調和のとれた墓

夏伐

 そこは洗練された石が整理され、立ち並ぶ霊園だった。

 青年は柄杓とバケツを手に石の隊列の隙間をゆっくりと歩いていた。


「まったく、どうして俺が」


 そうぼやきつつも、その足は迷いなくとある墓に辿り着く。

 彼が辿り着いた墓にはたくさんのお礼が描かれていた。

 青年が何度も往復して運んできた、ブラシや洗剤、雑巾などの掃除用具を眼前に、一つの墓があった。


 他の墓石と違い、その墓にはスプレーで何やら侮辱的な文言が書かれている。花火のゴミも散乱していた。


 青年は、自動車の運転が出来るようになってすぐに、この墓に通うようになった。酷い有様だった。墓に刻まれた文字は落書きで読めなくなっていたし、申し訳程度の花が悲しそうに枯れていた。


 この墓に眠るのは、地元では二大暴走族として名高かったかつての総長の一人であった。


 高校三年に入りすぐに、警察とカーチェイスをした末に撒いた、と安心した所で電柱にぶつかって単独事故で亡くなった。


 彼の葬式も酷いもので、お礼参りに来たという、彼らに潰された地元の若者グループが乗り込んできたり、金をせびったものもいたらしい。


 可哀そうに彼の母親は、泣くことしか出来なかった。


 その場で、青年は彼と彼の家族を守ることにした。幸いにも人望があったからか、その考えに賛同してくれる者は多かった。


 四十九日が過ぎるまでが大変だったが、今はこうしてなるべく彼の眠る墓に通い、彼の家族にこの惨状を見せないようにすることが精いっぱいだ。


 当時と比べて、今は青年にもかけがえのない生活があった。


 その生活があるのは死んだ彼のおかげともとれる。だからこうして、暇を見つけては墓を磨きに来るのだ。


 スプレーの汚れを落とし、墓がツヤツヤと輝くように、一生懸命に磨いた。

 そうして数時間かけて、死んだ彼の墓は他の墓と同じように無駄な装飾のないシンプルな墓石となった。


 青年が掃除用具を車に詰め込んでいると、霊園には不釣り合いな派手なバイクの集団が現れる。


 無視しつつも、集団の話に聞き耳を立てた。


 スプレーをカチャカチャと振りながら、『総長の墓』と呼ばれる心霊スポットに肝試しをするらしい。


 青年は怒りのあまり、唾液を地面にペッと吐き出した。


「てめぇら、ちょっと待てぇ!」


 バイクの集団は突然の大声に、振り向き、そして敵意を露わにした。

 口々に青年の馬鹿な行動を揶揄する。


 青年は手前にいた一人に殴りかかった。その瞬間、集団と青年の戦いが始まってしまった。


 単純な殴り合いではあったが、すぐに勝敗は決した。


「総長、なめるんじゃねぇ」


 その青年の言葉に地面で苦しんでいた集団は目を見張る。


 『総長の墓』に眠っている事故で死んだ暴走族の総長、彼と対立していた族の総長がそこにいたからだ。


 青年がいった総長が、彼か、それとも死んだ彼なのかは分からない。


 だか、圧倒的な実力差を前にして、集団はすぐさま来た時とは違い静かに帰っていった。


 その場に残された青年は一人、また黙々と車に乗り込んだ。


 青年は車を発射させることなく、当時流行ったうるさいだけの曲を車に充満させる。ノイズが入った所で、当時は仕入れるのも大変だった――今はすぐに購入することができる缶チューハイを二本用意した。


 これが調和された墓に押し込められている、青年なりの彼への弔いだった。

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