社内ニート田中、先延ばしにする

 翌朝、起床した時、何だかいつもより眠りが深かった気がした。気分爽快……とまではいかないが、何か気持ちが違う気がする。しかし、退職願を書くなど、退職に向けての具体的な準備は特にしてはいない。退職願はまた明日出すことにしよう。


 いつも通り、出社した。


「おはようございます」


 挨拶をしたが、相変わらず惨めな気持ちになった。正直、自分は出社している意味がない。なのに毎日、同じ時間に出社して挨拶して……。すごく馬鹿らしくなった。退職するという気持ちが強くなった。


 日中は、特にやることがなかった。見返しすぎて紙の端がボロボロになった顧客の名簿を見たり、机をガサガサして資料を確認する振りをしたり、こんな無意味な動作も残りわずかかと思うと、苦痛であることには変わりないが、前ほどには感じなかった。


 他にやること言えば、ひたすら辞めると言う意志を伝えたあとの周りの反応や、その後の自分の暮らしを想像するくらいだ。おそらく、引き留められることもなく、すぐに辞めることが出来るだろう。正直、引継ぎもいらないと思う。有給休暇が十日ほどあるので、全部消化しよう。有給中に次の職場が決まれば良いが。


 後悔とは違うが、妙な気持ちもある。このまま辞めてしまって良いのだろうかという気持ちだ。上手く就職出来るとは限らない。給与が下がり、生活水準を落とさなければならないかもしれない。労働環境が悪化するかもしれない。まぁ、今は全く働いていないので仕事がしたいが……正直バランスが重要。やりすぎは心が疲弊する。


 加えて、大きな不安要素が一つある。この会社に入ってから、社会人として全く自分が成長していないことだ。三十歳の社会人として見た場合、真っ当な会社ではついていけないのではないだろうか。


 まぁ、何とかなるか。この会社では、全然仕事していないのに給料を貰えている訳だし、世の中何とかなると思う。


 なんやかんやで定時となり、帰宅することにした。帰りには酒を買った。


 おいしく酒を味わいたいので、インターネットの記事を参考にささっと退職願を作成してから、晩酌の時間に入った。あまり酔えなかった。


 翌朝。いつもよりしっかりとした朝食をとり、出社した。通勤中、どのタイミングで上司に退職の意思を伝えようかと色々考えたが、出社して朝一に伝えることにした。


 いざ、伝える瞬間になると緊張する。別に今日じゃなくていいや。急ぐ必要はない。すっかり、問題を先延ばしする癖がついてしまったが仕方がない。別に今日じゃなくてもいいのだ。そうと決まるといつもの毎日が始まる。


 相変わらず毎日毎日、会社に着いたその瞬間から、やることがない。かと言って堂々とゲームなど出来るわけがないし。なので、資料を見返したり、フォルダを見たり、顧客データを見たりして一日を潰すのである。なかなかの苦行だ。悟りを開けるんじゃないだろうか。午前中は比較的すぐに終わるが、午後からが長い。たまには立つが、お尻が痛くなってくる。自分は何のために会社にいるのだろうか……考え出したら負けだ。何とか午後もしのいで、定時で帰宅する。


 明日こそは。


 本当に明日こそは。


 そう思いながら、苦行から解放され軽くなった体で帰宅した。本当に無意味な毎日だ。仏陀だって苦行は意味ないみたいなことを言っていたらしいし、今の自分は本当に無意味な存在だと思う。でも無意味な存在という存在も意味があるのではないかとか、訳が分からない哲学的なことを考えると頭がこんがらがるので辞めにしよう。

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社内ニート田中 高橋 @akst7014

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