第26話 宿星の儀式 (9)

 泉の中から現れたのは、頭巾がついた黒色のマントと、禍々しい骨の鎧を身に着けた男だった。頭巾の陰から覗く肌は死神のように青白く、瞳は血を吸い取ったように赤い。

 エメルはその男を知っている。男は館を襲撃した深淵の闇の王だ。だけれど――どうして闇の王はシェダルの姿をしているのだろうか? 


「星守りの娘よ。我がなぜこのような姿をしているのか、不思議に思っているようだな」


 疑問に思ったエメルの前で闇の王がにやりと笑う。見た者すべてを戦慄させるような不気味な笑みだった。


「地獄に引きずりこんで魂ごと肉体を食らってやったのだ。娘よ、教えてやろう。おまえに貫かれたあと、シェダルはまだ生きていたぞ。生きたまま奴を食らったときの悲鳴は、聞いていてとても心地良かった。貴様にも是非聞かせてやりたかったぞ」


「――っ!! よくも兄様をっ!!」


 怒りに震えたエメルは闇の王に掴みかかろうとした。だが闇の王は避けようとする様子も見せない。次の刹那だった。闇の王が右手をかざすと黒い風が渦を巻き、エメルは泉の外まで吹き飛ばされてしまったのだ。


「小賢しい。人間ごときが我を倒せるとでも思っているのか? 我がアストライアを手に入れるのを、そこで指をくわえて見ているがよいわ」


 倒れこんだエメルを見下すように一瞥すると、闇の王は余裕綽々とした足取りで、中央の台座に近づいていった。

 闇の力に染まった穢れた手が、アストライアに向けて伸ばされる。闇の王にアストライアを奪われてしまう――。迎えたくない最悪の結末が、絶望するエメルの脳裡に浮かんだ。


「闇の王!! アストライアは渡さないぞ!!」


 だが最悪の結末は訪れなかった。エメルの後ろから、勇ましいアルドの声が響き渡ったのだ。次いで紫色の光が煌めいて、さながら流星群のような無数の雷の矢が、闇の王を目がけて降り注ぐ。轟音と閃光が空気を振動させて、周囲に煙が立ちこめた。


「エメル! 大丈夫か!?」


 駆けつけたアルドがエメルを助け起こす。見やれば騎士団の全員が、この場に集まっているではないか。リディルが闇の王の気配を感じたので、エメルを助けに急いで駆けつけたらしい。そこまで話を聞いたエメルの頭に、ひとつの疑問が湧き上がった。


「あの扉は私とミーミルさんが下りたあと、また神聖魔法の結界で封印されましたよね。それなのにいったいどうやって封印を解いたんですか?」


「封印は俺が解いた――というか強引に破った。たぶんなにかの魔法だと思うけれど……よく分からない。心臓の辺りが熱くなったと思ったら、身体の奥深くから力が溢れてきて、扉の封印を破ることができたんだ。おまえが無事でよかったよ」


 アルドはエメルに笑ってみせたけれど、その表情はどことなく暗い。いきなり得た未知なる力に、アルドは大きな不安を感じているのだろう。


「よし、アストライアを回収してひとまずここを出よう。アストライアは俺とウルピナが取ってくる。みんなは司祭様を連れて先に上に戻ってくれ――」


 泉のほうを見やったオライオンの表情が強張った。彼が凝視するほうを向いたエメルたちも、驚愕で表情が強張った。

 アルドの雷の矢に撃ち抜かれたはずなのに、闇の王の死骸がどこにも見当たらないのである。――まさか闇の王は死んでいない? 誰もがそう思ったとき――大きな哄笑が響き渡った。


「くはははっ! 人間のくせになかなかやりおるではないか! だが所詮は人間、その程度では我を倒すことなどできないぞ! 我が手を下すまでもない! 貴様らの相手は我の兵士どもで充分だ!」


 一同が笑い声の響いたほうを見やると、不敵な笑みを浮かべた闇の王がそこに立っていた。天地を揺るがすような破壊力の攻撃を、まともに受けたはずなのに、闇の王は傷ひとつ負っていなかった。


 不気味な韻の呪文を唱えた闇の王が右手を振るうと、黒い炎の群れが彼の周囲に浮かび上がった。黒炎は錆びついた剣を持った骸骨の魔物スケルトンと、肉体が腐った人型の魔物グールに姿を変えて、エメルたちを標的に定めて歩き始めた。


「――エメル。俺たちが道を切り開く。おまえはアストライアを持って司祭様と逃げろ」

「えっ――!?」


「アストライアは星の女神が最初に作った星神具で、彼女の光の力を宿しているんだ。もしもアストライアを奪われて、光の力を闇の力に変えられてしまったら――俺たちに勝ち目はないと思う。だから絶対にアストライアを奪われたらだめなんだ」


 判断に迷ったエメルはオライオンたちに視線を送った。それぞれ星神具を構えたオライオンたちは、決意した面持ちでエメルを見つめ返す。己の命を引き替えにしてでも、エメルとミーミルを逃がしてみせる。鋼のごとき強い思いがエメルの胸に突き刺さった。


「――分かりました。上に戻ってアストライアを安全な場所に預けたら、助けを呼んで戻って来ます。だから皆さん――それまで絶対に死なないでください」


「俺とセイリオスが先陣を切る。ウルピナとリディルは俺たちの援護を頼む。アルドはエメルと司祭様を守ってくれ」


 オライオンの指示に全員が頷く。敵意と殺意をみなぎらせて迫り来る、地獄の魔物の大軍を真っ直ぐに見据えて、クラリオン騎士団は戦いを挑むべく大地を蹴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Successor Of Star -蒼星の継承者- 天乃川 昴 @star-bird512

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ