2,精霊の贈り物 おわり

それから数日たち、裏の山で勉強のあと、館に戻りながらレナードがリリスに話しかけた。


「どうだい?あれからもう一週間だけど、プレゼントは来た?」


「いいえ、毎朝靴を覗きますが何も。

やっぱり世界が違うので無理なのです。」


それに、向こうの綺麗な世界から見ると、あの汚い靴では駄目なんだろうと思う。

だって、穴も開いてるし。


「どうして靴なんだろう……」


リリスの頭を撫で、レナードがため息をついた。

師もサンタ殿が無理そうなら、早く入れて置いてあげればいいのに。

気の利かない精霊殿だ。


「リリスは新しい靴が欲しいのかい?」


「いいえ、靴はちゃんと履けなくなったら頂けますし、今は持っている物で十分です。」


「じゃあ、プレゼントって何が欲しいの?」


パッと明るい顔で、リリスが手を合わせる。

目をクルクルさせて、ニッコリ微笑んだ。


「向こうの精霊様が年に一度、よい子だけに下さるという、そのプレゼントが欲しいのです!

きっとステキな物に違いありません。

お師様は、どんな物か思いも付かぬと仰います。」


レナードが、ヒョイと肩を上げた。


「そりゃあ……思いもつかないね。

でも、あんまり期待しているとガッカリするよ。」


「はい!でもリリスは、とってもとっても楽しみなのです!

楽しみがあると、毎日が楽しくてたまりません。」


キラキラの目は、期待過剰でプレッシャーがもの凄い。どうにも苦笑いしか浮かばない。


「そうか、まあ……好きにするんだね。」

「はい!」


通りで師が最近、目を逸らしてばかりで、その上めっきりやつれているはずだ。

魔導師のヒヨコでもあるリリスに、子供だましは通じないだろう。

つくづく余計なことを言ってしまったと、レナードはひどく後悔した。




その夜、弟子が住む離れのレナードの部屋を、ひっそりとセフィーリアが尋ねてきた。


「お師様、このような時間にいかがされました?」

「しっ!」


コソコソ部屋に入り、サッとセフィーリアが何やら見たことも無いような袋を差し出す。


「この赤と白の服を着て白いヒゲを付け、リーリの枕元にこの箱を置いてくるのじゃ。

良いな、しゃべるでないぞ、お前とわかってしまうからな。」


どうも向こうの世界の物らしいその袋の中を見ると、ずいぶん派手な衣装が入っている。


「これはなんです?」


「サンタという精霊は、こんな格好の変態ジジイのようなのじゃ。

来る気配もないでのう、言い出しっぺのお前がやるがスジであろう。」


そう言う師の顔は、悩んで悩んで眼の下にクマができている。

思わずプッと吹き出して、仕方なく引き受けた。


「で、プレゼントはどうされたのです?」


「うむ、精霊らしくこれにした。」


パカッと開けた箱には、小さな森の精霊が一匹。


「こ、これはストレートですね。」


レナードが顔を引きつらせて笑う。


「早うフタを閉め……ああっ!」


しかし蓋を閉めようとした時、パッと精霊は飛び立ち逃げてしまった。


「あ」

「ああ〜」


セフィーリアがガックリ座り込む。


「風の精霊など見飽きておるだろうに、どうしよう。

わしは無力じゃ。」


しかし、こうしていても仕方がない。

見回しても、レナードの部屋には子供が喜びそうな物はない。


「おのれ、これは最後の手じゃ。」


セフィーリアがキラリと目を光らせ、レナードの机にある紙とペンを取る。

レナードが覗き込んで、プッと笑った。



「一緒に遊ぶ券」「ホッペにキスの券」「抱っこの券」「何でも言うこと聞く券」



「これはなんです?」


「見ての通りじゃ、わらわのご奉仕セットじゃ。」


「それじゃ正体が誰かわかりすぎて、私がこの格好をする意味がないでしょう。」


「しかし、何もないではないか〜」


ガッカリする師の指の、銀の指輪を指さした。


「それはどうです?いずれサイズは合うでしょうし。少し術でデザインは変えて。」


アッと指輪を見て、セフィーリアが満面に笑みをたたえた。


「おお!おお!それはよい。

これは昔、地の精霊に贈られた呪い返しの指輪じゃ。

きっとリーリを護ってくれるであろう。」


セフィーリアが指からはずすと、意志を持っているように指輪は自然と形を変える。

レナードがそれを取っておいた布の切れ端に包み、精霊の逃げた箱に入れた。


「何じゃ、最初からこれにすれば良かったのじゃ。」


師がホウッと微笑み、箱を振ってコトンコトンと鳴らす。

レナードはさっそく……そして仕方なく派手な衣装に着替える羽目となった。



そうっと、サンタ姿のレナードが館を忍んで進む。

恥ずかしい格好は、クリスマスの風習のないこの世界では異様だ。


「何で俺がこんな格好……」


騎士上がりの彼には、ひどい侮辱だが仕方ない。

これも赤子の時からリリスを世話しただけに、彼もリリスの喜ぶ顔は見たい。

そっと部屋に忍び、月明かりにスヤスヤ眠るリリスの顔に微笑んだ。

そうっと師に預かった箱をヨレヨレの小さな靴の横に置く。


靴も買ってあげるように、お師様に言わなくちゃね。


と、


その伸ばした手に並んで、赤い袖に白いふわふわの手袋の手がニュッと手が現れた。


え?


箱の横に赤い小さな箱を置く、白いヒゲを蓄えたその手の主と、レナードが思わず目を合わせる。




「……あっ、サンタ様だ」




ボンヤリした声で、リリスが寝ぼけて声を上げた。


「メリークリスマス、良い夢を。」


老人の柔らかな声で、そのサンタはリリスの頬を撫で、そして壁にポッカリ空いた空間に消える。

呆然としたレナードが見ると、リリスはすでにまた微笑みながら寝入っていた。



一体あれは……???



レナードは、すでに穴が閉じてしまったその壁を見て、そして彼が置いていった箱を覗き込む。


ヴァシュラム様……じゃなかったようだが……


ウーム……



ま、いいか



「お休み、良い夢を」


部屋を出ようとするレナードに、北風の精霊が冷たい手で、開いている窓を指さす。


「ああ……ふふ、やっぱり子供だな。」


窓を閉め、そしてそっと部屋をあとにした。





翌日早朝、館にはリリスの歓喜の声が響き渡り、セフィーリアの部屋に箱を2つ大切に握ったリリスが飛び込んできた。

一つには、銀の指輪。



そしてもう一つには……


赤い箱には白く美しい、ガラス細工のような花のつぼみが数輪。



そしてそれは、夜になると美しく咲いて光輝き、見た人をひどく幸せな気分にさせて、毎夜一輪ずつ消えていった。



銀の指輪は何故かリリスの指にピッタリと合い、

そしてその後のキアナルーサとの旅の途中、

グレタガーラの呪いをはじき返してリリスを護り、弾けるように散って消えた。

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赤い髪のリリス 戦いの風 短編集 精霊の贈り物 LLX @LLX

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