ダイアナは今日も奇麗。

石井 行

ダイアナは今日も奇麗。

 小さい頃から、私はよく鏡に向かって話し掛けていた。

 傍から見れば、鏡に映る自分に話し掛けるおかしな子供だったと思う。だけど鏡に映るのは、私自身じゃなくて私とは違う女の子。

 彼女は私の友達。

 私は、鏡の中にいる友達と話していた。

 私は彼女に名前を付けた。

 最初は、鏡に映っているから「鏡のマコト」…私の名前が「マコト」なのでそう呼んでいたのだけど、いくら鏡に映っているとはいえやっぱり自分ではない子を自分の名前で呼ぶのはおかしい、と思ったから、彼女自身の名前を付けた。

 ダイアナ。

 私は彼女にダイアナという名前を付けた。残念ながら私の名前は「アン・シャーリー」じゃないけど、女の子の親友といえば「ダイアナ」だ。


 ダイアナは私の話を何でも聞いてくれる。

 私が笑うと、ダイアナも笑う。

 私が泣くと、ダイアナも泣く。

 落ち込んでいるときには、動きを真似して笑わせて元気付けようとしてくれる。


 お洒落をする年頃になって、私もみんなの真似をして鏡に向かって化粧をしてみた。

 すると、鏡の中のダイアナがどんどん可愛くなっていった。

 間に合わせで着てみたお母さんの服はダイアナには似合わなかったので、私は彼女に似合う可愛い服を買う為にアルバイトを始めた。

 ダイアナに似合うメイク。ダイアナに似合う服。

 可愛いダイアナは自慢の友達だった。

 辛いことがあると、私は鏡に向かってダイアナにメイクをする。

 可愛い親友が笑ってくれると、私の心は満たされた。


 小さい頃は鏡に話し掛ける私を笑って見ていた家族も、私がダイアナの為にメイク道具や洋服を沢山買い込むのを苦い顔で見るようになった。

 「鏡に映るのはマコト自身」

 理屈ではわかるけど、やっぱり私には私じゃない「ダイアナ」が見える。いくら説明してもわかってもらえないってことはわかってた。

 お父さんなんか、メイク道具や洋服を全部捨ててしまったり、家中の鏡を隠したりして私がダイアナに会わないようにして、なんとか私を普通の人間に戻そうとした。病院に連れて行こうともした。

 世の中にはいろんなおかしな人がいる。変わった友達がいるくらい大したことじゃない。他人に迷惑を掛けなきゃいいじゃない。私は訴え続けた。

 私には、彼女の他に心から話せる友達がいない。彼女がいないと私は不安定になってしまう。

 私とダイアナのことは放っておいてほしかった。

 買ってきては捨てられる、鏡を出しては隠される、ということを何度も繰り返して、ようやく家族は諦めた。長かった。認めた、ではなく諦めた。だけど私の望み通り、家族は私達を放っておくことに決めた。私は、ダイアナと引き離されない為にはコソコソしなくてはいけないということを学んだ。



 こんな私に、恋人ができた。名前はマキさん。バイト先で知り合った。

 頼りない私をいつもフォローしてくれる、何よりこんな私を好きだと言ってくれる優しい人だ。

 私は有頂天になっていた。今まで知らなかった喜びを知って、有頂天になっていた。

 マキさんと会っているときには、ダイアナのことを忘れた。

 大親友をほったらかしにして、私は舞い上がっていた。

 鏡を覗けばすぐそこにいるのに、ダイアナから、鏡から、目を逸らしていた。


 やがてダイアナは、私とマキさんの邪魔をするようになった。

 デートに着ていくつもりだった服が、朝起きたらズタズタにされていた。

 待ち合わせ。時間になってもマキさんが来ない。三十分、一時間、二時間。メールを確認したら、送った覚えのないキャンセルのメールが送信されていた。

 マキさんと歩いていると、街中の鏡やガラス窓から睨まれているような気がする。

 いつか、ダイアナが鏡の中から出てくるんじゃないかと思った。

 怖い、と思った。

 だけど…それは誰の所為?

 …私だ。

 私がダイアナを置き去りにしたから。大親友なんて言いながら、恋人ができたら放置だなんて最低だ。

 家族との普通の関係を捨ててまで守った友達なんじゃないのか?

 こんな最低な私のことを、ダイアナはまだ友達だと思ってくれている。多分。思ってくれているから、嫉妬してマキさんとの仲を邪魔するんだろう。

 それを「怖い」だなんて、私は勝手だ。


 仲直り、しよう。



 ダイアナ?久し振り。

 ねぇ、これ!ダイアナに似合うと思って買っちゃった。ワンピースなんだけどね、お店で一目惚れして、ちょっと高かったけど思い切ってレジに持っていったら、店員さんが「プレゼントですか?」って。そわそわしてたの見られてたのかも。

 ほら、キレイにラッピングしてくれたんだよ。開けていい?

 ねぇ、見て!可愛いでしょ?絶対似合うよ!

 …ごめん、ダイアナ。ずっと一人にして、ごめん。

 浮かれてた。初めて人から好きだって言ってもらえて嬉しかった。マキさんがいれば、ダイアナがいなくても大丈夫だって…これがお父さんの言う「普通」なんじゃないかって…。

 でもやっぱり違うんだ。ダイアナがいないと落ち着かない。何かが足りない。ダイアナといる自分が、本当の自分なんだと思う。

 離れてみて、わかった。

 ねぇ、まだ私のこと親友だと思ってくれてる?

 マキさんに紹介したいんだ。私の大親友だって。

 勝手だよね、ごめん。

 …大丈夫だよ。マキさん優しい人だから。



 そうして私は、マキさんとダイアナを会わせた。

 まず私がいつものように鏡に向かって話をして、それから鏡の角度を調節してマキさんにも見えるようにして。

 その後、ダイアナのこと、家族のこと、全部話した。マキさんは黙って聞いてくれた。理解したい、って言ってくれた。



 ダイアナは、邪魔をしなくなった。

 私は彼女が寂しくないように、ときどきは三人で会うようにした。

 ダイアナといる本当の私でいられて、私は幸せだった。




 マキさんと喧嘩した。

 きっと、多分、私が悪い。でも、私は謝れない。

 ダイアナを否定された。

 私がダイアナのことばかり話すから怒った?私がダイアナに似合うメイクや洋服のことばかり考えているから呆れた?

 違う。

 マキさんは、もうダイアナにメイクしたり可愛い服を着せたりするなって言った。

 理解してくれてると思ってた。

 でもマキさんは、私の家族みたいに、

 ダイアナに化粧をするなと言う。

 ダイアナの髪を切れと言う。

 ダイアナに男物の服を着せようとする。

 ダイアナは、女の子だよ?どうして女の子の格好をしたらおかしいの?

 「マコトはそのままでいい。可愛い格好をする必要なんかない。」

 違う。私じゃない。私はダイアナを可愛くしたいんだ。大好きな親友が可愛いと、綺麗だと嬉しいんだ。だってダイアナは私の……憧れだから。


 そうだ、私はずっと、ダイアナになりたかったんだ。



 私は泣いた。

 ダイアナと一緒に泣いた。

 彼女は頑張って笑おうとしていたけど、私はそれが余計悲しくて、もっと泣いた。

 泣いて泣いて、私が泣けば泣くほどダイアナの目蓋は腫れてしまって、それを見て私はようやく泣き止んだ。

 大変、ダイアナが不細工になっちゃう。

 私は顔を洗って、腫れた目蓋を冷やして、化粧水を付けて、美容液を付けて、とっておきのパックをして、今まででいちばん気合を入れてメイクをした。

 ダイアナはどんどん綺麗になっていく!


 ねぇ、ダイアナ、見て!このワンピース!

 似合うと思って買っちゃった!

 レジに持っていったら店員さんが「プレゼントですか?」って!(笑)

 ……私が着るんだ。



 ダイアナ。

 私が名前を付けた。

 ダイアナ。

 ダイアナは私の話を何でも聞いてくれる。

 私が笑うと、ダイアナも笑う。

 私が泣くと、ダイアナも泣く。

 落ち込んでいるときには、動きを真似して笑わせて元気付けようとしてくれる。

 私は今日も、鏡に向かって化粧をする。

 鏡の中には大親友がいる。

 ダイアナは、今日も奇麗。



 

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