三毛猫は彼氏を見ている⑩




健斗視点



健斗は加恋を抱えて歩く老人の背中をずっと見つめていた。


―――・・・鳴くなよ。


加恋の姿は見えないが、ずっと健斗を呼ぶ鳴き声が聞こえる。 いや、呼んでいるのは空智のことなのかもしれない。


―――・・・これでいいんだよな?

―――加恋はもう戻ってこない。

―――これで俺と空智は一緒にこれからもずっと・・・。


拳を強く握って喜びを嚙み締めてみたが、どうにも心に霧がかかって晴れない。 加恋に相談を受けた時から全て計算通りになっているはずなのにだ。


―――もうこれで俺たちは幸せになれるんだ。

―――なのにどうしてこんなにスッキリしないんだよ!

―――一体何が原因だ・・・?


頭を悩ませていると声がかかった。


「健斗!」

「空智・・・?」


雨に濡れながら空智が戻ってきた。 既にびしょびしょであるが、傘を差し出して中に受け入れる。


「せめて傘を借りてこいよ。 風邪を引くぞ?」


気を遣って言った当の相手は首を傾げていた。


「・・・どうした?」

「いや、今回は健斗呼びしても何も言い返さないんだなって」

「・・・」


―――咄嗟のこと過ぎて気が付かなかったな。

―――いや、そもそも今の俺は素の俺なんだ。


「それでどうした? そんなに慌てて」

「そうだ! 加恋がいないんだ! 合鍵で中には入れたけど、加恋の部屋にはこのスマホがあっただけで」

「ッ・・・」


加恋の携帯は見事に猫の爪で引っかかれたような傷がたくさん付いていた。 事情を知る健斗からすれば、何故そのような傷が付いているのかは容易く想像がつく。 


―――・・・何だよ、この爪の傷跡。

―――証拠を残していくなよな。


どうやらそれを見て空智もおかしいと感じたようだ。


「・・・俺、思うんだけどさ。 その猫って・・・」


しかし、残念ながら加恋猫は既に渡してしまったためいない。 


「あれ? ミケは?」

「あー・・・」

「健斗! ミケをどうしたんだよ!!」

「・・・ついさっき、飼ってくれる人が見つかった」

「ッ・・・!」


その言葉を聞くと空智は必死に辺りを見渡す。


「その人はどこへ向かった!?」

「・・・あっちだけど」 


指を差すと空智は女性を追いかけようとする。


―――・・・え?

―――また俺だけが取り残されるのか?


健斗は加恋よりも空智との付き合いが長い。 彼女が付き合う前からずっと親友としてやってきたのだ。 それを横から掻っ攫われたと思い、一人悩みに悩んだ。 孤独への恐怖から何度も吐いた。


―――・・・それだけは絶対に嫌だ。


気付けば空智の腕を掴んで引き止めていた。


「何だよ!」

「・・・行かないでくれよ」

「・・・」


振り払われると思っていたが、空智は意外にも素直に止まってくれた。 これを機に自分の思いをぶつけていく。


「加恋が大事なのも分かるけど、俺を一人にしないでくれよ! 俺の気持ちを知ってんだろ!?」


空智は真剣な表情だったが、結局その想いを受け止めることはなく、目を瞑った。


「なら健斗も付いてくるか?」

「・・・え?」

「早く加恋を取り戻しに行かないと。 こっちは時間がないんだ」

「ッ・・・」

「今を逃すともう二度と加恋は戻ってこなくなる」


健斗はもう何も言えなくなり掴んでいる手を放した。


「・・・健斗?」 

「じゃあ一人で行ってこいよ」

「・・・分かった」


間を空けて頷くと空智は走ってこの場を離れていった。 雨とは違う温かい雫が頬を伝った。


―――・・・結局俺の手を引いてくれなかった。

―――また俺は一人?

―――・・・無理にでも、手を引いてほしかったのに。


自分が情けなくなり小さく笑う。


―――空智のその行動が答えなのか?

―――・・・俺にはもう、希望はないのか。

―――ならもう俺に生きる意味なんてなくなったな。 


健斗は一人涙を流した後この場を後にした。



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