第2話 先輩の事が好きで好きで仕方がない

「良かった……。実は、私もだったんです。先輩の事ばかり考えてしまって」


 実のところ棟矢とうや先輩に電話するかを迷っていたのは私も同じ。

 ううん。きっと私の方がずっと重症だと思う。

 だって、お風呂の中でも手をつないだり抱きしめ合ったり、その先も……。

 色々桃色な妄想が浮かんでは消え、浮かんでは消えという有様だったし。


「そっか。ひめもだったか」


 ほっとしたような先輩の声。

 一方的に先輩の事ばっかり考えているのかと少し怖かったけど良かった。

 

「はい。駄目ですね。長年の恋が実ったと思うとはしゃいでしまって」


 そう。私は実はずっと棟矢先輩に片想いをしていた。

 いつからなのかは覚えていない。

 登校時間を合わせて他愛ない雑談をするのがずっと楽しかった。

 きっと先輩は偶然だと思っていただろうけど、私なりに距離を縮めたかった。

 

(先輩も、全部社交辞令で流しちゃうもんなあ)


 タピオカ専門店の話に限らず、話題にかこつけて先輩を軽く誘った事は数しれず。

 ただ、誘い方が悪かったのか、「そのうち」と返されるのが常で悲しかった。

 私も私で今週とか来週とか言えば良かったのだけど、本気にされて断られるのが怖かった。だから、数年間ずっと足踏みしていたのだった。

 学校では積極的で明るい子を演じているけど、実は臆病で嫌われるのが怖いだけ。

 だから、先輩の方から積極的にアプローチしてきた時はびっくりしたものだった。


 (私、何か勘違いしてないよね?)


 と何度も自問自答したのを覚えている。


「あのさ。長年のって初耳なんだけど」


 あ。そういえば、先輩にはまだ伝えてなかったのだった。


「実はですね……」


 もう全部白状してしまおう。

 ということで、登校時間を合わせていたこと。

 さりげなくデートに誘っていたつもりだったこと。

 ずっと空振りで悩んでいたこと。


「そっか。そんなに好きでいてくれたとは……」

「あ、なんか重いですよね。すいません」

「そんな事はないって。嬉しいけど。でも、なんかしてあげたか?」


 何か……それは、先輩の視点からはそう見えるんだろうな。


「私にとってはいつもの朝、話せたのだけで十分嬉しかったんですよ」

「姫に比べればそんなに面白い話を出来ていたと思わないけど」


 ああ、そうか。先輩の視点からはそう見えるのか。


「私、元々会話が上手い方じゃなかったんですよね」


 その頃の事はきっと先輩は覚えていないだろうけど。


「そうだったっけ。楽しく話してた記憶しかないけど」

「先輩は覚えてないのかもですね。で、ある日、決心したんですよ」

「話が上手くなろうって?」

「はい。それで、先輩を練習台にしてた面もあったりなかったり……」


 普段、学校で絡みが無いからこそという部分もあった。


「言われてみれば。最初の頃はぎこちなかった気がするな」


 一応、完全には忘れられてなかったらしい。


「はい。で、いつだったか。「姫の話って面白いな」って言ってくれたんですよ」


 思えばお世辞だったのかもしれない。

 ただ、私としては「よし!」と手応えを得た出来事だった。


「なんかそんなこっ恥ずかしいことを言ってたんだな。俺」


 照れくさそうだけど、私にとっては大切な想い出だ。


「だから、今の自分があるのは先輩のおかげって思っています」


 だから、いつの間にか好きになって、今は大好きになってしまったんだろう。

 劇的なきっかけがあったわけじゃないけど。


「駄目ですね。先輩の事が好き過ぎて、毎朝の会話、ほとんど覚えてしまってます」


 他愛ない話の時も、少しだけ重い話の時も、全部思い出せるのは重症だ。

 

「俺もここ最近の会話は全部覚えてるよ」


 先輩も似たようなものらしい。

 ただ、私はかなり前から覚えている分、重症度が高い。


「私達、なんか馬鹿になったみたいですね」


 気がついたらもう一時間も経っていて、でも、まだまだ話していたい。


「俺も思ったよ。恋は盲目っていうけど、どっちかというと馬鹿になってる」


 それは本当に身に覚えがあることだった。


「えーと、先輩の家に今から行ってもいいですか?」


 と、口に出してから何を言っているんだと慌てて口をふさぐ。


「あ、さっきのはナシ。ナシで!」


 さすがにドン引きだろう。


「いや、実は俺もそれ口走りそうになったから、大丈夫だ」


 ええ?つまり、先輩もすぐに会いたいと思ってくれているということ?


「それなら。山岸公園やまぎしこうえんで……えーと、これから、会えません、か?」


 さすがに先輩の家にお邪魔はご家族がびっくりしてしまうだろう。

 ただ、近所の公園で一時会うだけならあるいは。

 でも、そもそも明日まで我慢すればいいだけなのに。


「わかった。俺も会いたいから十五分に」

「は、はい!」


 明日まで耐えられるか苦しかったけど、やった!

 冷静なもうひとりの自分が「なにやってるんだろ、私」と言っているけど。


「お母さん、ちょっとコンビニまで買い物行ってくる!」

「遅いから気を付けなさいよ」


 家族にこういう嘘をついたのは初めてかもしれない。

 気持ちが逸って自然と速歩になってしまう。

 

「あ、先輩……」


 公園についたら、既に先輩はついていて、私に向かって笑いかけていた。


「なんか、すいません。急に会いたくなってしまって」

「俺も同じだから気にするなよ」


 ああ。このまま、勢いで抱きついてしまいたい。

 でも、さすがにいきなり過ぎるかな。


「な、なんか挙動不審だけど、大丈夫か?」


 心配されてしまった。


「あのその。抱きしめて、欲しい、です」


 お風呂の中で妄想していたことだった。


「あ、ああ。それくらいでいいなら」


 先輩も少し顔が赤いけど、照れてるのかな?

 優しく背中に手を回されて、胸の内に温かさが広がる。


「温かいです」

「暑くないか?」


 確かに、夏の夜は暑くて少し汗ばむけど。


「暑いより、温かいです」


 私にとってはそっちの方が重要だった。


「あの。先輩は今どんな気分ですか?」


 同じように先輩の背中に手を回して聞いてみる。


「色々嬉しすぎて頭が働いてない」

「私も。なんか色々ダメダメですね」


 なにか考えようとしてもすぐかき消えてしまう。


「こういうのも恋愛の醍醐味って奴なんだろか」

「初めてなのでわかりませんけど。そういうものなのかもしれません」


 そうして、しばらく、私達は無言で抱き合っていたのだった。


「えと。それじゃあ、また、明日な?」

「は、はい。じゃあ、また明日」


 と別れの挨拶を交わすも、手が離れてくれない。


「手を離してくれないと帰れないんだけど」

「それ言うなら先輩も離してくださいよ」


 もうかれこれ三十分も経っている。

 いい加減帰らないとと思うのに、離れがたい。


「じゃあ、じゃあ。今度こそ離すぞ」

「は、はい。私も」


 そろーっとお互いの背に回した手を離す。


「私達、初日からこれで大丈夫でしょうか」


 明日もこれだと重症過ぎる。


「あんまり大丈夫じゃないな。色々」

「ですよね……」


 恋が成就してもこんなことになるなんて。

 本当に気持ちがままならない。


「とりあえず、今日は寝不足確定だな」

「私もです」


 これから私達はどうなっていくんだろうか。

 いずれは慣れてくるんだろうか。

 なんだか不安でいっぱいだけど。

 でも、それはそれで幸せに思っているのも確かで。


(苦しみつつ楽しむしかないよね)


 そう心の中で思うのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

というわけで、恋人初日なのに想いが募りまくる二人なのでした。


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ではでは。

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恋をすると人はアホになる 久野真一 @kuno1234

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