はじまりの明日
*
長く続いた雨がようやく止み、色濃くなり始めた緑に朝日が眩しく反射する中を、ひとりの少女が駆け抜けていく。そして勢いそのまま〝まじないの向日葵亭〟へと飛び込むと、元気な挨拶をカウンターの中にいる人物へ投げる。
「おはようございまーす!」
「あらおはよう、子羊ちゃん。素敵なカンカン帽ね」
そして、カウンターの中から、〝向日葵亭〟の店主が挨拶を返せば、少女は嬉しそうに椅子へとよじ登った。
「ほんと? これはね、おきにいりのおぼうしなの~」
「とっても似合ってるわよ。もうすぐ夏も本番だし、たくさん出番がありそうね」
「うん。なつはあついけど、このおぼうしかぶれるからすき!」
「良い考え方ね」
帽子もだけど、水分補給も大事よ、と、店主はグラスに入った水を少女に差し出す。少女はそれを受け取ると、一息で飲み干して、すっかり習慣となったやり取りを切り出した。
「ねえねえ、きょうは? おてつだいある?」
冒険者としての依頼は、基本的に複数人で行うことが基本となる。しかし、夏が近づいている今日この頃は、少女は一人で、冒険者ギルドとは関係ない店主の手伝いをする日々が続いていた。
「んー、これとかどうかしら?」
「あ、いいね。たのしそーだし、いますぐいける」
「ええ。行く?」
「うん。やる!」
「じゃあよろしくね。行ってらっしゃい」
「いってきまーす!」
仕事を貰って、少女は嬉しそうに玄関へと走る。その少女がちょうど玄関扉をくぐろうという頃、修道服に身を包んだ女性が〝向日葵亭〟へと訪れ、少女は、知り合いであるその女性には「あ、おはよー!」とひとことだけ投げて、旋風のように駆け抜けていった。
「……相変わらず、元気ですね。朝から」
女性は、さっきまで少女がいた場所に入れ違いで座ると、店主に向かってそんな感想を述べた。すると店主は慈しむような笑みで、女性と少女が走り去った玄関を交互に見遣る。
「ふふ、それでこそあの子でしょう。あなたは、今日も?」
「はい、今日も純粋に食堂の客です。準備に追われて、依頼どころじゃないので。……もうすぐ、星祭りですから」
「もうそんな時期なのよねぇ、時の流れが速くて怖いわ。……睡蓮は、咲いたのかしらね」
「今度、四人で訪ねてみますよ。フェンネルも、あの三人と睡蓮の顛末は見届ける気でいますし、ダビも、フェンネルが来るならちゃんと都合つけるって言ってました」
夏の足音と長雨が近づく初夏の頃に、気が合った四人は解散した。そして、強さを求める彼は武者修行と称して、様々なギルド支部に顔を出しては、仕事を請けている。話だけなら〝向日葵亭〟にも届いている程度には、彼も元気に楽しくやっているらしい。
「あら、神官ちゃんとも連絡を取り合っているのね。意外だわ」
「久しぶりにもらう便りが死んだ連絡になるのは嫌だと、泣き落としました。……貴女が強引に、フェンネルの身寄りをここにしたから」
「そうだったわね」
「どうして、そんなことを?」
話題に出た、今はもう〝まじないの向日葵亭〟にも来ることのなくなった彼女は、出立の時、店主に認識票を返すと言った。しかし、店主はそれを断り、無理やり持たせたままにしたのだ。あれを持ったままでいる限り、彼女の身に何かがあれば、その一報は〝まじないの向日葵亭〟へと届く。
「どんな人とも、またね、って別れるのが私の信条だから、かしら。事情があるなら認識票だってこちらで処分するけれど、神官ちゃんはそうではないし、彼女ったら、もう二度とここには来ません、って雰囲気で返そうとしたから。ちょっと意趣返ししたくなって」
「そんな理由で……。ちょっとフェンネルが気の毒ですが」
「でも、そのおかげで今度こっち来るって連絡をくれたんでしょう? 久しぶりに会える人がたくさんいるのは良いことよ」
「まあ、それはそうですが。……あの、そろそろオーダーいいですか」
「あら、そうでした。何にする?」
「いつもので」
「分かりました。星祭りに向けて英気を養わなきゃいけないあなたには、少しサービスしておいてあげる」
*
六人から視線の集中砲火を受けたエドは、少し気圧されながらも、思い浮かんだという案を発表した。
「『ソレイユ・シープ』。別の国の言葉を並べた名前で、単語を直訳すると、太陽と羊」
「なるほど。ここに所属する、子羊ちゃんたちね。いいじゃない、可愛らしくて」
彼の案に込められた意図には、ビアンカはすぐに気が付いた。ディアンテも気が付き、納得したように頷いている。しかし、残りの当事者たる四人には、ビアンカが意図を読めた理由が分からなかった。
「ん、なんで所属の話が出てくるの? 太陽と羊、なのに」
四人を代表してダビが、エドとビアンカ両名に対して問いかける。それに答えたのはビアンカだった。
「ソレイユは太陽を表す単語だけれど、その語意から転じて、向日葵って意味も持つのよ」
「はい。じゃあ、ひつじは?」
次いでルアンが質問を投げると、そちらにはエドが答える。
「羊は群れで生きる動物です。それぞれ互いに別々になっても、どこかで誰かと関わり合って生きていてほしいと思って。それに、またいつかこの四人の生きる道が交わって〝群れ〟になったら、素敵だな、と。……一人で突っ走っても、碌なことになりませんし」
「……エドさんが言うと重みが違いますね」
シアが小さく呟くと、エドは苦笑を浮かべた。
「反面教師にしてください、僕のことを。……この案、どうでしょうか?」
そして、彼が四人に名前の感触を訊ねると、四人は口々に好感触を示した。
「ルアンはすきだよ!」
「おれもこれが良いな。覚えやすいし、なんかあったかい名前だから」
「せっかく考えてくださったものですし、頂戴したいところですね」
「ボクは全員がそれでいいなら何でも」
「……じゃあ、これからは、新米ちゃんじゃなくて、子羊ちゃんね?」
ビアンカが確認を兼ねて四人を呼べば、四人はビアンカの方を向いて、頷く。
「はい」
かくして、『ソレイユ・シープ』は誕生し、解散した。
*
「はい、お待たせ。ごゆっくり」
「ありがとうございます、頂きます」
「今日も暑くなりそうね」
「そうですね。……脱水には気をつけないと」
一年越しの夏は、もうすぐ。
(fin)
夏知らずの花園 桜庭きなこ @ugis_0v0b
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