06 この世で一番の人気商売は、王様である



 どん、どん、どん、どん……!

 客席の足踏みが、まるで地震のように闘技場全体を揺らす。

「……な、な、な、なんということだァァァァァッ! 発明博覧会に愚鬼ゴブリン乱入と思いきや! 我らがトゥアグ王の疾風怒濤の活躍で! まさしくまばたきする間に愚鬼ゴブリンたちが片付いてしまったァッ! 実況スリーク、解説二見、共に無事……どころか! 客席にはけが人一人いません! これには我々一同、開いた口が塞がりませんッ! 我らが最強王は、どこまでも天衣無縫! これで減税があれば言うことなし!」

 実況の叫びに笑った王だが、しっしっ、とばかりに手を振るジェスチャー。笑いが辺りを包む。が、王と対峙することになった三人は、まるで生きた心地がしなかった。

 身長は百六十センチ弱と大柄ではないし、王らしい格好でもない。ガァトの街で一般的な、ゆったりとした象牙色アイボリーのローブのような貫頭衣に、腰には一振りの剣。不敵な笑みで、少しおどけて客席に反応してみせている姿は、王というより道化だ。

 だがその道化は、誰の目にも止まらぬ速度で、五十体近い愚鬼ゴブリンを、まるでいつもの仕事だと言わんばかりの調子で制圧して見せた。

「よお発明家さん方、まったくすまんね……面をあげてくんな、こりゃこっちが謝る場面だ」

 王は、ぽりぽりと頭をかきながら、まったく何事も起きていなかったかのような気楽さで、三人に歩み寄る。

「そうだ、せっかくだからよ、この第一発明は、オレサマが見さしてもらう、ってことで一つ、おさめちゃくんねェか。点数は甘めにつけるからよ」

 肩に手を置かれそう言われた公平は、まるで反論しようという気が起こらなかった。

「は……はい……しかし、王……その……僕たちの発明は……」

「知ってるよ、家庭用機兵ゴーレム、だろ? おーい、一席こっちに作れや!」

 王は笑ってそう言うと客席に大声で呼びかける。しばらくすると、衛兵たちが長テーブルと椅子を持ってやって来る。

「そういうわけで、第一発明、審査はオレサマだ……が! 審査内容は闘いじゃねえぞ……」

 王はにやりと笑い、ぐるり、観客席すべてを見渡し、叫んだ。

「お料理だ!」

 再び沸きに沸く客席。

 ガァトナ英雄王国民のだいたいは、このなにもかも規格外でいて、その実、誰よりも国民とその暮らしのことを考えているこの王の、大ファンなのだ。

 三人は互いに顔を見合わせて、事の次第に混乱しつつも、やがて頷き合う。審査員が変わろうとも、やることは変わらない、はずだ。

「…………一号から十号! 支度だ!」

 公平はゆっくりと立ち上がり、客席が静まるのを待ってから、そう叫んだ。

「「「Wiiiii!」」」

 それまでは中央に固まり、微動だにしていなかったウォフたちが、一斉に顔を上げ、可愛らしい声をあげた。その声に観客席は驚きの声を漏らし、子どもは笑った。駆け足程度の速度で公平の周囲にやってくると、胸の中から一斉に、何かを取り出す。一匹が、てとてと、何かを手に持ちながら公平の足下にまで駆け寄ってくる。

「それでは王様……なにかご希望はございますか?」

 しゅるしゅるとエプロンをつけた公平が王に問いかける。横ではミーカとニコも機兵ゴーレムからエプロンを渡されつけている。突貫工事ながらも、アビーの指導に従って博覧会で映えるプレゼンをたたき込まれたのだ。客席に移動したアビーは、祈るように両手を組みながら、そんな公平たちを見つめている。横のラロはそんなアビーを少し、意外そうな顔で見ていた。

「腹に溜まるやつでよろしく。お貴族様が美食グルメ蘊蓄うんちくをだらだらしゃべるような薄味のヤツは勘弁してくれよ。オレは大食いなんで、五人前は頼むぜ」

 王はその職務上、届声しんせいスキル持ち。声は観客中に届いている。王に遠慮してか、実況と解説は先ほどから黙ったままだが、客席は笑いに包まれている。

 しかしそれを見て公平は、王のしたたかさに舌を巻いた。王様、といってしまえば架空の、おとぎ話に出てくる存在だが、実際の王とはつまり、トップの政治家。常に自分が、どう人から見られているか、自分をどう見せるのか、ということを計算していなければならないはず。人気や親しみを持たせられるところで、それをしない、という選択肢はないのだろう。

「かしこまりました……それでは、調理、開始っ!」

「「「Wiiiii!」」」

 機兵ゴーレムたちは愛らしく叫ぶと、体内に格納してあった調理台やコンロ、食材を次から次へと出し、公平の指揮の下、調理を開始した。


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