社内ニート田中
高橋
社内ニート田中、辞めようと決意する。
仕事がない……いや、正確に言えば、仕事が少ない。今の会社に入社してから、三年目だろうか。二十七歳の時に入社して、現在が三十歳なので四年目か。まぁ、どうでもいいか。仕事が多忙なものも精神をすり減らしてしまうが、暇というものも非常に疲れるものだなと、日々実感している。
ちなみに何をしているかと言うと、配置薬の営業だ。各家庭に薬等が入った救急箱のような物を置かせてもらい、定期的に訪問した際、使用した分の代金をいただくという仕事だ。必要としている方がいるという認識はもちろんあるが、個人的には時代錯誤の古いやり方の仕事だと思っている。
なぜ、この会社に入ったのか。前の会社を衝動的に辞めたあと、何となくすぐに決まるだろうなと変な自信があったが、景気も悪く、なかなか仕事が決まらなかった。貯金も底をつきかけていたところ、たまたまこの会社から採用してもらうことになったというだけだ。自分の中で譲れない条件だった、土日祝日休みということは叶えられた。もっとも事前の下調べでは、仕事内容としては少し大変なところもあるらしいので、たまには休日出勤もあるだろうと思っていた。前の会社は、かなり労働環境が悪かったので、まぁ楽勝かなと軽く見ていた。
入社早々は試用期間があることから、本社で商品知識等の研修に明け暮れる毎日だった。試用期間終了後、余程のことがない限りは正式採用され、各営業所へ配属となる。俺も無事にA地区の営業所へと配属になった。
A地区の営業所は、会社内で特に営業成績が良かったり悪かったりと突出したところはないが、安定しているところという評判だった。
配属早々、歓迎会を開いていただいたが、そこでの自分の対応が現在の状況を作り出してしまった原因だと思う。宴もたけなわとなったところ、やる気のある、いわゆるガツガツしてそうな係長職の方から急に突っ込まれた。
「田中君は、いつ登録販売者とるの?」
「えっ? それって必要なんですか?」
突然、聞きなれない言葉を聞き、よく分からない返答をしてしまった。それに、求人情報には入社後に資格取得が必須などという記載はなかった。
「あーそう。取る気はあるの?」
「え、まぁ、必要であれば」
突発的な出来事を笑いに変えられたりする人間もいるが、自分はそうではない。たったこれだけのやり取りで「何こいつ」みたいな空気が場に漂っていた。二次会があったかどうかは知らないが、歓迎会のあと、自分は真っすぐ帰宅した。
肝心の仕事はというと、しばらくは先輩の外回りに同行した。ある程度、覚えてからは会社から顧客を割り振られて独り立ちとなった。顧客の件数はというと、全て個人客で、だいたいひと月二十件ほど。当時の自分はその件数が多いのか少ないのかは分からなかった。「自分が担当になったから、しっかりやらないとな」と気持ちを新たにしていた。
今、実感しているが、ひと月当たり二十件ほどというのは非常に少ない。計算的には一日一件、訪問するだけだ。色々と事務所内での事務作業ももちろんあるが、たいした量ではない。新人ということも考慮されているのかもしれないが、おそらくは飲み会での発言が影響していると自分の中では認識している。きっかけというのは、ほんの些細なことだなと思う。
仕事の出来はというと、大きな失敗もなくやれていると自負している。まぁ、大きな成果もないが……。一日一件こなすというような規則正しく毎日仕事が出来るわけなく、顧客の都合で一日三件訪問することもある。もちろん、その日は時間が潰れるので一日を難なくやり過ごせる。一方で一日数件こなすことで、空白の一日が出来てしまう。事務作業といっても特別なことがない限り、一日一時間もない。何も仕事がないからといって、堂々とさぼることも出来ない。顧客の名簿や資料を読み返すにも限界がある。商品知識の勉強でもすれば良いのだろうが、自分は必要に迫られないとなかなか勉強出来ない人間なのだ。もっとも、勉強したところで仕事が増える訳ではない。「自分は何のためにここにいるのだろうか」などと考える毎日で、自己肯定感と言ったものは消え失せている。
きっかけというものは恐ろしい。後悔しても取り戻すことが出来ない。夜、就寝する前から明日の時間の潰し方を考える。朝、目覚めると、今日一日も何もやることがなく、自分の会社での存在価値を考えて辟易する。
死にたいと思ったが、怖くて死ねない。
情けない気持ちになったり、会社に対して急に怒りが湧いてきたり、周りから取り残されているような気分になり焦りがでたり……。
精神病院にも行ってみた。うつ状態だと診断され、薬を貰った。薬を飲んだからといって、自分の状況が改善する訳ではないので、すぐに飲むのは辞めた。
色々考えたが、今は職場を変えるしかないと思っている。しかし、働きながら転職するのは難しい。また逃げの転職になってしまう気がする。
でも、やっぱり辞めるしかない。
辞めよう。
明日、退職願いを出そう。
決意すると、何だか気が晴れた。明日も頑張れそうな気がする。自分でも優柔不断だなと苦笑しつつ、眠りにつくことにした。今日は深い眠りにつけそうだ。
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