明星
*
賑やかな一夜を明かし、六人はエドの体調を鑑みた隊商の助言により、彼らの騎獣にエドを運んでもらいながらディガッドを下ることになった。
「ペガサスなのに飛ばないし走らないって、なんかもったいないね」
「ははは、確かにな! だが、荷車がないのに馬出しても仕方がないし、森の中を引き連れて一番邪魔にならないのもこいつだからな」
ダビが、エドの乗るペガサスを見ながら言えば、リーダーが豪快に笑ってそう答えた。普通の馬では騎手以外の人を乗せることはできないので、人を運ぶには馬車のような牽き車が必要になる。しかし、行きに空を飛んできた隊商は当然車の類を持っていないし、全員を飛ばして運ぶには、行きと同様、二回に分けないと捌けない。そして何より、急いでもないのに別れて帰る理由はないと、のんびり歩いて山を下ることを選んだ。
となれば、レッサードラゴンではその大きすぎる体躯が木々に引っかかってしまうので、山を歩くには不向きであり、消去法でペガサスが選出された。
「まあ、ちょっとした残党狩りもできるし、ちょうどいいんじゃないか」
そう言ったのはフェンネルで、その後に、思い出したようにディアンテも言った。
「そういえば、騎士団の皆さんは今頃どうしてるんでしょう。討伐の必要はなくなりましたし、引き返したんでしょうか?」
六人が空から追い抜き、一日の内に【花園】を消滅までもっていったため、討伐隊として派遣された騎士団は、ディガッドの登山道すらもまだ見えないうちに、派遣目的を失ったことになる。目的がなくなれば、わざわざ山を登ったところで、文字通り無駄足になるため、ディアンテはそれを気にしていた。
「いや、その理由を調査隊本部に問い詰めるために、こっちに来てることは来てると思うぞ?」
ディアンテの問いに答えたのは、この中で一番、すべての経験に長けている隊商のリーダーだった。その答えを聞いて、ルアンが慌てる。
「え。そしたら、エドさんたち、はちあわないほうがよくない? どうするの?」
だが、ルアンのその問いにも、リーダーは落ち着き払ったまま対策を答えた。彼らはその対策まで考慮したうえで、同行を申し出ていたのだった。
「あいつらが近くなれば気配で分かるし、鉢合わせたら二人は空に飛んでおいてもらえば、あとはこっちでなんとでも白を切る」
最大四人を運べる隊商なので、二人を空に飛ばすだけの準備は当然揃っている。仮に飛び上がった瞬間を目撃されて、そのタイミングを怪しまれても、騎獣のストレス軽減のための散歩とでも説明すれば、それ以上を追及されることはない。
「空に隠すって、すごい発想ですね。却って目立つし、怪しさ満点なのに」
「怪しくても、確認する手段が向こうにはないからな。魔動機術で探すにも地上からの視界が基本になるから、飛行中の騎獣の背中に誰が乗ってるかなんてのは見えやしない。確認するには向こうも飛ばなきゃならないが、空を飛べる騎獣は飼うにも借りるにも値が張るし、扱うにもそれなりの騎手の経験が要る。そんで、国管轄の部隊に予算がつくと良い顔をしないご貴族様のおかげで、騎士団には騎獣も熟練した騎手もいない」
「……その裏事情は、感謝していいものなんです?」
国が所有する兵力は、良くも悪くも治安に直結する。強すぎても国民は窮屈を覚えて暴動に走る可能性があるが、弱すぎると、法に従わなくてもいいと考える者が増えて統制が取りづらくなったり、外交面で他国に舐められたりする種になる。
今の六人にとっては、向こうに騎手や騎獣がいないのはひとつの安心材料だが、広くハーヴェス王国の治安を考えると、それでいいのか、という不安もある。シアがそれを訊ねると、リーダーは「真面目だな」と言いながら笑った。
「内乱やでかい紛争が起きてないうちは、感謝してもいいんじゃないか? 他に予算が回っているなら、それは国民の平和な暮らしのためになってるだろうし」
リーダーが放ったその意見には、冒険者として各地を飛び回った経験があるディアンテも賛成し、さらに旅人の身であるフェンネルも頷いた。
「私もいろんな国家を見てきましたけど、ハーヴェスはかなり治安が良い方です。現状では、感謝しておいてもいいんじゃないんでしょうか」
「……ああ、それには同意する。内情はさておき、平民視点では、あの国はかなり安定してる」
「とはいえ、元々冒険者は為政者のことなんか気にしないで、好き勝手やる身分だ。政治にコネや影響力があるような奴でもなければ、真面目に考えても詮無いことだぞ?」
リーダーはそう言って話を締めにかかった。シアが気にしていた点は、冒険者という身分に落ち着く者には、一から百まで関係ない話であり、文字通り、下手の考え休むに似たり、なのだ。
「詮無いことではありますけど、子供たちの顔を思い出すと、どうしても」
シアは、苦笑を浮かべて答えた。自分には関係のない遠い世界の未来の話でも、その未来を生きなければならない存在を、近くの他人として知っている身としては、その土台である政治のことには、無関心でもいられない。
「おや、きみには子供がいるのかい?」
「違います。普段は孤児院の手伝いもしていまして」
「ああ、成程。その格好は角を隠す言い訳のためじゃないんだな」
「たとえ
「……ただの人間ほど、そんなこと気にしないだろうに。いい奴だなぁ、きみは」
*
山下りを始めて二日目の朝、「そうだ」とダビが思い出したように言った。
「この先なんだけど、登山道を避けたルートにする? そしたら、騎士団と鉢合わせないかもしれないよ」
「ん? 登山道以外に道があるのか?」
隊商は、普段は荷車を牽引してディガッドを移動しているため、ある程度整備された道、つまり登山道以外の道を知らない。一方で、シアとフェンネルとルアンには、彼が言うルートに心当たりがある。初めて調査隊本部を訪れた時に通り、そしてシアが溺れかけたあのルートだ。
「ちょっと崖を下ったり、それなりの流れがある川を泳いだりする道があるんだ。登山道を普通に歩くより、ちょっとだけショートカットができる。登りで一日短縮できたから、下りなら明日にハーヴェスに着くくらいになるのかな?」
「懐かしいですね、ロッククライミング」
「最近はあっちを通る理由がなかったもんな」
シアとフェンネルの感想を交えつつ、ショートカットルートを隊商とエドとディアンテに説明すると、彼らもショートカットに賛成した。
「大所帯だと選べない道だし、確かに鉢合わなさそうだ。崖下りにしたって、騎獣がいれば、そこの御仁も問題ないだろう」
そこの御仁、とはエドのことである。日が経つにつれ調子も戻ってきているようではあるが、実質病み上がりの者に無理をさせるのは本意ではない。
「ルアンは、じりきでおりる!」
「元気だな。その時には、お手並み拝見させてもらおうか」
「うん!」
ダビの読み通り、ショートカットルートを用いた結果、騎士団とも遭遇することなく一行は計三日でハーヴェスに戻ることが出来た。崖下りに関しては、ダビとルアンがどこで習得していたのか、見事な懸垂下降を見せ、その他四人は大人しくペガサスに運んでもらった。
「あの二人、基礎の身体能力だけじゃなくて、サバイバル能力も高いのね……?」
その懸垂下降を目の当たりにしたディアンテは、目を丸くして驚いていた。前衛を張る冒険者は、身体能力も一般の平均以上であることが常だが、能力は持っているだけでは意味がなく、引き出すための知識や訓練があって初めて物を言う。だが、サバイバル能力は、戦闘能力とは少し毛色が違うもので、望んで学ぼうとしなければ、たとえ冒険者であっても交わらない技能である。
「殺しても死なないと思いますよ、気絶はしても」
「ああ。どこに行っても生きていけるだろうな」
*
愉快な山下りを終えた一行は、ハーヴェスの街に入る前のところで、隊商と別れることにした。街中を歩くのにペガサスがいると、通行の邪魔になりかねないからである。エドももう、歩いて走っても問題ない程度の体調まで快復していた。
「じゃあ、この辺で。元気でな、特にそこの二人」
リーダーはそう言って、エドとディアンテに目を遣った。その視線に、ディアンテが応える。
「はい。……ものすごく協力していただいたのに、本当に謝礼とか、そういうのを払わなくていいんですか?」
「前も言ったけど、半分はこっちのエゴだから、気にするな。強いて言うなら、全員無事で帰って来れたことが謝礼だよ。それでも気になるってなら、いつかうちの客になってくれ。袖振り合うも多生の縁、またどこかで会うだろう」
「分かりました。いつか、必ず」
リーダーとディアンテがそう言って頷き合うと、隊商は六人に背を向ける。
「またねー!」
ルアンの元気な挨拶に、彼らは後ろ手を軽やかに挙げて応えた。
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