三毛猫は彼氏を見ている⑪




加恋視点



空智が加恋を追いかけてきてくれたことに感動した。 今はもう老婦人ではなく、空智の腕の中に抱かれている。


「おばあちゃん、本当にごめんなさい」

「いえいえ。 大切に可愛がってくれる飼い主さんなら誰でも歓迎ですよ」

「ありがとうございます」


老婦人はすんなり加恋を渡してくれた。 その背中が見えなくなるまで見届ける。


―――信じていてよかった。

―――・・・空智なら、私を見捨てないって。


空智はとても猫相手に向けるとは思えない真剣な表情をしていた。 普段あまり見ることのない表情にドキドキしてしまう。


「・・・加恋だよな?」

「・・・うん」

「ッ・・・!」


空智の前で話すのは初めてのため当然驚いている。 だがそれよりも謝罪の気持ちが勝ったようだ。


「今までごめん! 気が付かなくて。 加恋から連絡が来なくなった時、加恋が俺から離れていったんじゃないかって凄く不安になったんだ」

「え・・・」

「もう俺みたいに不安な思いは絶対にさせないから」


加恋が空智に対して抱えていた不安、どうやら空智自身も気付いていたらしい。 


「ありがとう。 ・・・でも空智」

「ん?」

「今は健斗くんのところにも行ってあげて」

「健斗? どうして?」

「・・・健斗くんもきっと、空智のことを待っていると思うから」


加恋にとって健斗は仲のいい友達だった。 その想いを知った現在もそれは変わらないと思っている。 以前のように接することはできないのかもしれない。

だからといって親友二人の関係を切ってしまうのはよくないと思うのだ。


「・・・いいのか?」

「うん」


健斗を探している最中に加恋は猫になってしまった原因を全て話した。 空智は健斗から好意を抱かれていると知っているため、すんなりと信じてくれた。 


「まさか健斗の仕業だったとはな」

「でも健斗くんを恨まないであげて?」

「加恋がそう言うなら恨まない。 ・・・というより俺も、健斗を恨める立場じゃないから」

「?」


健斗が見つからなかったため電話をかけた。 しばらくのコール音、それでもあっさり電話は繋がった。


「健斗! お前今どこにいる!?」

『空智。 俺は幸せだったよ』

「はぁ?」

『空智のずっと近くにいられて』

「今は場所を聞いてんだよ!」

『最後まで空智の親友ポジでいられて本当によかった』


―――健斗くんは今どこにいるの?


話していると踏切の音が電話越しに聞こえた。 何となくそれが嫌な予感に繋がってしまう。


「ッ、馬鹿! 絶対に死ぬなよ!!」


近くの踏切のある場所へと急ぐ。 健斗と離れてからあまり時間が経っていないため、一番近くの踏切だと思った。 向かうと健斗は確かにそこにいた。


「健斗!」


健斗は踏切のど真ん中で立っている。 このまま電車が来ればただで済むはずがない位置だ。 空智はそっと加恋を地面に下ろした。


―――健斗くん、そこまで追い込まれていたんだ・・・。


幸い遮断機もまだ下りておらず、電車が来る気配もなかったためすぐに救うことができた。


「健斗!!」


珍しく空智が感情的になって健斗の胸倉を掴んだ。 


「お前、何してんだよ! たった一つの命を無駄にすんなッ!!」

「もう俺には望みがないから!」


そう言うと空智は考えた後に頷いた。


「・・・あぁ。 確かに加恋のことは大事だよ。 でもな、お前と一緒に過ごしてきた時間は確かにあるんだ!」

「・・・」

「それは加恋よりも長いし全てかけがえのない時間。 それをなかったことにはしたくない」

「・・・でも、俺はもう生きている意味なんて」

「お前の気持ちには応えられないけど、お前にはずっと俺の傍で親友でいてほしい」

「ッ・・・」

「時には笑って時には泣いて時には叱って。 そんなお前のような存在が、俺には必要だから」


空智の熱弁を聞き健斗は泣き出してしまう。


「ごめん。 ごめんな、空智・・・」


健斗は自殺を思い留まったようだ。 ということはつまり、加恋に対する憎しみも薄らいだのではないかと思った。

自殺しようとしていた人間に対して、今ではないような気もするが加恋としてはどうしても気になっていることがある。


「あの・・・。 私はいつになったら猫から戻してもらえるんでしょうか?」



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