第三の怪異 赤牛に乗った童子(前編)

「で、おっさん、第三の怪異は? 早く教えれ、教えてたもれ」


 ミルクセーキをじゃりじゃりとほおばりながら、岬七瀬みさき ななせは次の話をせがんだ。


「そうですねえ。それでは三番目のお話は、赤牛あかうしに乗った童子どうじ、というのはどうでしょう?」


 朽木堂くちきどうはアイスティーをずずっとすすった。


「なにそれ? ショタっ子?」


 岬七瀬は興味深そうに前のめりになる。


「童子イコールショタっ子かどうかはともかく、これもおそろしい妖怪の話でして」


「聞かせれ、くわしくね?」


 爛々とするその目に、朽木堂はひるんだ。


「りょ、了解です」


「わくわく」


 こうして第三の怪異は語られる。


「これは朽木市・蛮頭寺区ばんとうじに伝わるお話でして、かつてこの土地は、万宝寺ばんぽうじという名前で呼ばれていたのです」


「南西のあそこね。ほとんど山の中って感じで、わたしもよくは知らないけど。知り合いも特にいないし」


 岬七瀬は木製のヘラをがじがじとかじっている。


「この村にはそれはそれは凶暴な赤牛が一頭おりまして、それが燃え盛る火炎のような色合いなものですから、その名も焔角えんかくと呼ばれていたのですね」


「ほうほう、赤牛のエンカクさんねえ」


「この焔角が、とにかく朝も昼も夜もなく田畑を荒らすものですから、村人たちはほとほと困り果てていたのです」


「ふむふむ、で?」


「あるときのこと、いつもように焔角が農作物を食い荒らしていたのですが、村人たちはあまりにもおそろしくて、遠くから見つめることしかできなかったのです。するとそこへ、ひとりの少年がひょっこりとやってきた。年のころは十二、三。いまでいうと、小学生高学年くらいの年齢に見えたそうです」


「うお、出た、ショタっ子!」


「その子は青みがかった法衣を身にまとっており、首からは大きな数珠を下げていたのです。いぶかる村人たちが、いったい何者かとたずねると、彼はこう答えた。俺は万宝寺の八面和尚はちめんおしょうだ、とね」


「八面和尚って、前にも言ってた朽木九怪? の中にもいなかったっけ? ほら、八面和尚のいぬること~って、歌の歌詞にもあったじゃん」


「おお、思い出してくださいましたか。そうそう、そのとおりです。八面和尚はまさに、朽木九怪のひとりなのですね。しかしそんなこと、当時の村人たちが知るわけがない。彼らは一様に、小僧の身なりのくせに和尚とはどういうことかといぶかったのです」


「まあ、そうなりますわな。で、続きは?」


「八面和尚が焔角に近づくと、この暴れ牛はたちどころにおとなしくなってしまったのです。そして、彼はまるで宙に浮くように、ひょいとその背中にまたがってみせた」


「おお、なんかすごいじゃん、ショタっ子和尚」


「村の衆が驚くなか、焔角は甲高くいななき、八面和尚を乗せたまま、空高く舞い上がった。そして山の上の万宝寺のほうまで、一気呵成に駆けあがっていったのです」


「かっこいい! やりおる、ショタっ子和尚!」


 岬七瀬はミルクセーキのヘラを口から吹きだした。


「村の者たちは仰天して、あの子はきっとおそろしい妖怪に違いないと、いつまでもおそれおののいたということです」


「うんうん、ショタっ子でしかもチートっていいキャラだよね。で?」


「で、とは?」


「いままでの流れからして、この話のさらに続きがあるんじゃあないの?」


「んふふう」


「出た、昭和のオッサンのいやらしきはぐらかし」


「次のおやつは何がいいですか?」


「趣向を変えてお団子を所望いたす」


「了解です。すぐに持ってきますよ~」


「なんでも置いてあるのか、この店は。古書店じゃなくてカフェでもはじめたら?」


「それはいいアイデアですね。いただきです」


「わたしもいただこうって腹なんだろ、あ?」


「どぅふふ」


「ああ、きしょ、きしょ!」


「お団子はみたらしがいいですか? それとも粒あんがいいですか?」


「ずんだで。冷えてなきゃやだよ?」


「しぶいですよね、本当に」


「オッサンのしみったれ具合には負けるさあ」


「ほめられているのやら」


「うるせえ、さっさと持ってこいや」


「はいはい」


 かくして朽木堂は、またしても番台の奥へとはけていった。


「八面和尚、元気かなあ。ま、ピンピンしてるのはわかってるんだけどねえ」


 瘴気が夏の熱風を上回っていく。


 果たして彼らは何者か。


 人ならざるは、あちらこちらに。


 怪異はまだまだ、続くのである。

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朽木堂奇談 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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