存在
*
「たっだいまー!」
例によって、挨拶係のルアンが元気に宣いながら、六人は〝まじないの向日葵亭〟の扉をくぐった。ビアンカはすぐに気が付き、駆け寄って六人を出迎えてくれる。
「おかえりなさい。新米ちゃんたち、大活躍だったみたいね」
大活躍、にはシアが苦笑いを交えて弁解した。
「ディアンテさん、キャラバンの皆さん、調査隊の二人、それからビアンカさんの力あってこそ、ですけどね」
「あらあら、ご謙遜を。でも嬉しいわ、ありがとう」
まずは疲れたでしょうから座って、何か持ってくるから、と、六人は定位置のあの席へと案内される。四人掛けのそのテーブルは、ここを発つ前には五人で着いていたのだが、今は椅子がさらに一脚追加され六人掛けになっている。ビアンカは全てを信じて、待っていてくれたのだ。
「この後、二人はどうするの?」
席に着いてダビが訊くと、ディアンテは嫋やかに笑って答えた。
「エレナを連れてあの家に戻って、睡蓮の種を育ててみようと思います。一旦耕したことのある土地ですから、池を復活させるのもすぐですし。今度はエドにも働いてもらうので」
「僕はディアンテに従うだけです」
エドは今回、今後発言権を持てないも同然のことをやらかしたため、すっかり何も言えなくなっているらしい。
「じゃあ、しばらくは三人で暮らすんだね」
発端であるエレナの体調を含めたこの件は、彼らにとって一生向き合い続けなければならないことだが、最初から一人で抱えるには分不相応の荷物である。だからこそ、痛みを分け合いながら、生きて日々を紡ぐ。それは、いつかの未来で、道半ばでその生を閉じたあの二人や、彼ら自身の鎮魂にもなるのかもしれない。
「ええ。もし近くに用事があれば、いつでも遊びに来てください。夏は涼しいし、秋は紅葉が綺麗ですから」
「うん、いく! やくそくね!」
*
「お待たせしました、新米ちゃんたち。これは私からのお疲れ様の気持ち」
しばらくして、トレイを携えてやってきたビアンカは、六人それぞれの前に、カップと皿を配膳した。カップにはハーブティーが注がれていて、爽やかな香りの中にほんのりと甘さと、ピリッとした鋭さが混ざっている。そして皿の上には、見慣れない、黄色く揺れるゼリーのようなものが鎮座していた。
六人の中では、ルアンだけが唯一、この食べ物が何かを知っているようで、目の前に置かれた瞬間「やったー!」とはしゃいでいるが、他五人は、まず「これは食べられるものなのか」と不安になり、各々表情を曇らせた。
「……何ですか、コレ」
そしてシアがそう訊くと、ビアンカは、「あら、ルアン以外は見るの初めてなのね?」とおかしそうに笑って答えた。
「カスタードプリンよ。ちょうど今日、新鮮な卵と牛乳が入ったから」
「こんなのメニューにありました?」
「ないわよ。今日だけの特別」
そんな会話をよそに、正体を知っているルアンは躊躇なくプリンにスプーンを入れる。
「おいしい!!」
「あらあら、ありがとう」
そして、プリンを一口食べた少女が元気よく感想を述べると、それにつられて五人も警戒心が薄れたようで、スプーンを手にして食べ始めた。
「……え、うっま。なにこれおいしい」
「おいダビ、語彙力飛んでるぞ。……気持ちは分かるが」
「これがプリン……、どうやってこの絶妙な固さを作っているんだろう……」
「こんな時でも研究者なんですね、錬金術師の方って」
「興味があれば何でも解析したがるから、錬金術師になるんでしょうね。少なくともエドはそういうタイプだと思います」
一口食べてしまえば、皆手を止める理由はないので、プリンはあっという間に全員の胃の中に収まった。
「おいしかった~! ひさしぶりにたべたけど、やっぱりすき!」
「うん、これはまた食べたい」
ルアンとダビは満足げな様子で、その手にハーブティーの入ったカップを持って冷ましている。二人は猫舌だった。
「食堂のメニューには載せないんですか? 絶対人気出ますし、私ならこのために通い詰めちゃいそうなのに」
また、ディアンテが言ったそれには、困ったようにビアンカが答えた。
「お店で出すとなると、上代が二百Gくらいになっちゃうのよ。材料の流通が安定しないから」
「そうか。動物のもので、しかも生だ」
ハーヴェスはウォルタ川によってもたらされた肥沃な土壌と、豊富な水路を持っているため、農業と物流に関しては先進国と言える技術を誇る。そのため農作物は、よほどの天候不順がなければ、ある程度生産も流通も安定しており、価格も手頃である。しかし、畜産技術はまだ発展途上で生産量が不安定である。さらに畜産物は農作物と違って傷みやすいものばかりのため、加工されて流通していることが多いのだが、カスタードプリンを作るのに必要な牛乳と卵は、ほぼ未加工の状態のものだ。つまり、畜産物の中でも流通にほとんど乗っておらず、それだけ貴重なものならば、当然価格も跳ね上がる。
「そういうこと。しかも、原材料の味がそのまま出ちゃうから、品質管理が難しくて。二百Gも払ったのに美味しくなかった、なんて評判が立てば、閑古鳥が鳴いちゃうわ」
「でも、そしたらそんな高価なもの、僕達まで頂いてよかったんですか? 僕はお代を持ち合わせていないんですが……」
一年近く【花園】に籠っていたエドには、現在、現金通貨の手持ちがほとんどない。その身で二百Gを支払うには、どこかで日銭を稼いでこなければならない。エドの不安げな問いに、ビアンカは真面目ね、と笑った。
「それは、私の気持ちですから。新米ちゃんたちへのサービスは、あなたたち二人へのサービスでもあるのよ?」
「すみません、何から何まで……」
「いいのよ、あなたも含めて、みんながちゃんと帰ってきたんだから。それに、ここでじゃあ経費を精算します、なんて言ったら、私がただの鬼でしょ? そんな鬼にはなりたくないわね」
「仮にビアンカさんがそう言い始めたら、世話になってる主人だろうと、一発入れて正気かどうか確かめますね」
シアも、そう補足を入れた。ビアンカの優しさは、〝向日葵亭〟に所属する冒険者の張本人である四人もよく知るところである。
「ほら、新米ちゃんたちもこう言ってくれてるし。だから今回は、何も考えず施されていて?」
「ありがとう、ございます」
「よし、及第点」
エドが、謝罪ではなく謝礼を返すと、ビアンカは満足げに笑った。
*
「……そういえば、あなたたちのチーム名は新米、なの?」
「んぇ?」
愉快なティータイムの中、唐突にディアンテが零した問いに、ルアンが間抜けな返事をする。ちょうど飲み込むタイミングとかぶり、発声できたのがその音だっただけなのだが、ディアンテは質問の意図を問われていると感じたようで、補足を入れた。
「ビアンカさんがずっとそう呼んでるから、そうなのかなと思って」
そしてその問いには、四人よりも先に、そう呼んでいたビアンカが首を横に振って答える。
「特に名前がないって言うから、便宜上そう呼んでいただけよ。……でも、そうね。そろそろみんな冒険者としても一人前と言えるし、決めてもいい頃合いではあるわね」
しかし、ビアンカに話を振られた四人は、それぞれに微妙な表情で首を傾げた。
「んー、でも、山を下ってる時とかちょっと考えてみたけど、何も思い浮かばなくて。いつまでも〝新米ちゃん〟なのも面白いし、これでいいかなって」
と言ったのはダビ。次いで、シアとルアンも口々に言う。
「共通点とか目標とか方針とか、そういう『チームらしい』決め事も別にないですしね。私達」
「うん。たまたまひまで、いいかんじにあつまっただけだもんね」
「それに、もうこの面子で依頼は請けないからな、多分」
そして、フェンネルが最後に言った事実に、三人は同意を示すように頷いたが、ディアンテとエドは目を丸くした。
「え、解散するんですか? すごく気が合ってるし、良いチームだと思うのですが」
「ボクは旅の途中の身で、近々ハーヴェス自体を離れるつもりでいる。【花園】まわりの色々で、それなりに資金調達もできたから」
フェンネルがそう答えると、それを皮切りに三人も今後を語る。
「おれは、冒険者はもちろん続けたいんだけど、いろんな人に会ってみたいから、絶対この四人で! とは思ってなくて」
「私は、孤児院の資金繰りの一助として冒険者業をしているのが最初にあるので、離れたいって人を引き留める理由がないんですよ。最初から」
「ルアンはちょっとさみしい。でも、みんなのやりたいことをやってほしいし、ダビさんみたいに、ちからだめしもしたいから、なるようになれっておもってる」
「そう、だったんですか……」
エドとディアンテは、驚きを隠せないまま、辛うじてその一言を絞り出した。ビアンカは、一切動じずに、場の行く末を見守っていた。
「……でも、だったらやっぱり、ちゃんと名付けてはどうですか?」
しばらくの逡巡の後、徐にエドがそう言った。
「解散するのに?」
ダビが「意味ある?」と言いたげに首を傾げる。
「はい。……いつかの未来で、今日みたいな日のことも、互いの顔すら忘れても。それでもそれを唱えれば、思い浮かべれば、心が共鳴できるような、何かを灯してくれるような……、命をこっち側に繋ぐ枷みたいなものになると思うんです、名前って」
名前は存在していたことの証であり、存在しないものには名前もない。名前を付けるというのは、存在したという事実を魂に刻む行為である。
「冒険者だからこそ、ひとつくらい重石を持って生きるのがちょうどいい。……それに、僕、ひとつ思い浮かんだのがあって」
「えっ」
四人は、一斉にエドの方を向いた。
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