第18話 ブラックジャックですか
時計の針が夜に差し掛かったころ、厨房担当のカツアゲ君はなぜか、ディーラーの恰好をしてテーブルの前に立っていた。
――カツアゲ君がどうして……!?
僕が彼の元に向かおうとすると、監視係がそれを止めた。
「おい、お前どこに行こうとしてるんだ」
「あ、えっと。ちょっと」
「お前はよく遅刻をするくせに。サボりまでするのか! しかも、変態な滑降しやがって! ほら、もう一度躾直してやる」
その言葉で僕の尻はキュッっとひきしまり、怯えてしまう。監視係は僕を連れ出そうと、僕の腕を引っ張った時――
「失礼。私が彼を呼んでいたのです。彼をお借りしても?」
聞きなれたその声を聞いて、振り返ると目の前には前回よりも随分とめかし込んだマルファスさんと将冴君。将冴君の腕に抱えられているバエル様。そして、後ろに圧巻するようなキラキラとした服――どこか既視感のあるド派手な服を着た男が立っていた。
将冴君たちの背後にいる男性に呆気に取られてしまって、開いた口を閉じることができない。パクパクと口を開閉する金魚の僕を置いて、話が進められてしまう。
「そう、でしたか。構いません。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください……」
「ありがとうございます」
監視係は姿を消し、僕は未だ言葉を発生することが出来ない生き物だ。
「かじゅ! かじゅ!」
「和音。すぐに助けに来てやれなくてすまなかった。というか、何だその恰好は。ふざけているのか?」
「話は将冴さんから聞きました。和音さんは女の催眠にかかって、操られたのですよね? それなのに、捉えられて、こんな格好までさせられて……。お可哀そうに」
なんかいい感じに勘違いしてくれているようで、大変都合がいい。僕はそのままありがたく誤解を受け入れることにした。
「ご迷惑をおかけして申し訳ないです。あの、さっきから気になって仕方がないんだけど、その後ろのキラキラした方は一体……」
僕と目があった後ろの金髪の男性は、白い歯をみせて笑った。
「AHAHAHA! 僕かい!? 僕はかの有名なレリオ・バスSA! 世界一の金持ちとも言われているYO!」
「へ、へぇ~。なんでそんな人と一緒に?」
「まぁ、かくかくしかじかで」
「なるほど。これこれうまうま」
「マル君にショウ君! 僕はカジノの王様、バカラを楽しんでくるから、また後でNE!」
「承知しました」
きらびやかなレリオさんはバカラのテーブルへと一人向かっていく。しかし、凄く低音でダンディな声だった。あんな声が出せたらいいのになと考えていると、視界の端にカツアゲ君の姿を捉えた。
「あっそうだった!」
僕は将冴君たちにカツアゲ君の存在を伝える。
「あぁ、彼もいたんですね」
「そうなんです! しかも純粋でおバカな彼は、今まさに『イカサマ』を仕掛けようと……」
「ほう?」
マルファスさんはすたすたと歩いて、カツアゲ君の方へと向かっていく。僕達も慌ててその背中を追いかける。
「ブラックジャックですか。いいですねぇ」
「げっ! マルファス!?」
ひどく顔を歪めたカツアゲ君。全身の毛が逆立っていた。
「僕も少し遊びたかったんです。少し遊んでも構いませんか?」
「あ、あぁ……。負けても怒んなよ?」
――もしかして、マルファスさんに『イカサマ』を仕掛ける気なの!?
「ま、待ってよカツアゲ君! ダメだよ! 僕達を助けに来てくれたマルファスさんを嵌めるようとするなんて!」
「和音、よく見とけ。これが弱肉強食ってやつだ」
「そ、そんな……」
カツアゲ君の決心は揺るがないようで、彼の後ろにはウサギのフレイクさんが立っていた。僕はマルファスさんにそっと耳打ちをする。
「カツアゲ君の後ろにいる人が、イカサマ師のフレイクさんです。あの人がカツアゲ君をかどわかしたんです……」
マルファスさんは「なるほど」と小さく呟いた後に、将冴君を振り返った。
「将冴さんもいかがです?」
「いや、俺はいい」
「おや、残念ですね。じゃあ、私と貴方の1対1ですね」
「お、おう。お前の吠えずら見せてもらうぜ!」
二人の戦いの火蓋が切られた。
「えっと、僕あんまりルール知らないんですけど……」
「「オレも」」「あうも!」
将冴君だけじゃなくて、目の前のカツアゲ君まで賛同しているし、バエル様まで……。いや、バエル様はただ復唱しただけかもしれないが……。
「確か21に近い手札を持ってる方が勝ちなんですよね?」
「そうですね。ディーラーとプレイヤーどちらが21に近いか競うゲームです。色々なルールはありますが、とりあえず21をオーバーしたら負けになります。絵柄のカードは全て10と数え、1のカードは10か1のどちらかで数えます。とりあえずやってみましょうか」
目の前のカツアゲ君までマルファスさんの説明に耳を傾けている。お客に説明してもらうなんて、だめだろ、おい!
マルファスさんがコインをベットする。フレイクさんに耳打ちされながら、カツアゲ君は2枚ずつカードを配り始めた。マルファスさんの手札はジャックとデュース――合計12だ。カツアゲ君の方はクイーンと――?
「何で一枚しか捲ってないんだ? それじゃあわからないだろうが」
僕の疑問を、代わりに将冴君が訪ねてくれる。
「な……。え? 何々? うんうん。分かった。ったく、こういうルールなんだよ! ルールを知らねえガキは黙っとけ!」
「カツアゲ君も今耳打ちしてもらっただけでしょ!? 何でそんなに偉そうなんだよ!」
「ったく、まどろっこしいのは苦手なんだよ! くそ!」
「では、ヒットで」
「はぁ? ……あぁ、うん。分かった。ほらよ」
カツアゲ君はもう一枚捲り、マルファスさんの手札に追加する。サイスー6だ。合計して18。
「ふむ。ステイ」
「あ? ……。あぁ」
カツアゲ君は自分の伏せていたカードをめくる。現れたのはセブンー7だ。合計17。
「ふっ。私の勝ちですね」
「はぁ!? もう一枚引くまで分かんねえだろうが!」
僕もカツアゲ君の意見に賛成だ。まだ勝負は決まっていないはず。しかし、フレイクさんはマルファスさんの方が正しいと言う。
「ディーラーは16以下だと無条件にヒット――カードを追加し、17以上だと無条件にステイしなければならないんだ」
「「な、なんだって~~!?」」
僕とカツアゲ君の声がハモる。将冴君は「フゥン」と呟いた。
「俺は小難しいことはよくわかんねぇんだよ! おい、アンタがやってくれ! このいけ好かない男を負かしてくれよ!」
「いけ好かないですって?」
「ヒッ。頼むぜ!」
カツアゲ君はフレイクさんの後ろに隠れてしまう。ウサギの後ろに隠れた仔犬だ。
マルファスさんは再びコインを数枚ベットし、カードが配られる。こちらの手札はトレイ――3とキングの合計14。向こう側の見えているカードはサイス―6だ。
「ステイ」
「え、カード追加しないんですか? 手札として弱くないですか?」
「えぇそうですね。しかし、あの裏のカードは10である可能性が高いんです。絵札も10と数えると言ったでしょう? つまりは13分の4は10が出るということです。そして16以下だと無条件にヒットしてくれるので、ディーラーのバースト――21を超えるのを待った方が、プレイヤーとしては最善手となります」
「はえ~~」
フレイクさんがカードをめくると、マルファスさんの言った通り絵柄のカード――ジャックが出て、合計16となった。それに加えてヒットしたカードがナイン――9で、予言通りバーストした。
「執事さん、強いんだね」
将冴君はいつも「さん」なんてつけないのに、今回は付けているようだ。もしかして、マルファスさんの強さを認めたということなのだろうか。
「俺はもういいや。あっち行って座ってっから、終わったら教えてくれ」
そう言って、将冴君はバエル様を連れて向こうへ行こうとする。しかし、バエル様は「かじゅかじゅ!」と言ってこちらに手を伸ばしてきた。その姿は大変可愛らしい。でも、ごめんね。これでも僕、今仕事中なんです……。
「アンタ、相当慣れているようだね。もっとハイリスクな勝負しようよ」
「えぇ、構いませんよ」
「今度はそのチップ全部かけてやってみないかい?」
「……。いいでしょう」
もしかしたら、フレイクさんは仕掛けようとしているのかもしれない。そう思い、僕はマルファスさんに耳打ちをする。
「きっと、仕掛けてくる気ですよ! マルファスさん、ここでやめておいた方が……」
「お気になさらず、見ていてください」
再びゲームが始まる。
プレイヤーの手札はキングとクイーンの合計20。ディーラーはキングの10だ。これはいい手だと思う。
マルファスさんがステイを宣言したのを確認し、フレイクさんはカードをめくる。サイス――6が出て、合計16。フレイクさんがヒットしようとした時、マルファスさんが制止した。
「次のヒットのカードはカツアゲさんが引いてくださいませんか?」
「へ? オレ?」
ずっと置物と化していたカツアゲ君がひょっこりと顔を出し、居心地悪そうに出てくる。カツアゲ君がフレイクさんの方を見ると、フレイクさんは大丈夫だと頷いた。
少しソワソワしているカツアゲ君がカードを一枚捲ると、シンク――5が出る。つまり――
「え? 21……!? ぶ、ブラックジャックだぁああ!!」
カツアゲ君は飛び跳ねて喜んだ。
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