07 最強の公務員



「いやぁ、こりゃ、すげえもんだな!」

 王は朗らかに言った。

 審査員や観客相手に振る舞うことも考えて、公平たちは二十人前近い食材を持ってきていたのだけれど……それらはすべて、王の胃袋の中に消えていった。

「Wooooo……」

 ウォフたちは調理を終え、てきぱきと調理台やコンロをまた、体内に格納していく。小動物が巣作りをしていくようなその姿はどこか滑稽でいて愛らしく、客席の子どもたちはすでにもう、釘付けになっていた。食器を大きさ事に分けて重ねていく姿には、普段洗い物をしている人間全員の目が輝いている。家事なんて知ったことじゃないね、という人間も、身長一メートル足らずの木製人形が器用に包丁を握り、食材を下拵えし、鍋を振るう姿には、虜にならずにはいられなかった。公平は改めて、アビーの魔道具ガジェット職人としてのすごさを感じながら、ウォフたちが主で、自分たちがむしろ従に見えるように、盛り付けや配膳に専念していた。

「ウォース・ピアックのソテーなんて伝統料理を出されたときはどうするかと思ったが、しっかりと最新のレシピになってる。少々レア過ぎるきらいもあったが……ま、好みの範囲か、オレは大好物。肉は赤いほどいい」

 王は届声しんせいのスキルを使いながら、料理の解説までしてみせている。ウォース・ピアックは猪に似た魔物の一種。そのソテーはガァトナ英雄王国、初代の英雄王が好んだ食材、料理だ。

「魚も上々……白身ははい羽根ばね、赤身は血魚ちうお、どちらも下拵えが抜群だ。しかもマルのまま、どこも痛んじゃない、エンガワぷりっぷり、上々の釣り物……いや、まいったね、ぶつくさ文句を言ってやる気満々でいたんだが……同じ飯を喰おうと思ったら結構するぜ、こりゃ」

「……一号から十号、万歳」

「「「Wiiiiii!」」」

 コック帽をかぶったウォフたちが、飛び上がって喜んでみせる。

「さて、家庭用機兵ゴーレムってんなら、これでもう十二分に合格、だが……」

 王が挑戦的にほほえむ。

 料理の最中、わざわざ見せびらかすように、大人が一人は入ってしまえるほどの水樽を運んで見せたし、調理に使う薪をその場で割ってもみせた。これだけでも十分すぎるほどのデモンストレーションとなっただろう。が……。

 ……これは、乗っておいた方が……いいのか……?

 内心で冷や汗をかきながらも公平は、わかっているとばかりに、王に頷く。今この場で、この王の機嫌を損ねるのは非常にまずい……というか、客受けが悪いだろう。ステージに立ってなにかをやった経験なんて公平にはないけれど、自分の行動が市民からどういう目で見られるのか、ということなら常日頃から考えていた。

「ええ……まだまだ、ございます……」

 公平がそう言うと王は、いかにも満足したかのように頷き、立ち上がる。衛兵を呼びつけ、机と椅子を片付けさせる。

「さて、じゃあルールは……こうするか」

 王は腰の剣を抜き、がりがりと足元の石畳に円を描いた。半径三十センチほどの円の中に入り、剣を肩に担いで二人に向き直る。

「この円の中からオレを、そのチビどもを使って追い出せるか?」

 不敵に笑う王。

「……ぶっちゃけ、あの、公平さん、これは、無理です。絶対に無理です」

 小走りで公平に駆け寄ってきたミーカが耳打ち。

「…………そんなに?」

「……ええと、ですね、あの王様……世界樹を引っこ抜いて植え替えたとか、素手で山に穴を開けて通った、とか、そういう伝説を、何十個も、持ってるんですよね……」

「あ、トゥアグ隧道トンネルでしょ、ウチんちに近いところにあったよ」

 衆目にさらされていることにようやく慣れてきたのか、ニコが少しほころんだ顔で言った。

「で? どうする? ま、ここいらでやめとく、ってんでもオレサマは全然かまわんが」

 三人を見定めるように眺めている王。口調はどこまでも楽しそうだ。まるで、公平たちがどんな答を返してくれるのか、楽しみで仕方ない、というような。

「王様……ご冗談を。これほどまでに観客の皆様方が待ち望んでいることを、やらなかったら私たちは、明日からこの街で暮らしていけなくなってしまいますよ。ただ……少しは条件を考えていただきませんと、別の意味で暮らしていけなくなってしまいます。まだ五体満足でいたいですから」

 公平が言うと王は、しゃはっ、と笑いを漏らした。

 だが公平の頭の中では、それで自分が追い込まれたのがはっきりとわかった。ウォフの戦闘機能はあくまでもおまけのようなものだ。どんな条件があったとしても、この異世界最強だという王に太刀打ちできるとは思えない。

「……商売やるヤツはそうでなきゃ駄目だな。お前、ラーソンとは違ってそういうのがわかってンじゃねェか」

 個人的な会話のつもりなのか、王は届声しんせいを使わずに言った。

「お知り合いで?」

「知り合いもなにも……お前、ラーソンから聞いてねェのか?」

「なにを、でしょう?」

「なにをってお前……マジか……」

 顎を撫でながら、興味深そうに公平の顔を見つめる王。

「ふゥむ……じゃ、こうしようや、吉田。オレサマをこの円から出せたら、それも教えてやるよ。どうだい? 師匠の秘密は気になるんじゃねェか?」

「どうだい、と言われましても……」

 発明家として名高いアビーのことは、国としてなにかしら、調査はしているのかもしれない。もしくは……王様は、アビーの真の目的、奴隷制の陳腐化、ということに気付いている、ということだろうか。どちらもすでに知っている公平としてはなんとも答を返しづらい。しかし彼が言いよどんでいると、王は少し情けなさそうな顔をして頭をかいた。

「……というより……すまんな、ここまで周りが盛り上がっちまうと、オレもただ飯食って帰る、って訳にもいかんのよ、ここはオレを助けると思って一つ、協力しちゃくンねェか? な?」

 観客席を見渡してみると確かに、皆、目をきらきらさせながら王を見つめている。公平の中に、王に対する敬意のようなものが芽生えていくのがわかった。

 ……この人はきっと、僕と同じだ。

 みんなのため、ということから、離れられないんだ。

 公平は改めて観客たちの顔を見渡してみる。みな一様に、予定外のステージ上のイベントに、どうなってしまうのか、という不安感一つ見えない。彼らは本当に、心の底から、この王を信頼しているのだ。

「……でしたら……一つお約束を。このウォフたちはなにぶん試作機でございますので、何卒、手荒に扱うようなことは……どうか……」

 そう聞いた王はまた、しゃはっ、と笑う。

「それでオレに縛りをかけたつもりかい?」

「いえ、とんでもございません」

「……ふむ、おめェ、結構頭回ンのな……安心しろよ、オレサマは発明が好きだからこんなことやってんだ。大事なモンをぶち壊しにはしねェさ」

「寛大な取り計らいに感謝いたします……」

「……公平さん?」

「公平?」

「大丈夫だ……すぐ終わるよ、僕らの勝ち……的な形にはなる」

 ニコもミーカも公平を、信じられないものを見る目つきで見たけれど、公平は笑って取り合わなかった。

「おンもしれェじゃねェか……よっし! 決まったぞ!」

 王が剣を掲げる。

「腹ごなしの審査、バーサスオレサマ! ルールはなんでもアリ! オレサマをこの円から出せたらこいつらの勝ち! さァ、いつでも来いやァッ!」

 どん、と、王が闘技場の床を踏みしめると、それは巨大な振動となって会場中に轟いた。観客席はこの日、一番の盛り上がりを見せる。

「一号から十号……戦闘準備!」

「「「Wooo!!!」」」

 ウォフたちが勇ましい声を上げ、ぶんぶんと手を回し始めた。


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