恐怖体験短編集

ふかしぎ 那由他

第1話 俺の夏休み

 あれは、俺が高校2年の夏休みの時の出来事です。


 当時、石垣島には「モスバーガー」「A&W」の二店舗のファーストフード店しかなく、ケンタッキーやマクドナルドは那覇に行かないと食べられませんでした。

  そして、石垣島に初めて「ケンタッキー」がオープンする事となり、俺はそこのオープニングスタッフとしてバイトに勤しみ、チキンの調理に汗を流していました。

 一ヶ月にも及ぶ研修を終え万全の体制でオープンしたケンタッキーは、待ち時間二時間以上の大行列で連日多くの島民や観光客で賑わっていました。


 当時、高校の寮に住んでいたのだけれど、夏休みの間、寮は閉鎖なので父方の叔父の家の離れを借りてバイトをしていました。


 夏休みに入った7月中旬。石垣島初、ケンタッキーの店は大盛況で休憩もそこそこの大忙し。てんやわんやのバイトは毎日ヘトヘトでクタクタ。でも充実感はありました。

 そして8が中旬辺りに差し掛かったある日、店長が「オープン成功の祝賀会を三日後にする」と全員出席のいわゆる飲み会が開かれました・・・まぁ高校生のバイト達はジュースでしたけどね。

 祝賀会当日、22時に閉店してからの祝賀会だったので、始まったのは23時でした。

 次の日の7時の早出シフトだった俺は、後ろ髪をひかれる思いで祝賀会を早々に切り上げて家路に着いたのは深夜0時を回った頃でした。17歳俺は本来、時間的にアウトなのですが、まぁ時効ということで。


 叔父の家は、祝賀会会場の居酒屋からは徒歩10分くらいの距離。自転車を降りて、母屋の横の小さな門を開け足音を立てない様に離れへと向かう。これが遅番シフトの帰宅状況です。


 離れは木造二階建てで、一階に俺の寝泊りさせてもらっている部屋があり、その隣には、おじぃさん夫婦、二階には子供達の部屋がある、結構大きな離れでした。


 いつも通りに、そっと木戸を開けてると、土間があり、そこで靴を脱いで部屋へ上がる。和室10畳の広い部屋の真ん中にはせんべい布団の万年床、その横には俺の愛用のYAMAHAのアコギが一本、ギタースタンドに立てかけてある。そんな簡素な部屋の生活にも大分慣れてきていました。

 バイトで疲れていた俺は、打ち上げ途中で抜け出してきた少しの寂しさの中、ショルダーバックを置、きそそくさとシャワーに向かったのです。


 カラスの行水よろしく10分でシャワーを済ませ、明日のバイトの用意も手早く済ませました。

 日課となっているギター演奏は夜中なので弾かず、万年床へと転がり込み、寝床の中で明日のバイトの予定等考えながらウトウトしかけたつぎの瞬間!


 体を抑え込む強い力に意識が覚醒していくと同時に、か細い女性の声が耳元で囁く。

 「・・・・・・・・」

 だけど何を言っているのか聞き取れない。恐怖はどんどん増していく。


 全身を押さえ込まれる力に、半分パニック状態のまま金縛りに抵抗しようと藻掻きました。


 どれ位藻掻いていたのか分からなかったけれど、無我夢中だった所為もあって気がつくと金縛りは解けいたのです。


 「酔っているのかな?」


 祝賀会の時に、店長たち大人に見つからないように、内緒で飲んだビールの所為かもしれない。その時は、そう思いました。


 大きくため息を吐いた俺は、点いたままの照明も気にせず再び眠気に勝てず、一回伸びをして、そのまま万歳したままの体勢で眠りにつこうとした、まさにその時!


 今度は、さっきとは比較にならない程の強烈な金縛り。息をする事さえ苦しいくなる莫迦力で体を押さえつけられたのです。


 怖い!

  藻掻く!

 怖い!

  藻掻く!

 怖い!

  藻掻く!

 凄く怖い!!!


 悲鳴を上げる事も出来ない、目すらも開ける事も儘ならない恐怖の中、何回も何回も何回も藻掻く。


 恐怖と、金縛りに必死になって抗う様に、現実離れした恐怖に抗う様にひたすらに藻掻き心の中で悲鳴を上げました。

 『だ、誰か! 助けてくれぇ!』



 ◇


 何分経ったのだろうか? いつの間にか目は開けられ、くぐもった嗚咽が口から洩れました。

 そんな中、先ほどまで点いていた電気は消えていて、何故だか急に気になった方へ眼を向けました。


 足元を見る


 左


  右と視線を振り、そして視線を手の方へ視線を向けました。


 丁度バンザイの態勢で寝ていたの俺は、頭の上を見上げる感じに視線を向けると…そこには暗闇の中からゆっくりとせまる青白い肌に、真っ赤に染まった長い爪の女性と思わしき両手が見えた。

 「!!!」

 叫びかけた声に合わせたかの様に、ソレは俺の両手首を鷲摑みに!

 「!!!」

 激痛と共に引っ張られる感じがした。いいや、実際に引っ張られてる! いやだ! やめろ! 再びの恐怖に声は出ず。


 すると、女性のかすれ笑い声。

 「フフフ……」

 そして、ズル・・・ズル・・・ザザザァァと部屋中を引っ張られる俺。


 怖い…怖い…怖いぃぃぃぃ。

 「ひぃぃぃ! うわぁぁぁ」


 俺はやっと出た声…悲鳴と共に渾身の力で青白い手を振りほどく様に両腕を思いっきり振り回すと、捕まれていた女性の手を振りほどくと、四つん這いになって遮二無二部屋の隅に逃げましたた。



 ◇



 部屋の隅で自分の体を抱く様にガタガタ震えていました。


 ソレは見えないが、笑う女性の声は部屋を飛び回ってるかの様に響き渡る。


 「フフフ…フフ、アハハ、アハハハハハ」


 涙と鼻水でぐしょぐしょになった無様な俺を揶揄う様に、右から左から…頭の上から聞こえてくる女の笑い声。

 

 俺は部屋の隅で、恐怖で逃げることも出来ず、ただ怯えて硬く目をつぶって耐える事しか出来なかったのです。



 気がつくと窓のカーテンの色が朝を教えてくれました。


 いつの間にか声も聞こえなくなっていて、泣いていた自分に気が付き、居た堪れない情けなさがこみ上げる。


 腕時計を見ると6時半、出勤まで30分でした。急いで身支度をし、朝食を食べる為に足早に母屋へ向かった俺だけれど、昨晩の出来事は叔父達には勿論言えず、描き込む様に朝食を済ませてバイト先へと自電車のペダルを漕ぐ。



 ◇


 ギリギリ間に合った早出の仕込みも終わり、一段落つく。


 「ふー」とため息一つ、段ボール箱に腰掛け汗を拭いていた俺に店長が一言。


 「お前の手首のアザはなんだ? 誰かに襲われでもしたんか?」 


 はたと、汗をぬぐっていた手が止まる。そして、よみがえる昨晩の出来事。


 ふと両手首を見る。


 そこには、くっきりと残る痣(あざ)。


 この時、血の気が引く音が聞こえた、と云う不思議な体験もしました。


 ◇



 それから店長に昨晩の恐怖体験の話しをし、それを聞いたあと、店長は少し考え「んー・・・だったら俺の家に来るか?嫁さんも帰省して誰もいないしな」と言ってくれた彼の提案に甘える事にしました。

 正直、あの部屋でまた寝られる勇気はなかった。



 早出だったので夕方前にバイトを上がり、店長を連れて帰宅した俺は、叔父達に店長の口添えと適当な理由をつけ、彼のマンションでお世話になる旨をつたえ、お礼を伝え、店長の車で伯父の家を離れました。


 毎日、大行列の店。とても忙しかった、忙しかったけどバイト仲間と励ましあい、ミスをして店長に叱られては社員の人に慰められながら日々を過ごしている内に、俺の夏休みは終わる。


 明後日から2学期が始まるので明日から寮に戻ります。店長に感謝を述べ、彼のマンションを後にしました。


 忙しいバイトの日々が、あの事を忘れる事が出来たと思います。多忙な毎日が恐怖で凝り固まっていた俺の気持ちを解してくれました。


 PS.見事に両手首に残ったアザを店長は笑いながら写真撮影をし、記念にとワザワザ焼き回しをしてくれました、その写真は今も実家の何処かに眠っています。

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