05 縄を間近で見ても、どれが禍でどれが福なのかはわかりづらい



「一体全体……僕はなぜこんなことを……?」

 公平は呟いた。

「ご、ごめんさい~……私が、私がバカなばっかりに……」

 アビーが涙をこぼし、足の包帯にそれが落ちた。

「あ、いえ、そういうことじゃなくてですね……」

 公平が自問していたのは主に、どうして公務員試験に合格したというのに、中世の騎士、というより、荒くれ者の傭兵が着ているような甲冑に自分は身を包んでいるのか、ということだった。試験の過去問は六年分ほどあたったけれど、どこにも鎧の着方は出ていなかった。

「ふふーん、大丈夫だよ公平! どんな相手だって、ボクがぶっ飛ばしてあげるから!」

 一方、若草色の革鎧に身を包んだニコは得意げだ。先祖伝来の品らしいそれは、彼女の小さな体にもよく馴染んでいる。

「うん、駄目だからねニコ、あなたがぶっ飛ばすと、品評会にならないからね?」

 そういうミーカは濃紺色インディゴ・ブルーのマントに、薄水色ライト・ブルーを基調にした革鎧。よくよく見るとマントの縁を細かなレースが彩り、革鎧の中央にはボウタイじみた飾りがある。ミーカがこの異世界に着てからわざわざ特注した、アイドル味のある装備、だという。

「ま、博覧会はあくまでプレゼン、最悪、衛兵とバトルするだけさ。死にゃあしないよ」

 どこか他人事のラロは面白そうに、四人を見つめていた。

 ここはガァトの街外れ、円形闘技場。

 発明博覧会の当日を迎えた、発明家控え室。小さな体育館ほどのスペースがあるそこでは、発明家たちが念には念を入れ、自慢の発明、その最終調整に勤しんでいる。

 この発明博覧会が人気を博す理由の一つは、発明家たち自身にも、どういった方法で発表できるのかが直前まで知らされない点だ。あるときは闘技場内に設置された障害コースを走らされたり、またあるときは観客席の人気投票だったり、ラロの言ったように衛兵と戦うことだったり。そういうわけで公平たちも、持ち込んだ十台のウォフの整備に余念がない。

「ううう……本当に……本当にごめんなさい~……」

 もはや鼻水さえ垂らしながら泣くアビーを、公平はなんとかなだめる。

「大丈夫ですから、アビーさん。ケガはしょうがないですよ。誰も責めたりはしませんから」

「あぅ……公平さん……!」

「いーや、オレは責めるね。これで吉田のあんちゃんがしくじって、ウォフが不人気商品になってオレの報酬も払えなくなったら、オレは請求書を直接ホワイトハウスに持ってってやるからな。国境の壁に貼り付けてやるのでもいい。オレはタダ働きがこの世で一番嫌いなんだ」

「……ラロさん!」

「ジョークだよジョーク」

 けらけら、実に楽しそうに笑うラロ。

 昨日のこと。

 夕刻になってアビーの店に行ってみると、そこにいたのは、右足を包帯でぐるぐる巻きにして、松葉杖をついているアビー。聞けば工房でウォフを組み立てている最中、一番重い部品を足に落としてしまったという。治癒術士の見立てでは全治二週間。今更発明品評会の出場を取り下げることはできない。となると……。

「アビーラーソン組、いるか!」

 衛兵の声が響く。

「あ、はい!」

 公平が答える。

「発明家はアビーラーソン、出場者は……吉田公平、ミーカワイス、ニコサイオンの三名で間違いないな」

「あ、はい、そうです」

 衛兵は公平たちと機兵ゴーレムを無遠慮にじろじろ眺めた後、とほほ、という顔のアビーを見ると、納得したような顔。

「そろそろ第一発明発表の時間だ。門の側で待機となるので、ついてきてくれ」

「よ、吉田さん……! ど、どうか、がんばってください~~~!」

「ま、怪我のないようになー」


               ※※※※


 闘技場は、祝祭の熱気に満ちている。

 自分たちの常識を覆してくれるような新発明、あるいはなにに使うかもわからない珍奇な逸品、またあるいはそんな逸品を大発明だと主張するおかしな発明家を期待し、客席には数千人の人々が、祭の開始を今か今かと待ちわびている。一段高くなったテラス席には豪奢な日よけの下、現国王、英雄王トゥアグ・ガァトナを始め、英雄王国の重鎮たち。

「さあ今月もやってまいりました、ガァト月例発明博覧会! 実況は私、スリーク・グリーン、解説は二見ふたみ裕也ゆうやでお送りいたします! 二見さん、本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 実況と解説の声が響くと、満員の客席から拍手。届声しんせいという、人の耳元に声を届かせるだけの、なんとも使い道のよくわからないスキルを極め、こうして催事に役立ててくれる彼らは、ガァトの街で結構な人気者だ。黄色い声援を送っている一団さえいる。

「さて、本日の第一発明はなんと、あの先端改革者イノベーター、アビゲイル・ラーソン女史の発明、品目はなんと機兵ゴーレム、それも家庭用汎用機兵ゴーレム! 事前の申請書には、炊事洗濯料理から重荷の運搬に旅の護衛まで、とありますが……二見さん、これをどう見ますか?」

「さて、どうでしょう。家庭用、汎用機兵ゴーレムという発想自体は昔からあったんですが、実現化できた者は今までいません。卵を掴んで料理するような繊細な作業と、剣を振るって戦うような力仕事、どちらかの用途に絞れば存在はするんですが……結局、人にやらせた方がローコストで手っ取り早いんですね。専門家の間で、機兵ゴーレムの矛盾、といわれるものです。人に似せて作れば作るほどコストがかさみ、結果、人がやったほうが安く済む、となってしまうんですよ」

「なるほど……魔道具ガジェットの天才ラーソン女史は、はたしてそれをクリアできるのか!? それでは早速、入場してもらいましょう! なお本日はラーソン女史がなんと昨日右足を骨折してしまったそうで、秘蔵のお弟子さんたちによる発表、とのことです!」

 龍の描かれた巨大な門が音を立てて開き、公平とミーカ、そしてニコが姿を現す。数体の機兵ゴーレムが騎馬戦のように腕を組み、三人はそれぞれ、その上に腰掛けている。身長一メートル程度の機兵ゴーレムの上に座っているのはどこか滑稽な光景だったけれど、機兵ゴーレムがしっかりした足取りで進み、よろけることなく三人を闘技場中央まで運ぶと客席がどよめいた。異世界の人々にとって機兵ゴーレムとは、地球風に言うなら軍用の工作機械で、こういった場で人間を運んでいるというのは初めて見る光景だろう。

 が、中央に到着した三人が機兵ゴーレムから降りる段になると、緊張のあまりか公平が転びかけ、どよめきがくすくす笑いに変わる。

「ちょ、公平さん、なに緊張してるんですか」

「いやだって、よくよく考えたらこんな大勢の人の前で、なにかするのって、初めてで……」

「見られてるってことは、見させてるってことです。余裕綽々でいいんですよ」

「君は慣れてるだろうけど、地方公務員に言われてもね……」

「今や異世界公務員でしょ! もうニコを見習ってくだ…………大丈夫ニコ?」

「だだ、だい、だいじょーぶ、だよっっ?」

 ミーカは自信に満ちた笑顔をあたりに振りまいているが、ニコはまるで木の棒のように立ち尽くし、表情もこちこちにこわばっている。だがそんな三人にお構いなしで、実況は叫ぶ。

「では早速! 試合プレゼン形式発表です! 発明品の内容を鑑みお馴染みガァトナ衛兵隊との真剣勝負から課題クリアの障害物レースまで……今回、発明博覧会実行委員会が選んだのは……」

 実況が叫ぶと、会場が静まりかえった。

 彼が劇的な効果を狙って少し黙り込み、観客たちが固唾を呑んでその発表を待つ中……。

 突如。

 猛烈な爆発音が辺りに轟いた。

 衝撃は闘技場中央にまで響き、三人は思わず地に伏せる。

「な、あ、こら、ちょ! おまっ、警備! 警備! ゴ、愚鬼ゴブリンが! がぁッッ!」

 実況の声が途絶えると会場が騒然となり、野太い、下品な声が響き渡る。スキルによる洗練された拡声ではない、ただの大声。

「…………あーあー! ゴキゲン麗しゅうガァトの諸君! 我々は愚鬼特別飛行部隊ゴブリン・スペシャル・フライング・レギオン、ハム畑収穫隊! 私は愚鬼飛行長ゴブリン・フライング・オフィサー、ベーコン・ノウカである! 噂に名高い発明博覧会に、我々の発明品を披露しに参った! 空をご覧あれい!」

 客席から一斉に、悲鳴と怒号が響いた。

 そこには翼を生やした巨大な獣、鷲獅子グリフォンが四頭。四角く隊列を組んだ彼らの中央に、赤さび色に光る不思議な金属の鎖でつるされた、金属の箱。鉄の板を子どもが工作したような乱雑な作りのそこに、数十、醜い愚鬼ゴブリンが顔を覗かせ、ぶんぶんとこちらに手を振っている。

「こ、これは、一体……?」

 公平が呟くと、ニコが吐き捨てるように言った。

愚鬼ゴブリン……っ!」

 普段の溌剌とした様からは想像もつかない、憎悪に満ちた表情を浮かべ、今にも翼を出して、空に飛んでいきかねない様子。

「この世界の愚鬼ゴブリンは、こういうヤツらなんです! 魔物なのに、小学生男子ぐらいの知恵があって、たまにお祭り騒ぎに乗り込んできてむちゃくちゃするっていう……あぶない!」

 びゅん、と風切り音を立てて、公平の頭上になにかが降ってくる。間一髪で躱すが、そのなにかは闘技場の石畳を、盛大な音を立てて突き破り、半ば地面に埋もれ……どむんっ、と鈍い爆発音を響かせた。血の気が引いた公平が頭上を見上げると、空飛ぶ鉄箱から身を乗り出させた愚鬼ゴブリンたちが手に手に丸い、長い導火線に火のついた、いかにもな爆弾を持っている。

「公平っ! ボクが退治してくるっ!」

「ニコなに言ってんだ! こんなところで翼を出したら……!」

愚鬼ゴブリンは見たらやらなきゃ駄目なの! それが鳥人族バード・ヘッズの掟……! 離してミーカ!」

「落ち着けってばニコ! ど、どういうことなんだよ!?」

鳥人族バード・ヘッズは、特に愚鬼ゴブリンに酷い目に遭わされた歴史があるんです!」

 ミーカが慌ててニコを取り押さえる間にも、愚鬼ゴブリンの声が響く。

「さぁ愚鬼特別飛行部隊ゴブリン・スペシャル・フライング・レギオンが絨毯爆撃、とくとご覧あれ! 我らがいれば大陸統一、世界征服も夢ではない! さあさあ誰ぞ買わないか! ソーセージ二千本で一戦ひといくさ請け負うぞ!」

 爆弾が雨あられと降り注ぎ始め、観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑い始める。

「……いや、待てよ……ニコ、よし、やろう。でも君だけでやるのは駄目だ」

「ちょ、公平さん!?」

「向こうからチャンスが来てくれたんだ、やるしかない」

 公平はそう言って立ち上がり、機兵ゴーレムに号令をかけようと大きく息を吸い込んだ。今回のデモンストレーションのために特別、戦闘についてもそれなりにこなせるよう調整してはいる。

「そう来なくっちゃ公平! あいつら、一匹でも逃がすと駄目だからねっ!」

 ニコが腰にぶら下げていた短剣を抜き、構え、翼を出そうと前屈みになる。ミーカもそれを見て覚悟を決め、蔵箱アイテム・ボックスからギターを出そうとする。

 その刹那。

「いーや、発明家さん方にヤってもらうまでもねえよ」

 一陣の風が、闘技場に吹き荒れた。

 次の瞬間、すべての爆弾は砕け散り、爆発することなく、ぱらぱら、地面に降り注いだ。

 片手に愚鬼ゴブリンの頭を掴んで引きずる男が、いつの間にか闘技場に降り立っている。

「こういう厄介の始末は、オレサマの仕事だから、なッッ!」

「なぁあぉぉぉぉぉっ!」

 一投。

 男が右手に掴んだ愚鬼ゴブリンが、奇声と共に凄まじい勢いで空の鉄箱に飛んでいく。床をぶち抜き、鷲獅子グリフォンの隊列が乱れ、箱は傾き……ばらばらばら、なすすべもなく、空にいた愚鬼ゴブリンたちが地面に降り注ぐ。鎖から自由になった鷲獅子グリフォンたちは一瞬だけ、眼下に集ったおいしそうな人間たちに心を惹かれたようだが、ある一人に睨まれると本能的恐怖を感じ、散り散りに逃げていく。

 風が、闘技場に吹き荒れる。

「公共事業、完了ッ、とくらぁ!」

 地面に落ちてきた愚鬼ゴブリンはいつの間にか全員、鎖でぐるぐるに巻かれ一塊ひとかたまりにされている。

「おいグルー! ウチの地下にぶち込んどけ! 一部屋に十体でいいぞ!」

 と、軍務長官、グルラシア・ゲネイスァル・クグクラァリ四世の名を乱暴にあだ名で呼び捨てに。テラス席のグルラシアは深いため息と共に立ち上がり、駆け足で闘技場に向かってくる。

 客席から、爆発したような歓声。

 男はぐるぐると腕を回し歓声に応えると、やがて三人に向き直った。

「すまねえな、発明家さん方……どーも衛兵連中を、鍛えなおさにゃならんようだ」

 そこでようやくミーカは、はっと我に返り、膝をつく。それを見た公平も、慌ててそれにならう。ニコはしばらくきょとんとしていたけれど、ミーカに手を引かれ膝をつく。

 公平は膝をついて深々と頭を下げながらもこっそり、男の称札タグに目をやる。

最強さいきょう トゥアグ・ガァトナ〉。

 英雄王国ガァトナ国王、その人。


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