ひとくちファンタジー
斜偲泳(ななしの えい)
ユニコーンと処女
第1話 ユニコーンと処女
「よぉナイクス、一緒に一仕事やらないか?」
ある日の昼下がり。
「モガールさん? いいですけど、どんな仕事なんですか?」
癖のある黒髪に童顔の剣士、ナイクスが尋ねる。
モガールは短髪に長身の一見すると山賊のような人相の手斧使いだ。
「ユニコーンの角を取りに行くんだ」
ミートボールスパゲッティーを喉に詰まらせ、ナイクスは噎せた。
「――けほ、けほ。ユニコーンって、大物の魔獣じゃないですか! それはちょっと、いくらなんでも危なすぎます」
ユニコーンは強い魔力を備えた強大な魔獣だ。見た目は角の生えた美しい白馬だが、獰猛で縄張りに入れば人間だって平気で殺す。怪力で俊敏、魔力を帯びた皮は固く、強力な魔術を使う。気軽に狩りに行くような相手ではない。
「心配すんな。別にユニコーンを狩ろうってわけじゃない」
ニヤリと笑うと、モガールは耳打ちする。
「あまり知られてないが、ユニコーンの角は年に一度生え変わるんだ。丁度今ぐらいの時期にな。そいつを拾いに行くのさ」
「へー、知りませんでした。モガールさんは物知りですね」
ナイクスは感心するが。
「でも、それなら一人で大丈夫じゃないですか?」
無邪気さからそんな事を尋ねる。
「とはならねぇからお前を誘ってるんだ。角を拾うにもユニコーンの縄張りに入らなきゃならねぇ。運悪く出くわしたら一人じゃ手に余るだろ? 白の森には魔物も出るしな。そういうわけだ」
「なるほど」
納得しかけるが。
「じゃあどっちにしろ危ないじゃないですか!」
狩りが目的でなくても、ユニコーンの縄張りに入るなら十分危険である。万が一遭遇したら、人の足では逃げきれない。
「まさかモガールさん、僕の事を囮にして逃げるつもりなんじゃ……」
ジト目で疑う。
「チッ、バレたか」
「モガールさん!?」
「はははは! なわけねぇだろ! 冗談だよ! ちゃんと策は考えてある。もう一人誘うつもりなんだ。ユニコーンはそいつがなんとかしてくれる」
「へー、そんなすごい人がいるんですか。どんな人なんですか?」
たった一人でユニコーンの相手が出来るなんて、物凄い実力だ。
興味本位でナイクスは尋ねるが。
「さぁな」
「さぁな?」
トンチンカンな答えに、ナイクスは困惑した。
「まだ誰か決まってるわけじゃない。自分の身を守れるくらいの実力は必要だが、処女なら誰でもいいんだ」
「しょ――」
叫びかけて、ナイクスは口を塞いだ。
竜の足跡亭には女冒険者も沢山いる。
「なに考えてるんですか!」
小声で叫ぶ。
「ん。知らねぇのか? ユニコーンは処女相手には大人しくなるんだ。冴えてるだろ?」
「知ってますけど……まぁ、そうですね」
冷静に考えれば上手い手なのだろう。処女の冒険者をお守り代わりに引き連れてユニコーンの抜け落ちた角を探す。それなら危険は、森の魔物だけ気にすればいい。ユニコーンの角は高価だから、三人で山分けしてもかなりの額になる。
「でも、どうやって探すんですか? まさか、片っ端からその……聞くわけにもいかないじゃないですか」
冒険者は荒くれ揃いだ。女だからと言って舐めてかかると痛い目にあう。お前は処女かなどと聞いて回った日には、明日からこの店にいられなくなるだろう。
「そこが問題なんだよな。処女じゃない女なら幾らでも知ってるが、処女を見つけるのは一苦労だ。大体、処女っぽい奴ってのはその手の話題を振りづらい。どうだナイクス、心当たりとかないか?」
「あるわけないじゃないですか!」
大体なんだ、処女の心当たりとは。
「だよなぁ~。そこさえ解決出来れば濡れ手に粟の大儲けなんだが……」
「やめておいた方がいいって神様が言ってるんじゃないですか? なんか、ろくな事にならなそうですし」
なんとなく嫌な予感がして言う。
どういうわけか、モガールの儲け話はトラブルが多い。
「はっ! 神様が怖くて冒険者稼業をやってられるかよ! ……ん。神様? それだナイクス! やるじゃねぇか!」
わしわしとモガールが乱暴に頭を撫でる。
「な、なんですか!? ちょっと、やめてくださいよ!」
童顔だからだろう、なにかと他の冒険者から子供扱いをされがちなナイクスであった。
「だから神様だよ! マレアは僧侶だ。あいつなら処女に決まってる!」
「モガールさん!? 声、大きいですから!?」
シーっと人差し指を立ててナイクスが咎める。こんな話をしていると思われたら恥ずかしい。幸い、今日も竜の足跡亭は賑わっていて、今の話を聞いていた者はいないようだが。
「ていうか、どうやってマレアさんを誘うんですか? 処女だからとか言ったら、いくら温厚なマレアさんでも怒りますよ?」
マレアはなんたらグラートという神様を広める為に冒険者をやっている女僧侶だ。女僧侶の模範のような女性で、優しく大らかで貞淑である。冒険者達のお悩み相談などもやっており、人気は高い。彼女を怒らせたら大勢の敵を作る事になる。
「正直もんだなぁお前は。別に理由を言う必要なんてねぇんだ。適当な理由をでっち上げて連れ出せばいい。マレアは白の森には詳しくないからな。偶然ユニコーンの縄張りに入っちまったって事にすれば誤魔化せるだろ」
狡賢いと言うなんというか……。
「騙すって事ですか?」
「人聞きが悪いぜ。都合の悪い事を言わないだけだ」
「同じだと思いますけど……」
「いいじゃねぇか。マレアだって大儲け出来るんだ。あいつ、シュブなんたらを奉る教会を建てるのが夢だって言ってたろ? こいつは立派な人助けだぜ」
「はー」
そう言われるとそんな気もしてくる。
「んだよ。やるのか、やらねぇのか、どっちなんだ?」
「それはまぁ、やりますけど……」
ここまで聞いたら嫌とは言えない。
面白そうだなと思う気持ちもあった。
「へへ、お前ならそう言うと思ったぜ」
嬉しそうにモガールが言う。
褒められている気はしないが、満更でもないナイクスだった。
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