第六話「再び」

 「ハンちゃん、ハンちゃん!」

 雅人は目覚めていた。しかし、目が虚ろになっていて周囲の事象に何も反応を示さない。翔の呼びかけにも同様だった。

「起きてからもう4時間かよ・・・、大丈夫か?」

 京次も皆奈もいた。一旦帰宅したものの、やはり雅人が心配で二人して学校を休んだ。

「そういえば、あの人は?」

「あぁ、朝にここに来て、ハンちゃんの家族に事情を説明しに行くってまた出て行った」

 翔の答え方がどうもぶっきらぼうだ。

「・・・見た」

 全員が飛び上がった。翔は雅人の虚ろな顔を覗き込んだ。

 目が少し生き返っている。

「・・・今の俺に関わるな。憑かれるぞ」

「おいおい、起きていきなり冗談かよ」

 京次と皆奈は苦笑いをしたが、これに雅人は睨んだ。

「その疲れるじゃない。とり憑かれるのほうだ」

 雅人は声を潜らせて発した。顔色や肌はほとんど青白かったが、視線だけは何か赤いものが感じられる。翔はこれに本気であると確信した。

「何見たの?」翔は問いかけた。

「部室で、女を見た・・・」

「ああ!!!まさかあれかよ!!」

 京次は恐怖を思い起こされ絶叫した。

「京君も見たの?」

 皆奈も青くなった。

「ちょうど月曜に、部活終わって部室に行ってあれを見た。ハンちゃんの言うように女だよ!!しかもその女、ハンちゃんを連れ込もうとしたんだよ!!」

 終始、全員が沈黙した。が、

「連れ込まれてはいない。食われる感じがした」

 雅人が沈黙を破った。

「え?食われる?」

 翔が問い返した。

「何か・・・、体に入り込まれた感じがした。心に入り込まれた感じがする・・・」

「それって・・・、魂が抜かれるっていう感じの?」

 皆奈が助け舟を出した。

「そんな感じだ・・・。どうすればいいか・・・」

 雅人は黙り込み、両手で頭を抱え込んだ。

「原因究明は後だ。ともかくハンちゃんを休まさないと」

 京次の提案。翔も皆奈も同意した。


 それから2時間位してから、正利が戻ってきた。

「たく、あの子の親はどうなってんだい!!」

 入ってきて早々、正利は似つかず語調を荒げた。

「全ては病院に任すだってよ!こんな状態じゃ医学なんて太刀打ち出来ないのに」

 雅人の両親は家に戻す事を拒否したようだ。正利曰くでは放棄の意味で言ったようではないらしいが、自分達ではどうしようもないと判断し、ただ今では任せるしかないと言ったそうだ。その時、雅人の足元に何かが転がってきた。

「うぁわぁ!!!!!!」

 何かを見た雅人は絶叫した。

「待て待て!!ただのビー玉だぞ!!」

 京次は諭した。

「それ金魚鉢のビー玉じゃん。何でここに?」

 翔も困惑した。

「メ・・・!メが!!!!」

 雅人はしきりに叫んでいる。顔が恐怖で引き攣られてゆがんでいる。

「ビー玉が目!?そこまで侵食されてるか」

 正利は雅人の目をしきりに覗き込んだ。

「こうしてはいられん!雅人をここから出すな!」

 そう言って正利は颯爽と部屋から出て行った。

「大丈夫!大丈夫!!」

 翔は雅人を抱き寄せ、話しかけた。雅人は完全に怯えきっている。

「そういやよ」

 京次が切り出した。

「何で俺は何ともないんだ?ハンちゃんばっかりこんな目にあってる」

 これには誰にも答えられなかった。翔は必死であり、皆奈も状況がわからずおどおどしている。

「・・・智呼んで来る!」



「はぁ~~はぁ~~~・・・」

 智は制服のまま翔の家に来た。雅人の状況を聞かされ、ただ反論することなくぶっきらぼうな返事で聞いていた。

「・・・やっぱ原因を駆除するしかないな」

 智は淡々と言った。

「駆除ぉ?」

 京次は呆気に取られた。

「俺だけあの部室で見ていない。それさえ見ればどう駆除すべきかわかるだろ?」

「まさかあれの事言ってんのか!?」

 恐怖に目を拡張する京次。

「そ、その”あれ”だ。あの日以降雅人の状態が明らかおかしい」

 智が冷静に判断している。

 これに雅人を除いた3人は状況を飲み込めずに居た。感情的な智がここまで冷静かつ沈着な判断をしているのを見たことがない。

「何だよ・・・、お前知ってるのか?」

 京次が問うと、智の顔が微かに歪んだ。

「あぁ・・・、俺の兄貴が”あれ”に殺された」

「「「えぇ!!!!?」」」

 驚愕の三声。

「まさか俺らの学校にも同じ奴がいたか・・・」

 そう言った智は雅人の顔をしきりに覗きだした。

「あの時部室で見たのは?」

 智は質疑を始めた。

「・・・アカ・・・オイ・・・ンナ・・・ヤツイテ・・・シニクル」

 雅人が答えたが、擦れていた。必死さが伺えたが、今の声量で限界らしい。

「大きい声で言えるか?」

 智は急かし気味に聞いた。

「赤い!青い肌の女!!俺を見てニヤついてる!!!・・・俺を殺しに来る!!!」



「そうか・・・」

 戻ってきた正利は一部始終を京次から聞いた。雅人を”確保”して以降、正利の顔にかなりの疲労色が現れていた。目元にクマが出来ていて、瞼がかなり垂れ下がりそうになっていた。あれ以降、彼はほとんど寝ていないようだ。

「その智君の言うとおり、今日にでも様子を見ようか」



「なんだか賑やかね」

 翔の母親は帰宅していた。少しおかんむりのようだ。ただ家に他人が居てるのは構わないが、男が大半であるということにである。

「訳はまた後で話すから、大丈夫」

 翔は少し慌て気味に母親の機嫌を宥めるのに必死だった。

「彼を一人にさせよう」

 そう言うと正利は雅人をおぶり始めた。

「一人!!?」

 翔が噛み付いた。

「こんな時に一人にするの!?」

「荒療治だが、こうするしか原因を駆除出来ない」

 正利は冷静に答えたが、翔は正利を睨み据えている。

「今はこれしかねぇんだよ。これも半田の為だ」

 智が横槍を入れる。

「・・・わかった」



 雅人は目が覚めた。不気味にも素直に目を開け、周囲を確認した。部屋に全く見に覚えがない。布団はいつも寝ている布団でなく、机周辺も全く違うものが置かれている。窓の位置もドアの位置も異なっており、更に自身の部屋にないにおいまでわかってきた。

「(女の部屋だろ・・・?)」

 取り合えず病院に送り返されなったようで助かった。内心では雅人はホッとした。部屋の暗さ加減からすると、深夜あたりのようだ。と言う事は・・・




 キーーーーーン............

「(まただ!!!)」

 雅人は思った。だが雅人も馬鹿ではなかった。こんな事が3回もあった。ここで念じなかった。前は念じたら逆に声が激しくなったからだ。ここは心の持ちようだ。黙っていればあきらめるだろう。

 だが甘かった。


 死ね死ね死ね死ね!!!!


 (何遍言ったって同じ事だ!!!)

 雅人は心底抵抗した。


 死ね死ね死ね死ね!!!!


 死ね死ね死ね死ね!!!!



 すると、「何!!?」

 雅人の上体が起きた。否、動かされた。そして雅人はドアに目をやった。

「ぁ・・・ぁ・・・」

 雅人は直視した。否、させられた。

 言葉が出ない。 否、出せない。

 女が居た。部室の女だ。



 今度こそ死ね!!!!キャハハハハハ!!!!!!!

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部室感染 MAGI @magi2021

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