獣と大淫婦の結末
「これで、もうあなたは何もできないです。治るまで、いっぺん頭を冷やすのです」
そう告げて、燃え盛る四尾の狐尻尾を備えた雛菊が、静かにその手にした太刀を手元から消す。
この場にいる者ではクリムがギリギリかろうじて動いたのが見えたくらいで、おそらく他の者らには何もわからなかったであろう、それほどまでに冴え渡った一撃に、誰もが唖然として身動きを取れずにいた。
恐ろしいまで無駄を削ぎ落とされた、九閃連なって放たれる一撃。刀スキルの秘剣『九重』とは、なるほどこの領域に至るための過程、まさしく秘剣だとクリムは雛菊の到達した技に戦慄する。
――心底、仲間でよかった。
あのさらにヤバい気配をひしひし感じる蒼い炎も合わせて考えると、もしかしてもう勝てないんじゃないだろうかと冷や汗を流しながら。
……と、そんなクリムの心情はさておき。
「……は、斬られた? 俺が? 誰に
? ……あのガキに!?」
慌てて跳ね起きようとして……しかしそれができない事に、メガセリオンは戸惑いの表情を見せる。
雛菊に斬られた四肢が、再生しない。
彼がどうにか首だけを巡らせて見てみれば、その傷口が、蒼い炎で焼かれていた。強烈な聖属性の炎に焼かれているため、再生できないのだ。
「ふふん、これぞ銀狐族改め『天狐族』の、『浄化の神炎』なのです。あ、お師匠様は絶対触ってはだめなのです」
一方で胸を張り、もふもふ四倍に増量した尾を振って、自慢げに語る雛菊。
ちなみに警告をされたクリムはというと、あまりに強烈な聖属性を放つ『神炎』を恐れ、フレイヤの背中へと隠れているのだが、それはそれ。
「……殺せ」
絞り出すように溢れた、メガセリオンの呟き。
だが、クリムの横で雛菊がその袖を抑え、首を横に振る。
「……うん、分かってるよ、雛菊」
心配そうに見上げる雛菊の頭を軽く撫でながら、クリムはおっかなびっくりメガセリオンに近寄ると、告げる。
「お前は、ここで殺さない」
クリムの言葉に、しかしメガセリオンはその表情に驚愕と微かな恐怖を浮かべ、クリムのことを睨む。
「なんで……だよ……!」
ついに涙まで溢しながらも、身動きができれば掴みかかっていたであろう勢いで、メガセリオンはクリムに食ってかかる。
「今お前に殺されれば……お前の敵の俺で、『世界の破壊を役目とする獣』のままの俺で……ッ!」
死にたい。
自分にまだ意味が残っているうちに、戦いの中で負けて消え去りたい。
そんなメガセリオンの願望がひしひしと伝わってきて、クリムは悲しげに目を伏せ、首を振る。
「……そう言ってる時点で、お主はもう『終末の獣のメガセリオン』じゃないんだよ」
もう、自身の役目に……世界の
今のメガセリオンは、自分の存在を見失い、途方に暮れている子供だ。
そう……今のメガセリオンはもはや『Destiny Unchain Online』というゲームを司るシステムから逸脱し、個として生まれたばかりの子供だ。
そして……
「お主は、『終末の獣』ではなく、ただの一人の『メガセリオン』として、一から世界を見てくるのじゃ。その上で、まだ『終末の獣』で居たいと思ったのならば、我らのところに来るがいい。その時はもう一回打ち負かして、今度こそ殺してやる」
そうならぬ事を祈るがな、と最後に小さく呟くと、クリムは先に仲間たちが進んでいるヘイムダル城塞の方へと踵を返す。
「なンだよそれ、ふざけんな、畜生が……」
「……では皆、我らは先へと行こう。予定よりも少し時間が押している、急ぐぞ」
クリムの言葉に、雛菊が、フレイヤが、皆が頷いて、クリムの後に続いて駆け出す。
もはや、振り返る者すら居なくなった中。
「…………わかんねぇよ……くそ、クソッ……チクショウ……クソがぁああああアアアアアアッッ――ッ!!」
ただ一人残されたメガセリオンの慟哭だけが、燃えて崩れた正門前の中で残響するのだった。
◇
――残されたメガセリオンが、ひとしきり泣き、喚き、それすらもはや出来ぬほど体力を消耗した頃。
メガセリオンが雛菊に切り飛ばされた四肢の再生を阻害していた蒼の神炎は、すでに消えている。
だが体力も魔力も尽きかけの身体は相変わらず再生が始まらず、メガセリオンは未だ身動きできないまま床に転がっていた。
「あいつらは……どうやら、始まったみたいだな」
遠方から、強大な力が多数振るわれているのをビリビリと感じる。一番大きな力が、自らが解放した魔竜ファーヴニルのものかと、メガセリオンはなんとなく察していた。
「ンだよ、あいつ、俺より強えじゃねーか……」
身動きもできずただぼんやりしていると、今まで見えなかったものが、自らがどれだけ井の中の蛙だったのかが、ようやく理解できる。
結果……ふと、
幾条もの閃光が宙を閃き、莫大なエネルギーが炸裂する。連中が向かった先で乱れ飛んでいるのは、もしかしたら次の瞬間には余波によりこちらも消し飛ぶかもしれない、そんな力だ。
だが、それでも良いかと、メガセリオンは投げやりに考えていた――そんな時だった。
カツン、カツン、と、ヒールの音を響かせて、何者かが接近してきている。
やがてその人物は、メガセリオンのすぐ横まで真っ直ぐにやってきて、わざわざこちらへと聞かせるような深い溜息を吐いた。
「あらまあ随分と派手にやられて、ザマァないわね。前に私がやられた時は、散々に笑ってくれた癖に」
「あ? んだよ笑い返しにに来たならもう十分笑えるモン見ただろ、さっさと帰れよ」
「あらま派手にやられて落ち込んでるかと思ったら、可愛くないこと」
そう、口元を扇で隠しながら宣った人物――マザーハーロットは、まだ手足の再生が始まっていないため身動きの取れないメガセリオンの方へと、手を伸ばす。
勝手をした、使えない駒として始末されるか。
吸収され、マザーハーロットの力の一部にされるか。
だが、どちらにせよ今のメガセリオンには、抗う力は残っていない。だからメガセリオンは、迫ってくるマザーハーロットの手を一瞥すると、諦めたかのように目を瞑る。
「……………………あ?」
てっきり始末なり吸収されるのを覚悟していたメガセリオンだったが……そういったことはついぞ起きず、代わりに感じるのは、誰かに担ぎ上げられた感触。
「おい、何のつもりだババア」
今、自分を担いで運んでいる人物に向けて、悪態を吐くメガセリオン。
彼は今、殺されも吸収されもせず、まるで米俵でも担ぐかのようにマザーハーロットに抱え上げられていた。
「次ババアって言ったら殺すわよ……なんかさあ、もう全部うんざりなのよね。人類を救うご主人サマの大層なお題目とか、たかが化かし合いの結果で勝敗がどうとか」
「お前……」
ぐちぐちと文句を言っているマザーハーロットに、彼女に担がれたメガセリオンは、意外なものを見たと目を丸くする。
「あの眼鏡一人にしてやられたの、相当凹んでたんだな」
「うっさいわね、余計なこと言うならこの場にぶん投げてくわよ!」
メガセリオンの突っ込みに、物凄い形相で睨みつけるマザーハーロット。だが彼女はすぐに深い溜息を吐くと、メガセリオンのことを背負い直す。
「そんな訳で、私はもう一抜けして、のんびり観光旅行にでも行きたいワケ。で、あんたが獣形態になってる際の背中が一番広くて乗り心地がいいの、再生が済んだら私の乗り物として付き合いなさいよ」
そう一息に捲し立てると、あとは黙々と歩き出すマザーハーロット。そんな彼女に背負われながら、メガセリオンは……。
「はぁ……ったく我儘な女だな、勝手にしろよ」
……と、呆れたように呟くのだった。
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