三毛猫は彼氏を見ている⑫




「薬の効力は24時間だから夜になったら切れる」


拍子抜けするようなことを健斗が言い、加恋は少しばかり戦々恐々としていた。 勝手に切れてくれるのは有難い。 だがその時はおそらく全裸状態で人の姿に戻るのだ。

それを説明すると空智も理解ってくれ、すぐに加恋の家へと運ばれることになった。



そして、翌日寝て起きると確かに人間の姿に戻っていて、案の定一糸纏わぬ姿でベッドに寝転んでいた。


「危ねーッ! 姿を変えられる薬の仕組みは分からないけど、世の中まだまだ不思議なことがあるんだなぁ・・・」


ベッドの上に着ていた寝巻が散らばっていたことから分かっていた。 空智の前で変身が戻るならともかくとして、もらわれそうになった老婦人の前で戻ったらどうなっていたことだろうかと思う。


―――まぁ、健斗くんは空智の傍から私を離れさせることが一番の目的だっただろうからね。


結局元に戻るのなら、健斗の企みは元々上手くいかなかった可能性が高い。


「色々考えても仕方ないか! 空智のところへ行こう」


傷付いたスマートフォンは元に戻らない。 昨日の自分に頭の中で動物虐待して、空智に連絡を入れる。 幸い傷だらけではあるが使用に差し支える程ではない。

その返事を待たずして加恋は準備し自宅を飛び出した。


「空智! 元に戻ったよ!」

「加恋! 本当に無事、人間の姿に戻れたんだな」

「うん、戻れた! よかったぁ」

「何? 俺のことを信用していなかったわけ?」


空智の部屋を覗くとそこには健斗もいた。 女装姿ではなく普段加恋と会うそのままの姿だった。


「だって健斗くん何も考えていないじゃん。 いずれ効力が切れる薬で私を追いやって、どうするつもりだったわけ?」

「・・・連絡できなくして不安の種を大きくしてやればそれでよかったんだよ。 まさか空智の家に上がり込んでいるとは思わなかったし。 

 普通自分が猫になってすぐ外出しようだなんて考える女はいないって」

「言われてみればそうかも。 つまり私の行動力が健斗くんの予想を超えたわけね」


確かに昨日の自分は驚く程行動力があった。 それは空智に対する邪な思いからだが、全身から迸る何かがあったのだ。


「加恋も上がって」

「うん!」


玄関先で話していたためか、空智に言われ加恋も家に上がる。


「というか、健斗くんも空智の部屋にいたのかー」

「いちゃ悪い?」

「全然? ただ先を越されたなって」

「空智の隣は俺が相応しいからな」


満足気に言う健斗に少しだけムッとした。 だがその感情をすぐに追いやる。


「これからもよろしくお願いします!」


そう言って深く頭を下げる。 それを見た空智が溜め息をつきながら言う。


「・・・本当にいいんだよな?」

「何が?」

「これからは三人で一緒にいることが多くなるっていう話」 


これは加恋と健斗がきちんと話し合って決めたこと。 加恋としては一方的に損する形ではあるが、奇妙な薬を使われたり死のうとされたりするよりはマシだと判断したのだ。 

ただ空智は納得いっていないようで、不安気な表情を浮かべている。


「本当にそれでいいのか?」

「うん。 私はそれでいい」

「俺も」 


即答した二人を空智は複雑な表情をして交互に眺めている。


「・・・変わっている奴ら」


その言葉に二人は満足気に微笑んだ。 そこで加恋が健斗に気になっていたことを尋ねてみる。

 

「そう言えば、どうやって猫に変身する薬を手に入れたの?」

「ん? 占い師は結構儲かるからな。 裏で色々と取引をしていたわけ」


それを聞いた空智が割って入る。


「おい、危ないことには手を出すなよ?」

「出さないよ。 ちゃんと法律は守っているから安全な薬。 それにもう占い師は辞めたし」


昨日『占い師を辞めてほしい』と空智に言われたらしい。 空智の言うことは健斗はすんなりと聞く。

 

「空智には甘いんだからぁ」

「そういう加恋もだろ」


加恋が今度は空智に尋ねた。 聞くのには少し躊躇ったが、今は健斗もいると思えば尋ねる勇気が出たのだ。


「あのさ、空智」

「ん?」

「どうしていつも私に積極的になってくれなかったの?」

「・・・」

「健斗くんも理由を知らないんだよね?」

「あぁ。 空智にはそういうトラウマとかはなかったはずだけど」


二人は空智に注目した。 空智は気まずそうに視線をそらして答える。


「・・・健斗の気持ちを分かっていたからな」

「俺?」

「あぁ。 ・・・俺が加恋ばかりに構うと、親友も失っちまいそうで怖かったんだ」


それを聞いた健斗は満足そうに頷いた。


「加恋。 空智に嫌な思いをさせたら俺が許さないからな?」

「はぁ? そんなこと私がするわけないじゃん!」


一方的に譲歩し、加恋は何も悪いことはしていないというのにその言いようは癪に障る。 ということで言い返してやることにした。


「そっちこそ。 一番の“親友”の役目をちゃんと守ってよね?」

「当たり前!」


こうして奇妙な三人の関係は、もう少しばかり続くことになるのだ。






                                 -END-



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三毛猫は彼氏を見ている ゆーり。 @koigokoro

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