第19話 私のバニーボーイ


「ま、マルファスさん……」

「てっきりカードをめくるときに小細工しているのかと思っていましたが……。まさか、カードの並び順を覚えていたりしませんよね?」

「覚えているに決まっているだろう? カードは決められた順番に用意している。52枚のカードの順番なんて、普通に覚えられるだろうが」

「っく……、僕が油断していました……。あのダイビング……。気圧のせいで頭痛がしていて、早めに決着を付けようとしたのが敗因です……」

「え? 一体、何の話ですか?」

「いえ、何でもないです……」


 フレイクさんはもしかしたら、超記憶術の持ち主なのかもしれない。項垂れたマルファスさんを責め立てるように、カツアゲ君はこれ見よがしに罵声を与える。


「アンタ、やっべ~んじゃねーの!? そのコイン、一番高いやつだって、オレ知ってっぞ! 何たって、オレがそのコイン使ってたからな! 助けに来たとか言ってたけど、どの口が言ってんだ~~~???」


――コイツ……。


 僕はマルファスさんの肩にそっと手を乗せる。


「一体いくらやらかしたんです?」

「5億円ほど……。お二人を取り返すには2億程必要だと聞いて……。それと私の懐を温めようと……。あぁっ。どうしてこんなことに……」

「そんな……」


――また一人、債務者が増えてしまった……。


「どうすんだぁ!? 払えんのか? 5億! 無理だよなぁ????」

「ちょっと、やめなよカツアゲ君!」

「うぅ……」


 まるで、小学生男子が女子を虐めて、それをやめさせようとする女子の構図が出来上がっている。そして、追い打ちをかけるようにフレイクさんが口を開いた。


「アンタも、オーナーの奴隷になるってこと――」


 ヒュルルルルドオオオオオン!!


 まるで花火のような音が聞こえ、辺りを見渡す。そして聞こえてきた機械の大きな声。


「「「ジャックポット! 大当たり! ジャックポット! 大当たり!」」」


 繰り返されるその音声はどうやら、一つのスロットから鳴っているようで、その席に座っているのは、なんと――将冴君!? 僕らは走って彼の元に向かう。


「将冴君!? 何したの!?」

「俺じゃない。よくわからんが、オレが持ってたコインをコイツが勝手に入れてボタンを押したみたいだ」


 そのスロット画面には『777』の文字。その上に『ジャックポット』とデカデカと表示されていた。


 紛うことなき大当たり。僕は電光掲示板の数字を見るが、今は0の文字。一体あそこにいくつ数字が並んでいたのか覚えていない。


 僕は混乱したまま、将冴君ごとバエル様を抱きしめる。その上からマルファスさんも抱きついてきた。噂を聞きつけたレリオさんも、「オレがあてたかったZE!」と言って、祝福してくれた。


 そして、バァンと扉が開かれ、パレードの軍団がこの部屋に入ってくる。まるで、お祭り騒ぎだ。


「おめでとうございます! 『1000億ジェリー』の大当たり。この世で最もラッキーなお方。いえ方々は――」


 すべての照明が僕達に向けられ、スポットライトを浴びる。皆が「うおおおおおおおっっ!」と叫び出す。所々で「マジかよ!」「当たるもんなんだな」と騒ぎ立てている。


 パレードの中央から飛び切りセクシーな服を着た、オーナーが現れ、皆の注目が集まる。僕の目線も釘付けだ。


「ジャックポットを当てたお客様は、創設から今までおらず、初めてのこと。今宵の主役は貴方たち。名一杯祝福させてくださいね。って、あら……。どうして私の従業員が一人、そちらにいるのかしら? ん? あの子は確か出禁にした……」

「いや、あの――」


 オーナが合図し、四人が銃を構えこちらに向ける。


「和音君、早くこちらへ戻りなさい」

「いや、銃!? なんで?」


 いきなり銃を向けられ、混乱する。そうこうしているうちに、ため息をついたオーナーが口を開いた。


「囚人弾丸――プリズンブレット装填!」


 その声で四人が一斉に弾を装填して、再度こちらに銃口を向ける。


バンッ!


 その音に驚き目を閉じるが、撃たれた感触はない。


バンッ!


 そっと目を開くと、銃口から花が出ていて、パラパラと紙吹雪が舞っている。


バンッ!


――何? よくわからないけど、祝砲ってやつなのか……?


 そう思い安心していると、次に聞こえた四発目とはそれまでのモノとは違っていて――


バァアン!


 四つ目の銃口から出た弾丸は僕らに近づくにつれ、大きな網のようなものが広がっていく。


――あ、捕まる……。


 そう思った瞬間、マルファスさんの手から炎が吹き出し、網は僕らを捕える前に燃えて消し炭になった。しかし、頭上から落ちてくる炭は熱を持ち、面積が少ない服を着ている僕は、肌に触れて一人「アチチっ!」と叫ぶ。


「物騒なことをしますね」

「あら、お客様は魔法使い……? いや、悪魔でしたか。しかし、こちらも困るのです。和音君は今は私のものよ。手出ししないでくれる?」

「そうでしょうとも。だから買取に来たのです」

「……なるほど。貴方方の言いたいことは分かりました。しかし、私は彼を引き渡すことは致しません」


 そう言って、彼女は何やら呪文のような言葉をつぶやき始める。それと同時に、僕の手の甲に印が現れ、「どうしよう何これ」とあたふたする。そして、なぜか身体が勝手に彼女の方へ向かっていくのだ。


「え? え? え? あ、身体が勝手に……! 誰か助けて!」

「和音!」


 将冴君が僕の腕を引っ張るが、ジワジワと将冴君ごとひきずってしまう。僕自身には将冴君を無理矢理引っ張るような力なんて、ないはずなのに。


「和音君のこの印すごいねぇ~~」

「え? フリーマンさん!? ちょっと、あぶな――」


 どこからか現れたフリーマンさんが僕の傍で、手を間近で見ている。そして、その印を彼の人差し指が触れると、不思議なことに印は消え引きずられる力が消える。急なことだったので、将冴君の手は僕から離れ僕は一人前に倒れた。


「あら、あなたも呪術師だったの?」

「ん~?」


 オーナーの質問に、答えないフリーマンさん。僕の手を離した裏切り者の将冴君は、僕を心配するように地面に膝を折った。


「和音! 大丈夫か!? クソ! オレが剣さえ持ってきていれば、あんな女!」


――本当に僕の事大事に思ってる??? 手離したよね? 将冴君。


 内心で彼の気遣いを疑いながら、僕は目の前の敵を見据える。オーナーはどう見たって戦闘態勢だ。


「こんな人手不足の時に、これ以上人を減らしてなるものですか! ましてや、彼は私を最高に楽しませてくれる私のバニーボーイ♡ いい!? コイツら全員捕まえて、一生奴隷契約させるわよ!」

「「「はい!」」」


 彼女の一声によって、銃が次々と僕らの方に撃ち込まれる。


――あの網に捕まったら厄介だ……。


 只ならぬ様子に気付いた周りのお客さんが、慌てて逃げ始め、ホール内はパニック状態だ。出口に人が詰まっていて、とても逃げられそうにない。僕ら四人はスロットの物陰に隠れた。


「ど、どうする!?」

「私が出て戦うしかなさそうですね」

「俺らは?」

「貴方たちはとりあえず逃げてください。皆さんが出ていったら、私が大魔法を発動させます」

「分かった!」


 マルファスさんが物陰から出ていき、オーナー達と応戦を始める。


「かじゅ、かじゅ!」

「バエル様どうしたの?」

「どうやら、コイツはお前の方が良いらしいな」


 そう言って、将冴君はバエル様を僕に預ける。


――バエル様なんて可愛いんだ……!


 そう思ったのは束の間、何の許可もなしに彼は僕の指を吸い始める。


――コイツ……! お腹が空いとっただけかい! でも許す……あっ♡


「おい、和音。そろそろ入口の人が減ってきたな。俺たちも行くぞ!」

「う、うん!」


 身を屈めてコソコソと出口に向かう。


「和音君! こっちだよぉ~!」


 入口で僕らを呼ぶフリーマンさんと、シラパさん。どうやらその声がオーナーに聞こえたようで、警備員の銃が一斉にこちらを向けられた。


――やばい! 捕まる!


 しかし、突如目の前にキラキラと光るミラーボールのような輝きが視界を遮った。


「HAHAHA! みんな騒がしいNE! 元気があって大変よろC! 今宵はパーリナイ!」

「いや、アンタも逃げろって!」

「僕ならだいじょうぶSA!」

「いや、レリオさん! 幾重にも網がかけられてるから! ちょっとは抜け出す努力してよ!」


 僕と将冴君は急いで、レリオさんに掛けられた網を取り外す。外すたびに宝石がポロポロ落ちるが、彼は気にしていないようだ。のんびりとした彼を引っ張りながら、僕達は急いで外に出る。


 今まさに飛び出した建物を振り返り祈った。


――頼みましたよ……! マルファスさん……!


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777世(トリプルセブン)の大魔王 僕らの愉快な世界征服 みけ @mikekke

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