第17話 おい、お前ら調子に乗んなよっっ!?


 前日より赤みが引いた尻を引きずりながら、仕事をする。あれからずっと考えていた。カツアゲ君は宣言通りに『イカサマ』をする気だろう。


 アイツは人の金を使うようなクズだが、凄く悪いやつなわけじゃない。ちょっと馬鹿なだけなのだ。僕は彼にこれ以上罪を重ねて欲しくないと思い決心する。


 僕の只ならぬ様子が伝わったのか、フリーマンさんとシラパさんが話しかけてきた。


「どうしたの? そんな戦場に向かう兵士みたいな顔して~」

「僕、決めました!」

「何をですか?」


――本当は、いや、死ぬほど嫌だけど……っ!


「僕、バニーボーイになります!!」

「……」


 驚きの声が帰ってくるかと思いきや、沈黙の二人をチラリと見ると、二人とも首をかしげていた。


「「バニーボーイ?」ですか?」

「あぁ、二人は知らないんだね。バニーガールならぬ、バニーボーイになれば給料が上がって、ここから早く出られるようになるらしいんだ。僕もその恰好がどのようなものかは分からないけど、カツアゲ君を止めるにはもうこれしか……っ!」

「あぁ、昨夜話していた件ですね。僕は『イカサマ』には不賛成です。しかし、こんな方法もあったなんて初耳です」

「へぇ~、なんか面白そうだねぇ」

「僕が情けない姿を見せた時は、笑ってください! じゃあ、僕は今からオーナーに会いに行くので――」


 僕が彼らを振り切ろうとすると、肩を掴まれ止められる。


「和音さん。僕達、もう仲間じゃないですか」

「え……?」

「オレもオレも~!」


――え、嘘……? この人達、まさか……っ!?


「それに僕の借金も和音さんほどではありませんが、結構な額なんです。僕も付いていきますよ」

「和音君とシラパ君がやるなら、オレもやるよ~」

「~~!!」


 僕はジンワリと目元が熱くなるのを感じる。本当は今すぐにでも二人に抱き着いて感謝を伝えたいが、僕らはスタッフ。そんなことをしたら、僕の蒙古斑の範囲はさらに広がっていくだろう。


「じゃあ、一緒に行こうか!」


 僕ら三人そろって、オーナーの部屋を訪ねに行った。



◇◆◇◆



「オーナー!」

「あら、和音君じゃない。それと、シラパ君とフリーマン君だったかしら?」


 椅子に座ってマニキュアを塗っていた僕を騙した女性――オーナーは、嬉しそうな顔をして立ち上がった。


「どうしたの? こんなところに来て」


 入口に立っている屈強な警備員に多少ビビりながらも、彼女に近づいていく。僕は一人ではない。後ろには頼りがいのある二人がいるのだ。


「お願いしたいことがあって、ここに来ました」

「何かしら?」


 彼は机の淵を手でなぞりながら、僕の前までやってくる。


「カツアゲ君にディーラーをやらせるのは止めてください」

「カツアゲ……? 一体誰のことかしら」


 本当に誰かわからないと言った風な顔でこちらを見る。しまった。そういえば、本名じゃなかった。


「えっと、獣人の。厨房担当の……」

「あぁ、あの子ね。どうして、その子がディーラーになるのがいやなの?」

「そ、それは……。彼に手を汚してほしくないからです」

「ふぅん。ディーラーをやることが手を汚すことになるの?」

「『イカサマ』をさせる気でしょう!?」

「やだわ、和音君。私達別にそんなこと頼んでないのよ。でも――」


 彼女は人差し指を使って、僕の顎をクイッと上げる。


「どうしても給料を上げたいって交渉してくる子がいるから、それに答えてあげているだけ。売り上げが高い子を評価するのは当然のことでしょう?」

「……っ。」


 僕は彼女の手を払う。そして、彼女から目を逸らさずに言った。


「えぇ、そして、そのやり方は一つだけではない」


 すると、彼女の頬は赤くなっていき、恍惚とした表情を浮かべ始める。


「貴方もしかして――」

「僕達がバニーボーイをします。そしてカツアゲ……、いや獣人の彼も!」

「~~!!」


 オーナーは後ろに数歩下がり、机まで下がった。手で何とか身体を支え、仰け反って何かに耐えているみたいだ。


「バニーボーイの服を用意しなさい! 今すぐ!」


 その声に警備員の人が慌ててどこかに行く。あの人たちは警備員というよりオーナーの召使なのかもしれない。そしてしばらくして、彼らは服を持って戻ってきた。


「和音君。貴方は久しぶりに私を痺れさせてくれたわ。早くっ! 早くこれに着替えて見せて!」


 オーナーは隣の部屋を指さし、僕達は警備員の人たちに部屋に押し込まれ、服を渡された。


 バタン。


「……」


 机に並べられた衣装は地味にデザインが違う。そして、いや、予想はしていたが布面積が小さかった。


「おれこれ~!」

「僕はこちらを」


 二人とも迷いなく服を選んで着替えていく。言い出したのは僕なのだ。潔くそれに追従した。


◇◆◇◆


「こんな格好したことありませんでしたが、僕達結構似合ってますね」


 姿見を前にシラパさんがポーズを決めている。


「ねぇ見てみて~! オレはどうかなぁ?」


 フリーマンさんは僕に向かってポーズを決めている。中々に体格がいい彼はバニーガイって感じだ。彼らを引き連れ、ドアを開けるとオーナーは僕達を見て鼻血を垂らしていた。うん。好きなんだね、こういうのがきっと。


 オーナーは警備員にハンカチを渡され、それで鼻を押えている。そして、彼女は鼻声で話し始めた。


「久しぶりだわ。この感じ……っ! でもごめんなさい和音君。この服は獣人が着ることはできないの……っ。なぜなら尻尾を出すところがないからよっ!!」

「でも、尻尾の部分に穴をあければ!」

「いいえ、これは然るお方から頂いたものなの。穴をあけることはできない。それにこれは四人一組の衣装なの。あと一人いないと、貴方たちの要望に応えることは出来ないわ……」

「な――」


 ここまできてそんなことを言われるなんて思いもしなかった。この衣装を着た意味がないって言うのか!? 僕が奥歯を噛みしめていると、鶴の一声がフリーマンさんから放たれた。


「じゃあ、残り一人はフレイクさんだね~」

「え? あのフレイク君がやると言ったの?」


 そうだ。そうなのだ。この状況に陥ったのは、フレイクさんがカツアゲ君に余計なことを言ったのが発端だ。彼をこちらに引きずり込むしかない!


 僕はいたって冷静にこう答えた。


「えぇ、実は彼がやろうと言い出しました」

 


◇◆◇◆



「おい、お前ら調子に乗んなよっっ!?」


 フレイクさんがすごい剣幕で僕らに詰め寄ってくる。彼は僕の発言によって警備員の肩に連行され、無理矢理服を着替えさせられ、今僕達と一緒にホールにいる。ただでさえ注目の的なのに、彼の大きな罵声で相乗効果が起きていた。


「フレイクさんも良くお似合いですよ。僕達とってもいいカルテットです。ガタイがいいフリーマンさんにフレイクさん。僕はそんなにですけど華奢な僕と和音さん。バランスがいいです」

「いつもと違って楽しいね~」

「なんで俺を選んだ!? 他にもいるだろうが! それに、なんで俺の服が一番布面積が小さいんだよ!?」

「それはフレイクさんがガタイがいいからですよ」

「それにしたっておかしいだろうが!! フリーマンと比べて明らかに違うだろうが!!」

「フレイクさん、お客様の前ですよ。お静かに!」

「それに給与を三倍にしてもらう約束だったんですから、しっかり頑張らないと!」


 僕達三人でなんとかフレイクさんを宥め、お客さんを接客していく。お客さんは馬鹿みたいにチップをくれるから、借金返済も随分楽になるなと思った。


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