魔竜ファーヴニル討伐戦①
――すでに魔竜ファーヴニルとの戦端が開かれている、ヘイムダル城塞中庭。
そこを見下ろすことができる監視塔、元々クリムたち決戦部隊の待機場所として決められていた場所へ、ようやくクリムたちが合流すると……ルアシェイアを中心とした決戦部隊の皆は、塔最上階にて身を潜め、戦況を観察していた。
皆、クリムたちが全員無事に戻ったことを喜び、姿が変化した雛菊に驚いたり歓声を上げたりする中で、クリムはルアシェイアのメンバー以外では特に見知った相手――スザクの姿を見つけ、そちらに向かう。
「すまん、少しばかり遅れたな」
「いや問題ない、まだ予定通りの範疇だ」
そう言ってスザクは、クリムを手招きして、今、下で戦っている様子を俯瞰して見れる場所へと誘導する。
「状況はどこまで進んでいる?」
「ああ、そうだな……説明しておこう」
スザクに、現状の戦況を聞く。
まず、外壁両翼の上に設置された防衛機構の掌握は、無事成功したとのこと。
現在はディアマントとパールの二人に護衛されたカトレアが、防衛機構管制室にて操作を行なってくれているそうだ。
また、内部に潜入して『PDキャンセラー』の起動を目指すエルミルたち『銀の翼』とガーネットら刈り取る者の三人らの混成チームも、今のところ順調らしい。
魔竜ファーヴニルはさすがに目覚めてはいるものの、こちらもソールレオン指揮下の主力部隊がうまく抑えてくれている。
全て、現時点では予定通り順調に推移している。
「……このゲームで順調というのは、なんとなく不安になるのじゃが」
「マジそれな」
今までもずっと、順調だったと思っていた戦闘は、ほぼ全てが途中から何らかの要素により大変なことになっていた気がして、クリムとスザクは深々と溜息を吐く。
「とりあえず、俺たちの出番までは気付かれないよう、大人しくしていてくれよ、魔法とかの使用も厳禁な」
「うむ、了解した」
スザクの忠告に従い、クリムはスザクの隣で可能な限り気配を殺して身を隠しながら、地上の風景を覗き込む。他のルアシェイアの仲間たちも、それに倣って身を潜めていた。
そして、しばらくの間は戦闘風景を眺めているうちに……ふと、クリムは違和感に気付く。
「……攻撃が、届いておらんな」
「ああ、奴が纏っている闇の衣が、どうやら全部防いでしまうらしい」
魔竜が纏う闇が、全ての攻撃を、その体に届く前に打ち消している。
まずは、アレを打破しなければどうにもならないなと、そう考えていた時だった。
『こちら……防衛機構管制室、カトレア』
皆の元に、砦内の管制室で防衛機構を操っているカトレアの方から、連絡が入る。
『いまから10カウント後に、魔竜ファーヴニルが纏う闇の衣を剥がすため、庭園に向けて大規模攻撃を行う……皆、死にたくなかったら庭園から出て』
『だが、それでは魔竜も外に出てしまうが?』
カトレアの指示に、皆を代表して質問したのはソールレオンの声だ。
『大丈夫、皆が退避するのに合わせてこちらで魔竜を拘束する……じゃ、そういうこと。10』
そう言ってカウントを始めたカトレアに、庭園にいるプレイヤーたちは皆、慌てて指示に従い一旦退却を始める。どのみちこのままでは攻撃が届かないのだから、一度状況を動かす必要があった。
『拘束用超重力アンカー射出、対象、魔竜ファーヴニル。9』
カトレアの宣言と共に壁面から放たれた、虹色の光を纏うアンカーが、魔竜に絡みつく。
相変わらずダメージこそないが、どうやら絡みついた相手の重力を増大させるらしいその鎖はすぐには振り解けないようで、魔竜はその場で苛立たしげに暴れ始めた。
それを確認し、中庭で交戦していた連王国と北方帝国のメンバーたちが、庭園外へと全力で退避を始める。ソールレオンはリューガーやエルネスタら『北の氷河』前衛メンバーと共に、その最後尾で、苛立ち紛れに放たれていた魔竜の攻撃を打ち落とし、仲間たちを守って殿を務めていた。
『4……攻撃兵器はもう起動された、これ以降取り消しはできないから急いで』
カトレアの宣言に緊張が走る。
ここから攻撃までにだいぶ時間がかかるというのは、果たしてどのような兵器が使用されたのか。
『3』
殿を除くプレイヤーたちが、ようやく外壁の内部へと飛び込み、全員庭園外へと退避完了した。
ソールレオンたちもそれを確認し、皆の退避した方へと全力で駆け出す。
『2』
皆が固唾を飲んで見守る中……最後にソールレオンが、庭園を取り囲む外壁の下へと転がって飛び込んだ。
『……1!』
不吉な音を立てて、『重力アンカー』と呼ばれた虹色の鎖が、魔竜の力に耐えかねて千切れ飛ぶ。
周囲から悲鳴が上がる中、魔竜は、今し方逃げたソールレオンら主力部隊の方へと移動を始め――
『ゼロ!
――次の瞬間、はるか上空から降り注いだ閃光が、その魔竜ファーヴニルの巨体を飲み込んだ。
天から地を貫く、巨大な眩い光の柱。その光景に、プレイヤーたちすら唖然となる。
「え……衛星レーザー砲だと……!?」
「こんな物騒な物がなにゆえこのような場所に……いや、それよりも魔竜じゃ!」
光が収まっても、砦内はもうもうと土煙に包まれている。そんな中で、果たして魔竜ファーヴニルにダメージは与えられたのかと、皆が固唾を飲んでいる中。
ぼう、っと土煙の中に魔竜の顔と、その口内に灯る黒い光の魔法陣が浮かび上がった。
『……あれは……
悲鳴のようなカトレアの忠告。
同時に、庭園に立つ魔竜ファーヴニルの口から外壁上の防衛装置めがけて放たれた漆黒の閃光が、外壁の上部を掠めて、その先にいたタンク職らしき少年と、彼の背後にてバリスタの操作を行なっていたプレイヤーら数名を飲み込んだ。
その箇所は……恐るべき滑らかさの断面で街壁の一部が削られて、その場にいたプレイヤーは影も形もなく消滅していた。
「……馬鹿な、あのタンクは咄嗟のタイミングながら、きちんと防御系の戦技を複数重ね掛けして対処しておったぞ!?」
クリムは、確かに見た。
少年は、竜が自分たちの方を見ているのを察知した瞬間、最低でも三つ以上の防御戦技を重ねながら盾を構えて、仲間たちを守るという咄嗟の判断をしたのを。
だが結果は、まるで意味もなく消し飛ばされた……考えられるのは、即死攻撃。
『あれは、事前にペリドット姉様の解析に存在した魔竜のブレスの一つ、
そう忠告するカトレアの言葉に、プレイヤーの皆に、冷たい汗が流れる中――闇の衣こそ剥がれ落ちたものの、未だまともに傷すらついていない魔竜ファーヴニルが、まるで弱き物たちの抵抗を嘲笑うかのような咆哮を上げたのだった。
Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 @resn
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