3、ザレルとリリス初めての旅 おわり


「魔物だ、追え!」

「石を投げろ!」


人々は石を投げ、刃物を持って追い始める者もあってザレルは慌てて声を上げた。。


「やめよ!その子はただの子供だ!魔物などではない!」


ザレルの声に、村人は立ち止まって振り向く。

しかし一人の男は、そのままリリスの後を追って駆け出した。


「待て!あの子は俺の連れだ!」


「何をそら言を!

山道で魔物が横行していると旅人から情報を得ているのだ!

あれに違いない!

何かあっては遅い、俺が切ってくれよう。」


言葉を返す男は旅の途中の騎士だろう、身なりが良く立派な剣を抜き、旅の杞憂きゆうを払うつもりだ。


ええい、わからず屋め!話を聞け!


舌打ち、ザレルが走り出す。

しかし男は足が速く、なかなかザレルも追いつけない。


「くそっ!だからちゃんとメシを食わんと力が出んのだ!」


歯を食いしばり、走っていると分かれ道で男が迷っている。

ザレルは追いつくと男の前に立ち、両手を広げた。


「話を聞かぬか!あれは俺の連れだ!

魔導師の卵で修行中の身、魔物などととんでもない間違いだ。」


「魔導師だと?一体どこの……」


男がようやく剣をおろし、ザレルの顔に目を移す。

そしてハッとして剣を納めた。


「これは……貴方、もしや本城においでの方では?」


「いかにも、城の騎士を務めている者だ。」


男がパッと明るい顔をして頭を下げる。

急に穏やかな顔になり、頭をかいた。


「これは、どうも失礼した。

私は以前、御前試合で一度貴方にお手合わせ願いましたレナントの騎士クロウ・ガレと申します。

いや、覚えておいでではないでしょう。

私もあの時兄に止められねば、あなたに討たれて今ここにはいなかったでしょうから。」


「……ああ、私も覚えている。確かに………あの時の。

私はザレル、ザレル・ランディールだ。」


あの御前試合は今思えば最悪だった。

ザレルは王の前で2人を瀕死の状態まで追いやり、この、家族に止められつつも望んできたクロウを前に試合を止められた。

王からは不興をかって、騎士長からは頭を冷やせと言われ、ケガをした騎士の夫人からののしられながら場をあとにしたのだ。

なぜ、あの時頭を下げなかったのか、相手にも家族という者があると言うことが、甘えに思えて自分の心さえ切り捨てた。


「あなたはお強い。

私はずっとあれからあなたの強さが心に残っております。

いや、恥ずかしながら、私もあれからあなたを目指して剣の鍛錬たんれんはげんでおります。

どうか、いずれお手合わせをお願いしたい。

では、供が待っておりますので、本日はこれで。

お連れの方には本当に失礼しました。

村人には私から話しておきましょう。では。」


「いや、そうして頂ければ助かる。

ではまた……お会いすることもあろう。」


クロウは、一礼して村の方向へ帰って行く。


ガサリ


音に顔を向けると、リリスが小さくなって木陰から覗いている。


「もう出ても良いぞ。まったくひどい騒ぎだ。くだらん」


吐き捨てると、リリスが飛び出てきてザレルの手にギュッとしがみついた。


「怖かったか?」


「はい」


震える声に目を向けると、ポロポロ涙を流している。


「俺も、お前の気持ちを考えず悪かった。」


だから村には入らないと言ったのだろうに、無理強いしてひどい目に合わせてしまった。

どんなに傷ついただろう。



……ふと、自分の口から出た素直な言葉に、そう言った感情に思わず愕然とした。

そんなこと、思っても口から出たことはなかった気がする。

父や母には何度も愛想を尽かされそうになり、人を傷つけてはひっそりと涙する母の姿が鬱陶しいとさえ思えていた。


何かが、心の中で変わっている。

そして、変えたのはこの子だ。


ザレルが、一つ息を吐き、そしてポンとリリスの頭を撫でた。

リリスが涙に濡れる顔を上げ、そしてごしごしと涙を拭いてザレルにニッコリと笑う。


「さあ、行こうか。」


ザレルは彼の小さな手を握り、また先へと歩き始めた。


「初めてじゃないんですが、いつも悲しくなって泣いてしまいます。

でも、今回はわかっていただけて良かった。

ザレル様のおかげです。」


「いや、だが確かに驚いたな。」


「でしょう?おかげでリリスは走るのが速くなりました。

ザレル様がいて下さって良かった。ほんとうに。」


森は静かで穏やかで、先ほどの騒ぎがウソのようだ。

リリスの手は小さくて、木漏れ日に輝く赤い髪は慣れると美しいと思う。

だが、赤い髪の魔女の言い伝えが印象的なだけに、世の人々の理解はない。


「ね、先ほどの騎士様、ザレル様を目標にとおっしゃいましたね。

やっぱりザレル様凄いです。」


「さあ、変わった奴だ。」


「うふふ……だって、ザレル様の剣は力強くて、とっても凄いんだもの。」


ザレルはふと、リリスとこうしてまともに向き合って話をしたのは初めてのような気がした。

思い返せば……

旅に出て数日は後悔で無言を押し通し、無視し続けた。

そして次の数日はイライラして乱暴になり、やがてこうして旅から脱落することばかり考えていた。

しかし、その間もリリスの態度は変わらない。

怒鳴られてもニッコリやり過ごし、無視されても怒りもしない。



負けた。



ザレルは心からそう思った。

剣も持たない非力なこの子は、自分を受け入れ、ただ共に同じ道を歩いている。

自分は人を傷つけながら、自分も傷つけていたのかもしれない。

自分の剣に大義名分など無かった。

ただ剣を振り回すことで、自分の存在を誇示こじしたかっただけなのだ。

自分は、ただの狂獣だ。

人の道をとうに外れて歩いていた。


しかし、それを、この小さな子供が易々やすやすと見破ったのだ。


そして、導いている。

人の道を。

この生まれついて険しい道を歩く、小さな子供が。


「お前は、俺をどうしたいのだ。」


リリスは、笑いながらザレルの手を小さな両の手で包み頬に当てた。


「大きな手……

この大きな手で、あなたに、守って欲しいのです。

リリスは、とても弱いから。」


「ふふ、お前は主の盾にもならなければならない使用人だろう。

騎士の俺が、使用人のお前を守るのか?」


「はい。だって、ザレル様はとってもお強いんですもの。

あなた様の前に立つ人は、みんなそう思います。守って欲しいって。

だからあなた様の剣には、心がなければならないとリリスは思うのです。

言葉で上手に言えないけれど、そう思うのです。」


「お前は、本当に普通の子供じゃないな。」


「ええ!昔、精霊のいたずらっ子って言われたんです。

うふふ、リリスはそっちの方がステキです。」



これが、子供の言うことだろうか。

少しも自覚のないこの子が、空恐ろしくもある。

一体、この子を捨てた産みの親はどんな人間なのだろう。


空を見上げ、リリスが日の光に手をかざす。

風が二人の回りを吹き抜け、ザレルは風の精霊たちの笑い声が聞こえた気がした。

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