第2話 ユニコーンと冒険者

「本当に白いんですね」

 純白の葉を摘まみ上げて、不思議そうにマレアは言う。

 穏やかな笑みに栗色の長髪が美しい。黒山羊の角を使った杖を持ち、闇色の僧侶服を身にまとう、巨乳の女僧侶である。

 白の森の内側である。わざわざ内側と呼ぶからには外側もある。白の森は広大で、外側は普通の森だ。奥に進むにつれ魔力の気配が濃くなり、魔物が現れ始める。さらに進むと見えない境界線でもあるように、木々の葉が純白に変わる。そこから先が内側だった。

「世界のどこかには黒い森もあるのでしょうか?」

 吐息で葉を飛ばすと、夢見るようにマレアは言う。

「あるんじゃねぇか? 知らんけど」

 欠伸を噛み殺しながら、モガールが適当な事を言う。

 今の所探索は順調だ。順調すぎて、ちょっと退屈なくらいだが。

「マレアさんは黒色が好きなんですか?」

「そうですね。私の信仰する神は黒を好むので」

「そうなんですか。神様って白とか金とか、そういうのが好きなんだと思ってました」

「人間色々、神様も色々ですね」

「なるほど」

 なにがなるほどなのか分からないが、なんとなく分かった気になって頷く。

「そろそろユニコーンの縄張りだ。一応気いつけとけよ」

 しばらく歩くとモガールが耳打ちをした。

 白の森は白さを増し、葉だけでなく枝まで白くなってきている。

「どうかしましたか?」

 尋ねられ、ナイクスは露骨に狼狽えた。

「いえ!? その、なんでもなくて……」

「例の枝がそろそろ見つかるかもしれねぇからよ、注意しとけって言ったのさ」

 涼しい顔でモガールが嘘をつく。

「白の枝でしたっけ」

「おう。見ての通り、この森は魔力が濃いんだ。葉が白いのもそのせいらしいが。森の魔力を溜め込んだ木が、白く輝く枝を落とす事がある。魔術士や錬金術士に人気でな、良い金になるんだ」

 そちらは嘘ではない。白の枝の話はナイクスも知っている。ただし、見つけるのは容易ではない。広大な白の森のどこに落ちているのか分からないし、物凄く珍しい。見つかるかどうかは完全に運任せなので、わざわざそれを目当てに危険な内側の奥までやってくる物好きは稀だ。とは言え、その辺の事情を知らない相手には、それらしい理由に聞こえるだろう。

「僧侶の癖に浅ましいと思われるかもしれませんが、私の信仰する神の為に教会を立建てて差し上げたいので。私はこの通り、儲け話には疎いですし。誘っていたただいて助かりました」

「いいって事よ。冒険者は助け合ってなんぼだ! その代わりマレアも美味い話があったら誘ってくれよ!」

 ユニコーン対策のお守りとして利用しているだけなのに、しゃあしゃあとモガールが言う。面の皮の厚い男だが、美味い話なのは本当だ。ちゃんと誘った人間が儲かるような話を持ってくるあたり、憎めない男なのである。

「えぇ。そのような機会がありましたら是非」

 ニッコリと微笑む。

 百合のように清楚な横顔に、ナイクスは思わず見とれてしまう。

 荒くれ揃いの冒険者に囲まれて過ごすのだから仕方がないのかもしれないが、女冒険者というのは男以上に男らしい人間が多い。良く言えば豪胆、悪く言えばがさつである。もちろん、そんな彼女達をナイクスは同じ冒険者として尊敬し快く思っているのだが、それはそれとして、そんな中にマレアのような女性が混じると、どうしても新鮮な目で見てしまう。

 可憐で清楚な女僧侶。例えるなら、窓辺に飾られた一輪の花だ。

 流石に白い森の内側ともなると魔物が出る。魔力を帯びて巨大化した動物や虫、意志を持った植物だ。石は猪の真似をして走り出し、風は鳥の姿を取って飛び回る。

 低位の魔物や精霊を追い払いながら進むと、ガラスのように澄んだ泉にたどり着いた。

「まぁ綺麗」

「白の泉だ。そのまんまだな」

 皮肉っぽく言うと、モガールがナイクスに耳打ちする。

「ユニコーンの縄張りのど真ん中だ。ちぃと危ないが、角が落ちてる可能性も高い。とっとと探してずらかるぜ」

「了解です」

 小声で言い合う。モガールの緊迫した表情を見るに、結構危ない場所なのだろう。

「汗をかいてしまいした。少し水浴びをしてもいいでしょうか?」

 何も知らないマレアが無邪気に言う。

「えっと――」

 どうしましょうとモガールに視線で尋ねる。

「やめといた方がいい。見るだけなら綺麗な水だが、人間には毒だ。透明なのは生き物が棲めないからさ」 

「まぁ恐ろしい」

 びっくりしてマレアは口元を手で覆った。

「こんなに綺麗なのに毒があるなんて」

「綺麗なバラにはトゲがあるって言うだろ。人間も同じだな」

 愉快そうにモガールが笑う。

「この水を飲みに魔獣の類が現れるかもしれねぇ。その分、白の枝が落ちてる確率も高いんだが。さっさと探して移動するぜ」

 モガールがマレア用の理由を言う。自分がマレアなら、欠片も疑わないだろう。見事な二枚舌に感心する。

 その後はあまり離れすぎないように注意しつつ、散開して泉の周囲を探した。泉の水の影響か、足元の雑草まで白かった。白の中に紛れたユニコーンの角を探すのは大変そうだ。見逃しのないように気をつけながら、刃の潰れた剣先で草むらをかき分ける。

 程なくしてナイクスは、純白の中に淡く輝く白い捻じれ角を発見した。

 バクンと、心臓が跳ねる。

「あった! ありました! モガールさん! ユニコーンの角です!」

 掴むと角は馬の肌のように暖かな熱を宿していた。その癖ちゃんと硬い。色は純白だが、磨いた銀のような光沢がある。左手に振り回しながら遠くを探すモガールに報告するが。

「馬鹿ッ!」

 人差し指を立ててモガールが慌てた。

 そう言えば、表向きは白の枝を探す事になっていた。

「どうしました~?」

 さらに遠くにいたマレアが不思議そうに聞き返す。

 幸い聞こえなかったのだろう。

 目配せをすると、モガールが任せろと頷いた。

「珍しい物が手に入ったんだ! 白の枝じゃないが、同じくらいの値打ちものだ! こいつで満足して帰ってもいいかもなぁ!」

「おまかせします!」

 足りない声量を頑張って張り上げ、マレアがこちらに歩いてくる。

「よかったですね、無事に見つかって」ナイクスがモガールに言った。

「お前のおかげさ。帰ったらみんなに自慢してやろうぜ!」

 嬉しそうにモガールが言う。自慢して、売っぱらって、その後はお祭り騒ぎをやるのだろう。稼ぐ端から飲み代にしてしまうのがモガールの悪い癖だった。タダ酒を飲めるので咎める者はいないが。

「あら? 綺麗なお馬さん。こっちを見て、人間が珍しいんでしょうか?」

 戻ってきたマレアが、二人の肩越しに後を見て言った。

 その言葉に、二人の頬が引きつる。

「……綺麗な馬って……」

「マジかよ」

 恐る恐る振り返ると、そこにはいた。生え変わったばかりなのだろう、角の落ちた、真っ白な馬――ユニコーンだ。

 白い魔獣は赤黒い瞳を怪しく輝かせながらこちらを睨んでいる。ぶるぶる、ぐもぉあ! と獰猛に嘶き、かつてそこにあった角で空を斬ろうとするように頭を突き上げる。

「なんだか怒ってるみたいですね。お馬さんの縄張りだったんでしょうか? ごめんなさい! すぐ出ていきますから~!」

 丸めた両手を拡声器にしてマレアが言う。

 その声に、二人の肩がびくりと震えた。

「馬鹿! 刺激すんな! ありゃユニコーンだ!」

「ユニコーンって、あの? でも、角があるようには見えませんけど?」

 小首を傾げるマレアに、ナイクスが手の中の角を振ってみせた。

「まぁ! ユニコーンも角が生え変わるんですね!」

 マレアは目を丸くした。

「いいから逃げるぞ!」

「行きましょうマレアさん!」

「は、はい!」

 三人が走り出す。

 ヒヒ~ン! と嘶き、ユニコーンが蹄を鳴らして追いかけて来る。

 ユニコーンの体から魔力が膨れ上がり、純白のオーラとなってたてがみを揺らす。

 魔力は額の上、本来なら角があるはずの場所に収束する。

 チチチ――カッ!

 鳥の鳴くような音が聞こえたかと思うと、落雷に似た轟音と共に近くの樹木が爆砕した。

「どぉわぁ!?」

「ななな、なんですか今の!?」

「びっくりしました!?」

 口々に言い合うと肩越しに振り返る。

 ユニコーンの額の辺りで純白の魔力が小さな太陽のように収束していた。集まった魔力はパチパチと弾けながら帯電し、その勢いを強めていく。

「またやる気だぞ!」

「どどど、どうしましょう!?」

「ひぇぇええ~!」

 チチチ――カッ!

 額の魔力球から白雷が蛇のように迸り、近くの樹木に噛みついて爆散させる。

「クソッタレ! 雷撃かよ!?」

 モガールが呻く。超高速で飛んでくる雷撃は避ける事も防ぐことも難しい。流石はユニコーン、高度な魔術を使う。

 木が吹き飛んだのを見て、ユニコーンは脚を止めた。苛立たし気に吠え、地団駄を踏みながら激しく首を振る。額の魔力球が明滅し、出鱈目な方向に小さな白雷が数発弾けた。

「なにかおかしくないですか? もどかしそうと言うか、じれったそうと言うか」

「あの、全然違うかもしれないんですけど。角がないせいで上手く魔術を使えないんじゃないでしょうか」

「ありそうな話だぜ。そのまま諦めてくれりゃあいいんだが」

 額の魔力球が明滅を強める。眩しさは直視し難い程になり、漏れ出るように弾ける稲妻は数を増す。明らかに危険な気配がしていた。

「こいつは……隠れた方がよさそうだぞ!」

「隠れるって、どこにです!?」

「どこでもいい! なんかねぇのかよ!?」

 太い樹木を一撃で爆砕するような雷撃だ。大岩の裏にでも隠れたいところだが、そんな物はどこにもない。

 ユニコーンが前足で跳ね、天に向かって激しく嘶く。こちらに向かって頭を振ると、数え切れない程の雷撃が横殴りの雨のように押し寄せた。

「ぷた らととんがる しゅぐりむ なんが!」 

 聞きなれない呪文を唱え、マレアが黒山羊の巻き角をあしらった杖を掲げる。

 途端に目の前の地面が激しく隆起し、雷撃の雨を受け止めた。

「……助かったぜマレア」

 冷や汗をかいてモガールが言う。

「……ていうか、全然話と違うじゃないですかモガールさん! これのどこが安全なんですか!?」

「俺だっておかしいと思ってるんだ! 処女を襲うユニコーンなんて聞いた事ないぜ!」

 わけがわからないと言う風にモガールが叫ぶ。

 それを聞いて、マレアがパチパチと目をしばたたかせた。

「あの、どういう事でしょうか?」

 困惑して聞いてくる。

 こうなってしまっては隠してもいられない。

「わりぃマレア。本当は最初からユニコーンの角が目当てだったんだ。今は生え代わりの時期で、上手くいけばユニコーンに出会わずに済む予定だったんだが……用心の為にマレアに声をかけた。処女の冒険者と一緒なら、万が一ユニコーンに出くわしても見逃して貰えるからな。それがなんでこんな事になっちまったのか……」

 モガールが頭を抱える。

「処女じゃありませんよ?」

 今まで通りの清楚な顔でマレアは言った。

「……へ?」

 二人の男冒険者はマヌケ面になって聞き返す。

「ですから、処女じゃないんです、私」

「…………」

 信じられず、ナイクスとモガールはお互いの顔を見合わせた。

「で、でも、マレアさんは僧侶なんですよね?」

「全ての僧侶が禁欲の誓いを立てているわけではありません。どんな誓いを立てるかは、信仰する神によりますから。私が信仰するのは大地の神です。豊穣の女神にして大いなる母神シュブ=ニグラート。神は性交によって増えるよう生き物を作られました。性交が気持ちいいのは、そのように神が作られたからです。気持ち良い事は良い事でしょう? ですから、禁欲などもってのほか! むしろ、性交の素晴らしをこの身をもって広める事が神の御意思の伝道だと思っております」

「……ぁ、はい」

 ナイクスの中で、貞淑なマレアのイメージががらがらと崩れていく。

「泣くなナイクス。逆に考えれば、お前にだってマレアとするチャンスがあるって事だぜ」

「そんな慰めいりませんから!?」

「私はいつでも大歓迎ですよ? ナイクスさんとは、初めて会った時から性交をしてみたいと思っていましたし」

「マレアさん!?」

 嬉しいような、悲しいような……可愛い顔をしているが、ナイクスも立派な男である。マレアの事は前からいいなと思っていた。そういう妄想をした事も、なくはない。

 だからと言って、こんな形で叶えたくはなかったが。

 ずどん! と、いちゃつく二人に嫉妬の炎を燃やしたわけではないだろうが。

 一際大きな雷撃が冒険者の隠れる土壁を吹き飛ばした。

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