精霊の贈り物(子供リリス、クリスマスの話)

1,精霊の贈り物

それはリリスが子供の時のこと。

まだセフィーリアの家には今より多くの魔導師見習の弟子がいて、小さなリリスは下働きで忙しく働いていた頃。


冬のある日、セフィーリア弟子の中でも古参のレナードが、師とお茶をしている時にふと漏らした。


「お師様、先日お見えになったヴァシュラム様にお聞きしたのですが、向こうの世界ではクリス……何とかという行事があるそうですね。

何でも町はきらびやかに装飾されて、たいそう美しいとか。

あと一週間は綺麗なので、ぜひ見に来るが良いと仰っていましたが。」


「おお、そうじゃ。

あれはな、サンタという精霊の誕生日を、甘い菓子を食べて祝う儀式だそうな。」


「サンタという精霊?それは一体どちらに属される精霊でしょうか?

あちらにも精霊が身近にいるとは驚きました。」


給仕でお茶菓子を持ってきたリリスが、横にひざまずき初めて聞くことに耳を傾ける。


「私もサンタ様と言う方の名をお聞きするのは初めてでございます。

お誕生日とは、一週間後なのでしょうか。」


セフィーリアも実はあまり詳しくないのだが、小さなリリスの愛らしい様子に身を乗り出した。


「わしもサンタ殿にお会いしたことはないが、力の強い精霊のようじゃ。

だが年に一度、自分の誕生日にだけ、派手に飾った木にしか姿を現さぬ変人らしい。

相当子供好きのようでな、よい子だけにプレゼントを送るとか。

誕生日は、確か年明け前だったと思うんだがのう。」


言いながら、お茶菓子のクッキーを一つ、そうっと隠れてリリスの口に入れる。

ニッコリもぐもぐしながら、贈り物、その言葉にリリスがレナードと顔を合わせた。


「へえ、それはまた……」


チラリとレナードが奥を見る。


使用人頭でもある、リリスの養育係のベレナは姿が見えないようだ。

レナードもクッキーを一つ取って、リリスの口に放り込んだ。


もぐもぐ、サクサク、ほんのり甘くてホッペが落ちそうだ。


「えへ、おいしい!」


レナードがしーっと指を立てる。

普段食べられないお菓子は、リリスにはごちそう。でも時々こうして隠れてもらう。


「お師様、よい子にプレゼントって、一体何が送られるのでしょう。」


「さあ、わしも知らぬが、世界中に送るとなると恐ろしい数じゃからな。大した物では無かろう。」


「どうしたら頂けるのでしょう?よい子とは、何をすればよいのでしょう?」


リリスの目がキラキラ輝いてくる。

精霊からの贈り物、それも年に一度しか姿を現さない精霊の。

きっとステキな物に違いない。


「うむ、リーリは今でも十分よい子じゃ。

きっと贈り物は届くに違いないぞ。」


「本当ですか?!でも、今まで一度もお見えになったことがないのです。

向こうへはちょっとしか行きませんし、やっぱり駄目です。」


リリスの顔が曇った。

向こうの世界は先日行ったばかりなので、早々またというわけにはいかない。


「いやいや、一晩で向こうの世界をすべて回る精霊じゃ、たまに顔を出すリーリを忘れているに違いない。

そうか、プレゼントを貰うには確かまじないがいると聞いたぞ。」


「えっ!それは知りませんでした。

どうすればいいのでしょう。」


セフィーリアが頭をひねる。


「……うーむ、そうじゃ。

サンタ殿はな、夜中枕元に置いた靴にプレゼントを入れるらしい。」


「靴ですか?

靴を置いたら、こちらの世界にもお見えになるでしょうか?」


「うむ、大丈夫じゃ。わしからヴァシュラムに言づてを頼もう。

今年はリーリの靴にもプレゼントを頼むとな。」


「良いのでしょうか?ご迷惑にならないでしょうか?」


「あれでも大地の精霊王じゃ、ドーンと任せよ。」


「本当ですか?いいのかな?」


戸惑うリリスに、レナードがクスリと笑う。


「くれるって言うなら貰えば良いんだよ、リリスは他に何も持ってないんだから、誰もせめたりしないよ。」


その言葉に、リリスがホッとして満面に笑みをたたえる。

頬をリンゴ色にして、初めて子供らしく無邪気に笑った。


「じゃあ、じゃあ、リリスは今夜から毎日枕元に靴を置いて休みます!

うれしい!うれしい、サンタ様!」


ウキウキして飛び上がり、思わずその場で一回転して転んだ。


「リリス!なんてはしたない!」


ベレナが運悪く、見ていて飛んできた。

人間ではない師の代わりにリリスをしつけるための人間だけあって、めざとく厳しい老婦人だ。


「主人の前で不作法な!

水くみはどうしました?階段の掃除は?」


ぺろりと舌を出し、シャンと姿勢を正してお辞儀する。


「あっ、はい!すぐにいたします!」

慌てて水汲みに急いだ。


でも、心は楽しみでいっぱいだ。

心も軽く、冷たい季節に一番辛い水汲みも苦にならない。




夜仕事が終わるのを待ちわびて自室に戻り、さっそくベッドと回りをピカピカに磨いた。


「サンタ様はどこから来られるんだろう。寒いけど今夜からは少し、窓を開けておこうかな。

あ、そうだ、肝心の靴を置いておかなきゃ。」


ロウソクで照らし、足下の靴を見る。


今履いているのは粗末な布靴で、ずいぶんくたびれてシミだらけで、元の色がわからないほど汚れている。


「駄目かなあ……これじゃあ、サンタ様ビックリして帰っちゃうかなあ……」


持っている靴はあと一足。

セフィーリアが買ってくれた物だ。

長旅ばかりしたせいで、その靴も穴が開いてボロボロだ。

そう言えば、旅の途中もやたら水が漏れて困ったのだ。


「どうしよう……サンタ様はこれにプレゼントを入れて下さるかな……汚いけど、許して下さるかな……」


新しい靴なんて到底無理だし、支給してもらえるのはベレナがもう履けないと認めた時だ。

仕方ないので、汚れがいくらかマシな外出用の靴をつくろうことにした。


ああ、たのしみ!わくわくする!


精霊の贈り物って、一体何だろう。

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