右向け左

あるむ

右向け左

「ねえねえ、アナタどうしてワタシの方を向いているの?」


 みんなが同じ方向を向いている中、ぼくだけ横を向いている。じゃあ逆に、どうして同じ方向を向かなきゃいけないんだろう。そんなこと、誰が決めたって言うのさ。


「知らないわよ、そんなこと。だってそう決められているんだもの」


 口をとがらせて彼女は言った。


「そうよそうよ。みんな同じなのに、どうしてあなただけこっちを向くのよ」


「え、なになにどうしたの。横を向いているやつなんているのかい? ちょっとボクの位置からは見えないなぁ」


「あら、だってアナタはちゃんと前を向いているもの、見えなくて当然よ」


 みんなは口々にそんなことを言う。ぼくが向きたい方を向いているだけなのに、そっちは違うと言う。


 なんのためにそっちを向いているのだろう。


「意味? 意味なんてないわよ。そうしなきゃいけないから、そうしてるだけよ」


 堂々巡りをするだけだった。段々硬くなっていく首をふるふると動かしながら、ぼくはまっすぐ正面だけを見つめて待った。




 みんながぼくの後ろを見ているこの時間、ぼくの正面には車いすに乗った女の子が現れる。


「あなただけ、いつも私を見ていてくれるのよね」


 ぼくは嬉しくて身体を震わせる。きみのために、いつもこうして待っているんだよ。


「ほかの人はみんな後ろを向いているのに、あなたは大丈夫なの?」


 心配してくれる女の子の優しさをぼくだけが知っている。石のように硬くなった足では、どこにも自由に行かれない。


「今日はね、弟が生まれた時のお話をするね」


 女の子が来た時だけ、ぼくはきみのおしゃべり相手になる。と言ってもいつも聞き役だ。いつもぺちゃくちゃうるさい周りも、この時ばっかりは黙って向こうを向いている。


「それでね、それでね」


 一生懸命話すきみがかわいい。きみくらいの歳の子なら走り回って遊ぶ頃だろうに、可哀想に。


「ちょっとしゃべりすぎちゃった。また明日、来るね」


 きみはそう言うと、ふうふう言いながらまた元来た道を戻っていく。明日も晴れますように。雨は降りませんように。




「また来たよ。最近元気ないね? 夏が終わるからかな」


 夏ももう終わろうとしている。ぼくらはみんな頭を垂れている。ぼくだけはまだ、なんとかがんばっている。きみに顔が見えるように。


 だけどそれも限界が近い。


「ふわぁあ、アナタはどうしてそんなにがんばっているの?」


 ほとんど眠ったようになっていた隣人から、囁き声が聞こえて来た。ぐったりと頭を下げて、深い眠りに落ちていきそうだ。


「特別なのかしら」


 そうだよ、あの子がぼくを見つけてくれたんだから。


「アナタは自分が正しいと思うことを貫いたのね」


 ぼくはぼくのしてることを悪いことだとは思っていないよ。みんな同じでいることより、ずっと大切なことだと思ってる。


「ワタシたちも、正しいと思うことに、従っていただけだわ、きっと」


 ゆっくりゆっくり言って、そのまま静かになっていった。




 いつの間にか蝉の声も聞こえなくなって、萎れて俯いて涙を流す周囲をよそに、ぼくだけはまだ瞼を落とさないように耐えていた。


「あなたに会いに来るのも今日が最後だね」


 きみは寂しそうに笑って、ぼくの頭を撫でている。いつの間に来ていたのか気がつかなかった。


「いつも来るのが夕方だから、みんな私の方を見てくれないけど、あなただけは私を見つけてくれて嬉しかったよ」


 ぼくはきみに美しい思い出を残せただろうか。ぼくが、ぼくたちらしいことを曲げ続けた意味はあっただろうか。


「だから、こっそりあなたと帰ろうと思うの。こんなにたくさんだから、きっと大丈夫だよね」


 きみはそう言うと、細く白い腕をのばして、ぼくの首をぷちりと手折った。


 きみの膝の上はあたたかで、ぼくはきみの顔を見上げながら眠ることにした。今まではきみがぼくを見上げていたのだから、不思議な気分だ。


 来年はきっと、たくさんのぼくたちがきみの家の庭で、きみを迎えることだろう。


 ぼくはずっとぼくの正しいと思うことを選ぶはずさ。




 ひまわりの花言葉は「私はあなただけを見つめる」。

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