第3話 ユニコーンと黒山羊

「げほ、げほ! それはそれとして! どうにかしないと! このままじゃ全員ユニコーンにやられちゃいますよ!」

「どうにかっつーか、戦うしかねぇよな」

 モガールが腰のホルスターから手斧を抜く。

「ですね。私としても、処女崇拝などという間違った考えを放置しておけません」

 一瞬ナイクスは、ユニコーンに馬乗りになって喘ぐマレアを想像してしまった。

 馬鹿馬鹿馬鹿! なに失礼な事考えてるんだ!

 自分を叱りつつ、マレアならやりかねないと思ってしまう自分もいた。

「戦うって、勝てる相手なんですか!?」

 当たり前だが、ユニコーンなんかと戦った事はない。出会うな、見たら逃げろが鉄則の魔獣である。

「さぁな。頑張ってみるしかないだろ」

「大丈夫ですよナイクスさん。処女崇拝なんて間違った考えを持つ生き物に神が味方をするはずはありません」

 にっこりとマレアが微笑む。

 悔しい事に、その笑みだけは今も変わらず、清く美しく清楚だった。

 二人がやると言っているのだ。一人だけ情けない事を言ってはいられない。

「わかりましたよ! やればいいんでしょやれば!」

 やぶれかぶれで叫ぶと、ナイクスは背中のバックラーを左手に構え、腰のナマクラ剣を抜いた。

「ほんじゃま適当に。援護は頼むぜマレア!」

 言うが早いか、モガールが跳んだ。

 軽業が得意なモガールだ。両手に構えた手斧を使い、猿よりも器用に木の上に登る。

「行ってきます!」

 いつでも防御出来るよう顔の高さにバックラーを掲げ、愚直に突進する。

 ユニコーンが嘶くと、ナイクスはバックラーを構えた。雷撃がナイクスを狙い、マレアの魔術が足元の地面を隆起させる。結果、ナイクスは思いきり土の壁に突っ込んだ。

「ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「ぺぺっ……おかげで助かりました!」

 口に入った土を吐き出しながらお礼を言う。

「遊んでんじゃねぇぞ!」

 頭の上のモガールが言うと、木の枝を飛び移りながらユニコーンめがけて手斧を投げる。回転する手斧は正確にユニコーンの脳天を狙ったが、途中で雷撃に撃ち落される。

「残念だったな」

 それを見て、モガールはニヤリと笑う。

 遅れて、大きく弧を描くように飛んでいたもう一本の手斧がユニコーンの尻に直撃する。

 ユニコーンは驚いて飛び上がったが、強靭な皮膚が手斧を弾き、ダメージはほとんど与えられない。

「まぁそうなるか。戻って来い!」

 命じると、二つの斧は見えない糸に引かれるようにしてモガールの手元に戻った。

 自分の魔力を染み込ませた物品を手元に引き戻す、引き戻しの術の一種である。

 一方のナイクスは、モガールがユニコーンの気を引いている間に頑張って接近していた。

「強化(エンハンス)!」

 全身に魔力を漲らせて身体能力を強化し、矢のように走る。

 ユニコーンがナイクスの接近に気づき睨みを利かせる。ナイクスは徐々にユニコーンの動きが分かるようになっていた。足元に魔力を感じ、ナイクスは思いきり跳んだ。直後に放たれた雷撃をマレアの土壁が防ぐ。ジャストタイミング。

「剣強化(ソードエンハンス)!」

 ナマクラ剣の刀身に魔力の刃を纏わせると、ユニコーンの鼻面を両断するように振り下ろす。

 突然壁の向こうから飛び出したナイクスに驚いたのだろう。ユニコーンはなすすべなく一撃を受ける――が。

 狙う場所が悪かった。額の魔力球に刃が触れた瞬間、収束していた魔力が弾け飛び、魔力の爆発がナイクスを吹き飛ばした。

「ナイクス!?」

「平気です!」

 空中で体勢を立て直すと、滑るように着地して木の上のモガールに答える。

 ユニコーンもまた魔力の爆発で吹き飛んでいた。こちらはナイクスのように器用にはいかず、何度か地面を転がった後に、ふらつきながら起き上がる。

 ナイクスの剣は、僅かにだがユニコーンの額を捉えていた。浅いが長い傷口から血が流れ出し、ユニコーンの顎を伝った。ぺろりと、魔獣の舌がそれを舐めとる。

「やべぇな。怒らせたか」

 モガールが顔をしかめた。

 馬の顔色など分かりはしないと思っていたが、そうでもない。ナイクスが見てそう分かるほど、ユニコーンの顔は怒りに歪んでいた。角の抜け落ちた丸いハゲのような窪みが発光し、魔力球が生じる。本来ならそこにある角が魔術士の杖のような役割を果たすのだろう。

 収束した魔力は先ほどよりも多く、濃く、ギラギラとした殺気を含んでいた。

「あわわわわ、これは、ヤバいですって!?」

 剣呑な雰囲気に、ナイクスは全力疾走でマレアの元に駆け戻った。その背中を、ユニコーンが狙い撃つ。

 ヂヂヂヂ――カッ!

 今までの比ではない、白雷の大蛇がナイクスを襲う。

 魔力の気配から、マレアも防御の魔術を唱えていた。

 背後で地面が盛り上がり壁になるのを感じたが、それでもナイクスは振り返った。

「盾強化!(シールドエンハンス)!」

 コマのように勢いよく回転しながら、裏拳を放つように強化したバックラーを振りぬく。

 直後、白雷の蛇が土壁を食い破る。白い雷撃は魔力を纏った小盾に殴打され軌道を変えると、その先の一帯を吹き飛ばした。

「ひぇぇぇぇええええ!?」

 その威力にゾッとしながら、どうにかナイクスはマレアの元に逃げ帰った。

「大丈夫ですか?」

「死ぬかと思いました!」

「あの雷撃を盾で弾くとか正気じゃねぇだろ」

 モガールが木の上から降りてくる。

 土壁の向こうでユニコーンの魔力が膨れ上がる。

「走れ!」

 モガールに言われるまでもなく二人は走っていた。

 少し遅れて、先ほどまで三人が隠れていた土壁が爆砕する。

「やべぇ! 割とマジで!」

「どうするんです!?」

「あの……」

「やるしかねぇが、あのクソッタレ処女厨の面の皮はお前の剣じゃなきゃ貫けねぇ」

「あの雷撃じゃ近づけませんよ!?」

 怒りで我を忘れているのだろう。ユニコーンは全身から魔力を放出し、めちゃくちゃに雷撃をぶっ放している。

「お前にだけ危ない橋渡らせやしねぇよ。とにかく、時間をくれ。なにか策を考える」

「あのぉ!」

 マレアが大声を出し、ようやく二人は気づいた。

「なんだよマレア。巻き込んじまったのは悪いと思うが、今はそれどころじゃ――」

「私がどうにかしましょうか?」

 冗談ではないのだろう。大真面目にマレアは言った。

「……どうにか出来るんですか?」

 信じられず、ナイクスが聞いた。

「多分……いえ、確実に。相応の代償は必要ですが」

「ここでユニコーンに殺されるよりはマシだ! なにが必要なんだよ!」

「えっと、大きな魔術を使うので、それまでの時間と、ユニコーンの角があれば」

 そう言ってから、マレアは申し訳なさそうに付け加える。

「ただ、これをやったら折角手に入れたユニコーンの角を失ってしまいますが」

 背に腹は代えられない。

「いいですよねモガールさん」

「命あっての物種だ!」

 ユニコーンの角をマレアに託す。

「あとは時間か。どのくらい稼げばいい」

 モガールが尋ねた。

「そうですね……一分程頂ければ。その間私は動けなくなるので、足止めをして貰えると」

「ブチ切れたユニコーン相手に一分か……まぁ、やるしかねぇわけだが」

 今まではマレアの援護があってなんとか戦えていたようなものだ。

 彼女抜きで一分も耐えるのは、正直かなり厳しい。

 そうは言っても、モガールの言う通りやるしかないわけだが。

「ですね。やるしかないならやるっきゃないです!」

 覚悟を決めると、ナイクスはモガールと視線を合わせた。

「そんじゃま、適当に」

「行ってきます!」

 反転し、左右に散開する。

「こっちだ馬野郎!」モガールが手斧を投げ。

「バーカバーカ! ブタのケツ!」ナイクスは剣の腹で盾を叩いた。

 木々の間を縫うように走りながら、二人でユニコーンを挑発する。

 雷神の如き力を持ってはいるが、所詮は馬だ。立ち止まると、どちらを攻撃するか迷いその場でぐるぐると回る。

 一方でマレアは、ユニコーンの角を地面に埋めると、太ももに挟んだ護身用のナイフで手首を切った。致死量には程遠いが、少なくもない量の鮮血が白い大地を染める。その光景に背徳的な快感を覚えながら、意味もなく血を顔に塗り、傷口を舐めて味を確かめる。背筋が快感で震え、女の部分が濡れるのを感じた。

 捻じれた杖にまたがる様に腰を押し付け、淫靡な声を上げながら、心のままに神を讃える歌を詠唱する。

「いあ! いあ! しゅぶ にぐらあと! 身重の神 千匹の子を孕みし暗き森の黒山羊の女王 ぬる くるるす ふな にぐらあと! えな くるるす らんぐる にぐらあと! 獣の母 人の母 黒き母 大地の母 母の母なる大地の神よ! いあ! いあ! しゅぶ にぐらあと! いあ! いあ! しゅぶ にぐらあと――」

 そんなマレアに気づく事なく、二人の冒険者は必死に時間を稼ぐ。

 モガールは木の上を飛び回り、ユニコーンの膝や鼻、足先を狙って執拗に手斧を投げる。

 ナイクスは強化した脚力で走り回りながら、モガールの作った隙を利用し、殺気を飛ばしながら攻撃する素振りを見せた。向こうも、ナイクスの剣が危険な事は理解している。ナイクスが攻めようとすれば警戒を示し、モガールに対する注意が疎かになる。そこに、変幻自在の手斧が飛んでくる。ダメージはほとんどないが、当たれば鬱陶しい。苛立ってモガールを撃ち落そうとすれば、ナイクスが前に出て威圧する。そんな、攻めない攻めを続けて時間を稼ぐが、こんな方法は長くは通じない。

 痺れを切らしたユニコーンが稲妻交じりの吐息をはいて天を仰ぐ。

 額の魔力球が膨らみ、明滅し、弾けようとするように激しく身震いをする。

 周囲に広がる殺気立った魔力に、二人はユニコーンが一帯を根こそぎ吹き飛ばそうとしている事に気づいた。

「モガールさん!? 不味いですよ!?」

「わかってる! クソ、まだかマレア!」

 万事休すだ。打つ手を失い、二人は切り札のマレアを振り返った。

「……マレアさん?」

「あの女、なにやってんだよ……」

 血化粧を纏い、快楽に顔を蕩けさせながら、黒山羊の杖に跨って身を捩る女僧侶の姿に、二人は絶句する――が。

 足元にユニコーンの物とは違う強大な魔力の広がり感じ、慄いた。

「おぉ山羊よ! 母なる山羊よ! 暗き森の黒山羊よ! 我が贄はここに! 我が信仰はここに! いあ! いあ! しゅぶ にぐらあと いあ! いあ! しゅぶ にぐらあと! その黒き愛で哀れな子羊を救い給え!」

 絶頂したマレアが仰け反ると同時に、それは起きた。

 びゅうと黒い風が吹いく。

 腐臭が甘く香る。

 辺りは暗くなり。

 燃え上がるように白の森が黒く変わった。

「なんですか、これ」

「静かにしろ! こっちまでやられるぞ!」

 押し殺した声でモガールが叫んだ。

 突然の変化に困惑して、ユニコーンが辺りを見回す。

 そこはもはや、白の森ではない。

 美しき純白の木々は醜く形を変えていた。

 根元は蹄のついた無数の脚のようになって足踏みをし、幹に現れたいくつもの裂け目には、人に似た歯が並んでカチカチと震えている。枝は山羊の角のように捩じれた幾千もの触手となって逆立ち、お互いを愛撫するように絡み合っている。

「間に合いました」

 恍惚の表情でマレアが言った。

「我が神、シュブ=ニグラート様。どうぞ、生贄をお納めください」

 マレアの言葉に、辺りを囲む黒山羊の木々がメェーと鳴いた。

 黒山羊の木はユニコーンに群がり、触手を伸ばす。ユニコーンは雷撃で抵抗するが、多勢に無勢だ。呆気なく取り囲まれると、子供がおもちゃを取り合うようにして、魔獣の身体をバラバラにする。肉片を飲み込んで、それで終わりだ。

 次は自分達の番だろうか。

 二人の冒険者は恐怖して立ち尽くしたが、そんな事にはならなかった。

 現れた時と同じように黒い炎が燃え上がったかと思うと、元の白の森に戻っている。

「……助かったんでしょうか」

「……多分な」

「信じる者は救われる。シュブ=ニグラート様の御力があれば、あの程度の魔獣イチコロです」

 ぶるんと大きな胸を揺らし、得意げにマレアが言った。

 どう考えても、マレアの呼び出したシュブなんたらの方がヤバい魔獣だったが。というかあれは、邪神の類だったのではないだろうか?

 そう思いつつ。

「すごかったですね」

 と言っておく。あのバケモノがなんであれ、助けられたのは事実だ。

「あぁ。お陰で命拾いだ。助かったぜマレア。騙して悪かったな。今回は手ぶらになっちまったが、この礼は必ずする」

「困ったことがあったらなんでも言ってください! 僕に出来る事なら、なんでもしますから! それともお金の方がいいですか?」

 二人は言うが、マレアは微笑んで首を振る。

「気にしないで下さい。私の神に素敵な生贄を捧げられましたから。それだけで充分です。むしろ、独り占めにしてしまったようで申し訳ないくらいです」

「そっちはよくてもこっちの気がすまねぇ」

「冒険者としてのケジメって奴ですよ」

 二人が口々に言う。

「そうですか。でしたら一つ、お願いがあります」

「なんですか?」

 答えを聞いて、ナイクスは赤面した。

 どんな願いだったのか、詳しくは語らない。

 ベッドの上のマレアは、ユニコーンよりも獰猛だったとだけ言っておく。

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ひとくちファンタジー 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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