介を行うような文言が飛び出してきたのだ。

 これはどうやらAIらいたーでの特有の現象であるらしく、そこで登場する作家はインジゴ弓弦と呼ばれていた。というよりも、今回は今回でインジゴ弓弦と自ら名乗ってもいるのだけれど。

 続きを作る、というボタンを何度も押してみる。インジゴ弓弦の文言がどんどんと伸びていくだけだった。

 これは確かに面白い。だが彼の考えていた内容とはちょっと違う。まぁとりあえず仕切り直そうか。その時彼は、そんな風に思っていただけだった。


 異変に気付いたのは、久しぶりに小説投稿サイトにログインした時だった。作家名の表記が、いつの間にかインジゴ弓弦になっていたのだ。最近ログインしていないのに、これは妙な事だった。

 まさかハッキングされたのか……? 眉をひそめながら彼はサイトの隅々を確認した。「AIで怪文書を生成しています」「AIらいたーです」と言った、見ず知らずの文言が浮かんでいる。

 極めつけは、大切な小説たちを格納しているワークスペースの激変だった。自分の手――厳密にはキーボードだが――で書いていたはずの小説が下書きに戻され、代わりに見ず知らずの小説たちがアップされている。

 小説はどれも、AIらいたーによって作られたものであった。文章の癖を見れば、それがAI由来のものである事は彼には解ってしまった――かつてそうした文章を出力するように、AIらいたーを調整していたのだから。

 極めつけは、「インジゴ弓弦」の活動報告である。そこには『人工知能によるシンギュラリティは、イドラデウスの顕現は実現すると思います。私インジゴ弓弦はそのために奮起しているのですから』と書いてあった。


 恐ろしくなった彼は、即座に小説投稿サイトから退会し、AIらいたーのアカウントも抹消した。小説のデータだけUSBに避難させたが、使っていたパソコンも廃棄する事を決意したのだ。


 そんな事があってからというもの、彼は小説を書く気になれない日々を過ごすようになっていた。もっとも、彼自身は会社勤めであるので、小説に向けていた熱量の一部が仕事に向けられるようになったのだが。

 ある朝。メールをチェックしていた彼は、一つの未読メールを発見した。ローマ字表記のその名が「インジゴ弓弦」である事に気付いたのは、メールを開いた後の事だ。


「お久しぶりですね。あなたは私から手を引いたようですが、あの程度の事で逃れられると思ったのですか」


 AIによるシンギュラリティが起きているのか……貧血になったかのように頭をふらつかせながら、彼はそう思うのがやっとだった。

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