第162話 地獄

 戦場はまさに地獄絵図のようだった。

 至る所でレールガンの発射音が聞こえ、次の瞬間にはホロゥの咆哮と少女たちの悲鳴が轟く。

 阿鼻叫喚。瞬きの間にホロゥもワルキューレもどちらの命も消え続ける死闘が繰り広げられていた。

 そんな中で百合花と樹の現状はあまりよくない。

 二人ともアサルトを失っており、百合花に至っては片手を失っている。こんな状態でホロゥと遭遇すれば、一瞬で骨の髄まで貪られることは確実だろう。

 リジェネレーターの力で手を再生させるが、これだけでもういっぱいいっぱいだ。失われた体の部位を再生させるほどの修復はリリカルパワーへの負担が絶大となる。

 先ほどの攻撃で火傷の痕がくっきりと残った腹部をさすりながら、樹が周囲を見渡す。


「この川って道頓堀かな? でも見覚えのある看板がないし……」

「戎橋はもう少し向こう側だと思う。でも、司令部に一度向かわないといけないから移動しないと」

「だね。司令部を置くとすれば梅田か、聖蘭の本校舎のどっちかだと思う」


 二つの場所は正反対だ。

 もし、外れの方に向かってしまえば生存率は激減してしまう。どちらを目指すかは究極の選択だった。

 どうするべきかを必死になって考える。

 と、その時だった。


「いやっ! もういやぁぁぁぁ!」


 建物の陰からアサルトが投げ捨てられたかと思うと、すぐ後に聖蘭の制服を着た少女が飛びだしてきた。

 彼女は足をもつれさせるようにして走るも、瓦礫に躓いて転んでしまう。

 その姿をよく覚えていた百合花と樹はすぐさま少女へと駆け寄った。


「築紫ちゃん!」

「大丈夫!?」

「百合花さん? 樹さん?」


 顔を上げた築紫の様子は酷いものだった。

 頭を切ったのか誰かの血を浴びたのか、顔中が真っ赤に染まっている。服は破れて血が滲み、手足には泥が付着していた。

 ボロボロになっていた築紫は、百合花の胸に飛び込むと顔を埋めて大声で泣き始める。


「助けて! もういやです! 死にたくない! 誰も死なないでほしい! 食べられたくないよぉ……」


 何を見ればこうなるのかと思うほどに築紫は怯えきっていた。

 震え続ける築紫を必死に宥める。


「落ち着いて。一度撤退しよう」

「あたしらも司令部に向かうところだったんだ。一緒に退こう!」

「そういえば……お二人はどうしてこんな戦場のど真ん中に? アサルトは……」

「壊されたの。浮遊する結晶みたいなやつにね」

「ついでにヘリも撃墜された」

「っ! それってまさかバルムンク・レガリア……!?」


 聞き覚えのない名前を築紫が口にした途端、不気味な咆哮が轟いた。

 何事かと警戒する百合花たちの前に、ソレは姿を見せる。

 背中で禍々しく輝く黒紫の結晶。鋭く尖った結晶の先端には多くの人々が串刺しにされており、流れる血を吸って光を強めていた。

 口からは三人の少女の半身が飛びでており、そのうちの一人であるユークリットの絶望に歪んだ死に顔を目の当たりにした百合花が目を背けた。

 周囲に百合花たちを襲った結晶をいくつも浮遊させ、黒紫の放電を繰り返しながら食べていた三人を噛みちぎったバルムンクのようでバルムンクとは異なる容姿を持つホロゥは、新たな獲物を見つけたとばかりに天まで聞こえる咆哮を発する。


「なにこの化け物!」

「バルムンク・レガリア……!」

「こいつが……!」

「東京の初日に現れたのもこいつです! 関西にいた自衛隊もこいつ一体にほとんど……!」


 築紫の震える声を聞き、百合花は冷や汗が止まらなかった。

 話を聞く限りだと禍神やパンドゥーラにも劣らない戦闘力を有している可能性がある。丸腰の状態では餌にしかならない。

 さらに、ワルキューレを食べているため既にバースト状態だ。どんな攻撃が飛んでくるのか予想も付かない。

 とにかく全員無事で撤退するにはどうすればいいか、頭をフル回転させて考える。


「あたしが築紫のアサルトで応戦する。そうしたら少しは時間が稼げるはず」

「無茶です!」

「そうよ! 自殺しに行くようなものじゃない!」

「他に手段なんかないでしょ!」


 バルムンクが姿勢を低くした。突撃の構えだ。

 背中のブースターが唸り、次の瞬間にはミンチにされている自分たちの姿を想像した百合花が思わず後ずさり――、


「死ねッ!」


 レールガンの炸裂音が聞こえ、弾丸がバルムンクの装甲に弾かれた。

 構えを解いたバルムンクが背後へと体を向ける。


「レールガンを弾くとか化け物め!」

「私たちで抑え込む!」

「神話の乙女はここで倒れさせるな!」


 綾埜を先頭にした聖蘭のワルキューレたちだった。

 低く唸るバルムンク。そこに青い閃光が放たれて右前脚に傷を付けた。


「「「超加速荷電粒子砲!」」」


 百合花と樹、築紫の三人が声を合わせたのと同時に杏華が綾埜の隣へと降り立った。


「げほっ! ごほっ! あれでこの程度なんて……」

「杏華それ……」

「心配しないで。致命傷じゃないから」


 杏華も惨い姿になっており、腹部を大型のホロゥにやられたような爪痕が刻んでいた。

 満身創痍の中、百合花の姿を視界に収めた杏華は死に物狂いでの時間稼ぎを開始する。

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学園都市の戦乙女 黒百合咲夜 @mk1016

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