第五話「夜の進展」

「僕の名前を言ってなかったね」

 京次らは公園に居た。商店街の反対側の道沿いにあるため、人目についたり明るくて何があっても大丈夫であるという男の配慮だ。

「神田正利。まだ研修の身だが一応医者だ」

 正利は胸ポケットからタバコを取り出した。

「本当か?」

 京次は顔をしかめた。皆奈も同じだった。

「ん?なんでだ?」

「医者ならタバコはダメだろ?説得力ないよ」

 刹那、沈黙が流れた。

「タバコは昔からの習慣だよ。それに一日3本しか吸わないし、臭いを消すために歯磨きと吐く息には気を使ってるよ」

 言い訳だ。と咄嗟に二人は思った。

「それで本題なんだが、」

 タバコを咥えた正利は、ベンチに寝そべっている雅人に目をやった。

「彼は危うく精神科に移されるところを逃げて来た。正常だと叫んでな」

「え!?ハンちゃん入院してたの!?」

 皆奈は声を上げた。京次は当然驚き、声すら出せず口をパクパクさせていた。

「さっき詳しく事情を聞いてみたんだが、彼には何かが見えてるようだね」

 正利の質疑。雅人はベンチで寝転がっているが、目だけが開いていて何も喋ろうとはしない。

「僕はそういう心霊的なものを信じているわけではないけど、目に見えてる以上彼に何か精神的負荷を与えてる原因がそれだと思う」

「じゃああんたはハンちゃんを連れ戻しに来たわけか」

 京次は語調を荒げた。

「いや、連れ戻す気はない。だが、これでも医者の端くれだから彼をカウンセリングしようと思う」

「どうかな?」

 皆奈は抵抗の意を表した。

「疑ってくれても構わない。ただ、私は先ほど言った様に連れ戻す気はない。彼の担当医師は自分の出世しか考えていないし、私はその医師は嫌いだ。理由は今のとこはこれだけだが信じて欲しい」

 正利の答えに、二人は当惑した。変なものが見える雅人は、確かに常人から見れば精神科へ行けとしか思わないだろう。だが、二人は雅人の友人であることを認識していた。だから、雅人を信じたい。そこに、突然見知らぬ若者に、しかも医者と名乗る者に友人のカウンセリングを任せるのである。

「俺も・・・、見たんだが・・・」

 京次は意を決して打ち明けた。数日前に、部室で見た血黒い女を見た事を簡略的に説明した。

「何で言ってくれなかったの?」

 皆奈は少しバツの悪い顔をした。これに京次は何も返答しなかった。だが、

「やっぱりそうなのか」

「「え?」」

 京次と皆奈は信じられないという声を揃えた。

「ともかく、もう遅い。彼を休める場所を探さないと」

「ならこれだ」

 京次は少しニヤついた。意を悟ったのか、皆奈もニヤついた。

「ん?場所があるのか?」

 正利は二人のニヤつきを咎めず質疑した。

「とっておきじゃん?」

 京次の表情に企みが溢れ出していた。



「(こんな夜中に何?)」

 翔は眠い目を擦り、フラフラながら玄関に向かった。今家には翔しか居ず、父親は出張、母親は送別会の二次会だった。翔は一人っ子の為、当然両親が出かければ一人になる。思春期の女の子からすれば好都合と言えば好都合である。

「はい?」

 声をぼやつかせた翔はインターホン越しに不快感を込めた言葉を発した。

「俺だ俺!京次!雅人が病院から抜け出してきた!!」

「ええ!!?」

 翔の脳内が一気に覚醒され、急いで玄関のドアを乱暴に開けた。

「うぉっととととと!!」

 正利はつんのめり、皆奈は軽くドアをかわしたが、雅人を負ぶっている京次は避け切れずドアにぶち当たった。

「いきなり開けるなよ!!」

 雅人を当てないように京次は最大限に雅人を避けさせてはいたが、京次はそのリスクで顔面をもろに正面から衝撃を喰らっていた。

「あ!ごめんごめん!!それよりハンちゃんは大丈夫なの!?」


 京次と皆奈は雅人をソファーに寝かせ、介護に従事していた。翔は正利から今回の経緯を詳細に聞かされた。

「そんなこと一言も・・・」

 翔はしどろもどろになっていた。目頭が真っ赤になり、顎を微かに震わせている。

「だが、彼は敢えて言わなかったし、言えなかった状況にあったのは事実だ」

 泣きそうになる翔を無視し、正利は続けた。

「だが、今は彼の精神状態を安定させるのが最優先だ。暫くここに預けて欲しい」

「なんでだよ!ハンちゃんの家に連れて帰ればいいじゃん!!」

 京次は語調を荒げた。

「要領の悪い奴だな。彼が家に帰ったらどうなる?また病院に戻されるんだぞ?」

 正利は淡白に述べた。

 京次は何か言いかけたが、正利の目を見てすぐに黙り込んだ。

「御堂翔さんだったね、それでもいいかな?」

 正利は翔に眼を移した。

「・・・わかった、親にはちゃんと説明するね」

 翔は内心、嬉しいのか悲しいのか当惑していた。雅人が家に来てくれたのはこの上ない喜びだとは思っていたが、このような状態での訪問である。完璧に素直には喜べないのは当然だった。

「もう時間が遅い。僕は二人を家まで送っていく。何かあったらこの番号にかけてくれ」

 正利は名刺を取り出し、翔に手渡した。

「(どうにも気になるな・・・、まさか・・・)」

 明るい部屋の中を重い空気が支配してる最中、正利は白黒すらわからない答えを頭の中で模索していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る