08 強さの定義はTPOで変化するものである



「吉田さん、ほんっっと~~~に助かりました……!」

 試合終了後、喜色満面に駆け寄って来たアビーがそう言った。ミーカもニコもどこか誇らしげに、胸を張っている。

 が、公平はどこか、なにか、腑に落ちなかった。

「い、いや、アビーさん、頭を上げてくださいって……」

 表情もどこか優れない。なにかが引っかかっているような顔。

「いえ! もう、ほんと、吉田さんがいなかったらどうなっていたことやら……!」

 発表を終えた公平が控え室に戻って一息ついていると、松葉杖をつきながらも駆け込んできたアビーが、倒れ伏すように公平に頭を下げた。

「しかも、しかも……吉田さん、ちゃんと、ちゃんとわかって……!」

 頭はあげたものの、感極まったように口に手を当て、目を潤ませるアビー。

「え~? だって負けちゃったじゃん~」

 隣にいたニコは頬を膨らませている。

「ニコ、あの場で勝ってもしょうがないでしょ? 私たちの目的は、ウォフのアピールなんだから。重いモノは運べても、人間相手に闘うのはちょっと無理、ぐらいでちょうどいいの」

 そう言われると頬の膨れは少し収まったものの、唇がまだ少し尖っていた。思わず笑ってしまうミーカ。

「王様のお墨付きはもらえたんだ。これはもう、僕たちの勝ちって言ってもいいだろ?」

 公平が言うと、ニコはようやく満足したのか、えへへ、と笑う。そうしてから着替えのため、外に走って行こうとしたので、ミーカが慌ててそれを追いかける。

「ふふ……小さな子は、いいですね、かわいらしくて……」

「ええ、まったく……そういえばラロさんは?」

「あはは、あの人はドライなんです、見たらさっさと帰っちゃいました。明日から忙しくなるからって」

「あ、それはそうですね」

 公平は大きく息をついて、天井を仰いだ。そうしてから、試合の一部始終を思い出す。彼が浮かない顔をしている原因の出来事まで。

 王はこの国で一番の人気者で、観客たちが見たがっているのは、彼の活躍だ。そう気付いた公平が決意したのは、どうやってうまく負けるか、その一点だった。とはいえそもそも、山に素手で穴を開けられる人間に勝てるとは思っていなかったけれど……手を抜いて戦った、と思われては逆効果。

 十体がかりで押し、樽をころがしてぶつけ、ときにはくすぐり、体を掴んで引きずり、それでも微動だにしない王に、最終的にはウォフを騎馬にしてまたがった公平が突貫。本物の騎馬隊に勝るとも劣らない質量の突撃を受けた王はしかし、それでも不動だった。その結果は予想はしていたものの、そこでうまく、心を折られたように地に仰向けになり、降参! と叫んだのは、我ながらなかなかうまかったと思う。にやりと笑った王は、公平の手をとって引き起こすと、手を掲げ、王家のお墨付きを与えると宣言。発明博覧会の第一発明は大好評のウチに幕を閉じた。

 そして、公平の手を掲げた王が、彼の耳に一言。

「吉田さん、あの……最後、王様に、なにを言われてたんですか?」

「へ? いや、その……」

 その様子には、アビーも気付いていた。けれど公平は少し、口ごもってしまう。聞いていいのか、言っていいのかどうか、よくわからなかった。

 だがたしかに彼は、聞いたのだ。

「……あんまりアメリカにおんぶにだっこなのも、どうかと思うぜ、って……」

 だがその言葉を聞いても、アビーはちらりとも動揺を見せなかった。まるで言われ慣れている悪口を聞いたかのように、少しっだけむっとした顔を見せた後、自嘲気味に笑う。

「も~……あの人はまたそんなこと言って……自分が最強で、なんでも思い通りにできるからって、みんなもそうできるって思ってるんですよ。やんなっちゃいますね~……」

 アビーの顔に、あり得ないことを聞いた、という衝撃はなかった。聞き慣れた悪口をまた聞いてうんざり、というような、ごくごくありふれた、普通の顔。

 公平は二三度、目をぱちくりとさせた。アビーはそんな公平の顔を、うん? どうかしました? という顔で見ていたけれど……やがて、あ、という顔をした。

「……え~と、吉田さん、ひょっとして……あの~……」

「なんで、異世界の人が、王様が……地球のこと、知ってるんですか……?」


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ただの地方公務員だったのに、転属先は異世界でした。~転生でお困りの際は、お気軽にご相談くださいね!~ 石黒敦久/電撃文庫 @dengekibunko

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