ユーリとカボチャの案内人

「おい、貴様は誰だ」


 銀髪がふわっと浮かび、片膝を着くサミュエルへと近付いて、一定の距離になると止まった。

 二人はそれぞれ右目の魔石を確認し合うと、低く唸ったり、笑ったり、する。


「ぬぅ」

「ふふ」


 これはどういうことだ。何が起きてるんだ。

 混乱するユーリを諌めるようにそっと手のひらが伸ばされる。


「ありがとうユーリ君、君のおかげで助かったよ」


 白い歯を眩しく輝かせて、銀髪のサミュエルが笑顔を見せた。

 

「サミュエル? サミュエルなのか、それともイーヴォ?」


「腹の絵は消しちゃったから証明しきれないな。けど、俺の弟だって言ってくれたときのことはしっかり覚えてるよ」


「なぜそれを覚えてる」


「俺がサミュエルだからだよ、サミュエル。おっとすまない。濡れているね、こんなのしかないけど拭いてあげる」


 サミュエルが纏っていた外套を外し、濡れているサミュエルの黒髪を拭き出した。


「やめろ! お前に拭かれると気持ち悪くなる!」


「ハハッ。じゃあ少し辛抱してて、すぐ終わらせるからさ」


 暴れるサミュエルをにこにこと微笑みながら拭くサミュエル。もう何がなんだか分からない。こんなのシエラが見たらどう思うか。


「あ! そうだシエラ! あのカボチャを追わないと」


「オレチャンならここにいるぜ!」


 振り向くと、泉の近くで不敵な笑みを浮かべながらカボチャが顎に手を添えていた。


「おいおい、この泉に落ちちまったのか。この泉はな、どんなものであれ落ちたものより高価なものを作り出すんだ。照らしがいのあるサミュっちが落ちて、照らしがいの無さそうなサミュっちが出来たってところか。ヒホホホッ! 笑えるぜ!」


「笑えるか! 今すぐこいつを消せ! 見ていてイライラする!」


「おいおい、そんな悠長なこと言ってる場合か? シエラっちに会いたいんだろ? ならさ、オレっちを追いかけなきゃ、だろ? 付いてきな、ヒホ!」


 カボチャ頭がまたも茂みの中へと消えた。

 ユーリは睨む黒髪と爽やかに笑顔でいなす銀髪の青年を見て思った。

 骨が折れそうだ、と。



 □■□■□


「ヒホホ!」


 ゆらりゆらりと木の柱を蛇行で避けて進むカボチャ。先程と違ってしっかりとその背中を追うことが出来ている。

 これならシエラの元に辿り着ける。もっと速度をあげよう。


「うおっ!?」


 爪先に石がぶつかって体制が崩れた。何とか受け身を取らないと。目の前に腕が横断。首根っこを中心に後方へ引っ張られる。


「注意しろ、ユーリ」

「大丈夫かい、ユーリ君」


 何とか立ち直ったユーリの前後、銀髪サミュエルが横断した腕を引っ込め、後ろにいた黒髪サミュエルが外套に腕をしまう。


「ありがとう、サミュエル」


「別に」

「どういたしまして」


 顔を逸らす黒髪と笑顔で受け付ける銀髪。

 何とか笑って見せるも、少年の表情は晴れない。


「着いたぜ」


 カボチャに追いつくと、出てきたのはぽっかり空いた洞穴。

 ここにシエラがいるのか。

 振り出した足を地につけると、肩に白い手袋が乗って止められる。


「止めとけ、今は危険だ」


「どういう意味だ」


「あの洞穴には今、シエラっちの他に三匹の熊がいる」


「だったら助けないと! 何で止めるんだよ」


「シエラ!」


「待てサミュエル!」


 黒髪サミュエルが突撃するのを銀髪サミュエルが止めた。二人共真剣な表情で同じ顔を睨んだ。


「貴様、仮にも俺の名前と記憶を持っているのだろ、シエラがどれほど大切か分からないのか!」


「分かるさ! とても分かる。だから止めてるんだ。その熊たちがシエラちゃんの側にいて、俺達が突っ込んで刺激したらどうなるか、考えてみろよ!」


「ぬぅ! ならどうするんだ」


「こうしよう。ユーリ君」


 銀髪サミュエルに呼ばれてユーリが寄る。微笑みながら腰を降ろしたサミュエルが「いいかい?」と優しい声音で事の説明を始め耳を傾けた。



 □■□■□



「はわわわっ!」


 シエラの目の前にいる熊たちは、不思議そうにベッドの少女を観察している。何かしようとする素振りは見せていないものの、それも時間の問題だった。


「わっ、私美味しくないよ! 食べてもきっと不味いよ!」


 食べられたくない一心でいかに自分が不味いか説明するシエラ、たまに聞こえる鳴き声の中喚くのに近い声で説得し続けた。


 逃げ出したい、でも出口が塞がってる。


 寝室の出入り口には前掛けをした熊と帽子を被った熊がいた。目の前の大きな熊を避けたとしても、あの二匹に捕まったら終わりだ。


 魔法で戦おうかとも思ったが、狭い部屋では立ち回るのも厳しく断念する。

 もう終わりだどうしよう。そんな時だった。


「ふぇ?」


 目尻から雫が溢れるのと同時に爆音が響く。反響からして外から伝わってるようだ。

 熊たちもそれぞれ耳をピクピクと動かして、音源の方に振り向く。


「シエラ!」


「ユーリ!?」


 扉の方で立っていた二匹の熊が動いた瞬間、素早く動く残像が稲妻のように駆け抜けてシエラを持ち上げた。

 ユーリの存在にいち早く気付いた巨大熊が爪を下ろすが、切り裂いたのは残像で、寝室には怯える二匹の熊と影を探す熊だけだった。



 □■□■□


 洞穴の前では二人の青年が剣を構え、神妙な面持ちで向かい合っている。

 黒髪は不満げに鼻を鳴らすと腰を低める。


「貴様の提案というのが癪に触るが、いい機会だ。俺が上だということを示してやる」


「上も下もないよ。君は君だし、俺は俺さ」


「善人ぶるのもいい加減やめろ! その皮を剥いでやる」


「お手柔らかに」


 二者は全く同じ構えをして、お互いの様子を探る。風が吹くと黒髪と銀髪の毛先が弄ばれる。その様子を子供のように笑って見守るジャックは楽しげに口角を吊り上げた。


「シエラっちのために盛り上げてくれよ!」


 返事はない。風が一瞬止んだ時、金属の打ち合う音が響いた。

 同時だった。全く同じ軌道で剣が振られ、同じタイミングで後方に跳び、同じタイミングで炎が放たれる。

 赤と金色の炎がお互いを貪り合い、爆散して散っていく。

 黒髪は爆発に乗じて黒煙を突き破り剣を突きだす。対する銀髪は迎えた刃の刀身に剣を乗せて弾き、体制が崩れた黒髪を蹴り飛ばす。

 腹を抑える黒髪に、銀髪は眉を心配そうに顰める。


「もう止める?」


「フッ、分かっていて聞いてるな」


 柄を握り直した黒髪は、突進と同時に高く跳躍する。空中に身を晒す間、剣の重量と腰の捻りを利用して回転を始める。

 面白いと言うように銀髪が剣を水平に構えた。

 落ちてくる刀身は黒髪の雄々しい叫びと共に燃え上がり、炎の枝を広げつつより燃えあがる。


「うおおおおっ!!!」


 雄叫びに呼応して炎の剣が衝突し、逆巻く炎をあちこちに伸ばした。

 銀髪も影響されたかのように声を張り上げ金色の光を散りばめた炎を発生させる。


 火が火を食らい、炎が炎を高める。


 熱気と火を散らす戦いにカボチャ頭が尻上がりに高くなる口笛を吹く。


「体力勝負か、絶対に負けん!」


「俺も負けない! 絶対に勝つ」


 二人の顔に獰猛な笑みが刻まれた時、明るい声が二人の頭にかかった。


「サミュエルー!」


「シエラ!?」

「シエラちゃん!?」


 拮抗の末、二人はほぼ当時に剣を引いて明るく笑う少女の元に立ち寄った。


「シエラ、無事か! どこも怪我してないな!?」


「シエラちゃん大丈夫? お腹空いてない? 戻ったらまたジャウロン饅頭買ってあげるよ」


「え!? サミュエルが二人、しかも銀髪!」


「あー盛り上がってるところ悪いけどな、お前らの後ろから熊が追いかけてきてるぜ」


 ジャックが示した洞穴に巨大熊が顔を出していた。

 皆が一斉にジャックを見つめる。


「フヒ! 追いかけっこの始まりだぜ! 付いてきな!」


 ヒィーホォー! 甲高い声がその場で響いた。


 □■□■□



「ハァハァ、ここまで来れば大丈夫だよな」


「ああ、熊の奴はもう見えないぜ。シエラっち達の勝ちだな」


 シエラとカボチャ以外が肩で息をしていた。ユーリがシエラを背負って逃走していたためだ。


「だめじゃんかシエラっち。あそこで寝たら危ないんだぜ。飯だけ食ってでないとああなるんだ」


「ごめんなさい……」


 しゅんと目線が落ちる少女の頭にカボチャはそっと手を伸ばすと、飛び跳ねている髪を優しく撫で付けて戻した。


「ま、結果オーライさ。面白いもんもたくさん見れたし、オレっち大満足だぜ!」


 変わらぬ表情に陽気な声を響かせて、カボチャは笑う。それを見ていたシエラも、段々と顔に明るさが増して、あははっと笑いだした。



「これも銀髪サミュっちの作戦のおかげだな。ユリリンの潜伏能力を活かして様子を見させ、二人が戦う激しい音に注目させる。ヒッホッホ! ナイスアイディアマンだぜ!」


 銀髪サミュエルは恥ずかしそうにはにかみ、黒髪サミュエルはバツが悪そうに下を向いた。「ユリリンって俺?」と自分を指さしてユーリが確認を求めた。シエラは、凄いねサミュエルと言って銀髪を褒め称えている。


「なあ、聞いていいか」


 ユーリが控えめに手を上げながら発した。


「何だ?」


「俺達はどうやって帰れば良い?」


 何だそんなことか、とカボチャが退屈そうに口をへの字に曲げる。


「お前らが見た本のタイトルを言えば帰れる」


「でも、タイトルが分からないんだ。だからどうしようも――」


「ライオット・オブ・ゲノム」


 皆が彼に視線を集めた。穏やかな表情の銀髪サミュエル。


「記憶を、共有していたな」


「あー、だから大丈夫。君たちはちゃんと帰れるさ」


「サミュエルは帰らないの」


 寂しそうにシエラが声を震わせながら銀髪のサミュエルを見つめる。


「俺はこの世界の住人だからね。記憶では長い付き合いだけど、君達とは行けないんだ。ごめんね」


「サミュエル……」


 少年と少女がしんみりと顔を俯かせ、黒髪は眉間に皺を寄せて「あいつの話しだよな」と呟いていた。


「ヒホホ! 別れも辛いが締めくくらないと進まないんでな! そんじゃ大きな声で頼むぜ!」


「一つ聞かせろ」


「良いぜ」


「あの本は何だったんだ」


 カボチャはう~んとその場を回り、背中で答える。


「分岐点。ストーリーの模範品、あるいは欠片。それがたまに他の世界で本として現れるみたいだぜ。大抵迷い込んだ奴らは見つかる前に大変な目にあってるんだが、オレチャンみたいな親切なカボチャに出会えてラッキーだったな、ヨホホ!」


「うん! ありがとねジャックさん!!」


 ひとしきり笑い合うと、サミュエルとユーリが行こうかと声をかけた。

 ジャックの隣には銀髪のサミュエル。金眼は伏せ気味だった。


「おい銀色」


「何かな黒色」


「次に会うときは貴様を倒す」


 言葉とは裏腹に、表情はとても優しい。銀髪は目を見開くと、温和な顔で拳を前に突き出し言った。


「俺も、次に会ったら決着を着ける」


 同じ顔の二人に見えない何かが固く結ばれる。シエラは二人のやり取りを聞いて、寂しさを拭い次に出会う喜びに胸を高鳴らせた。


「また会おうね! ジャック! カッコイイサミュエル!」


「おい!」


 あはは! 笑顔が咲き誇るこの瞬間に名前を付けるように、シエラ達が唱えた。


「「「ライオット・オブ・ゲノムッ!!!」」」


 ページが天から降り注ぎ、やがて三人を包んで消えた。


 ■□■□■


「あれ? 私何してたんだっけ?」


 シエラはきょろきょろと辺りを見回し、備え付けてあった丸テーブルに注目した。


「……まあいっか! 早く寝よう」


 室内の灯りが落ちて、やがて少女の寝息が立ち初める。

 出窓に小人が集まったのもその時だった。

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御伽世界に訪れて 無頼 チャイ @186412274710

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