2、ザレルとリリス初めての旅

ザレルが後悔も入り交じったため息をつく。

狂獣と恐れられ、剣を持つりゅうとした大男が小さな子供を前に呆気にとられ立ち尽くす姿。

さぞ、みっともない姿だったろう。

周りを驚かせたその姿はしかし、他の思いとは別にザレル本人はたいそうな衝撃を受けていた。

ザレルは結局子供が急かすままに、あれよという間に剣を奪われこうして共に旅に出ることとなってしまったのだ。


旅は厳しい上に厳しく、普通ではない。

食べるものは自然の草木の物。

ひたすら日暮れまで歩き、狩りをする間もなく夜はたきぎを集めて火をおこし、食える物を探すだけで精一杯だ。

酒や肉を主として鍛えていた身体も、すっかり痩せて落ちたように思える。


「だいたい……お前も自分の仕事はどうした。

勝手に出てきて勝手気まま、とんだ使用人だ。

子供だからと言って、甘すぎる。」


「それはどうぞご心配なく。

使用人の方々には、許しを得て参りました。

怒られるのも慣れております。

もちろん皆様すべてに気持ちの良い返事は頂けませんが、帰りましたらもっともっと沢山、沢山働いてお返しします。

朝はもっと早く起きて、夜はずっと遅くまで働けば良いだけです。

魔導師としての修行も怠りませんが、しばらくは使用人としてのお仕事を大切にします。

リリスがこうして旅に出られるのは皆様のおかげ、感謝しております。」


祈るように合わせる子供の小さな手は、荒れ果てて手の甲にはムチのあとも新しい物古い物が残って痛々しい。

わかっているのだ。

この子に自由など無い。

だが、それを辛うじて許しているのはセフィーリアの口添えがあるからこそ。

養育係は相当きつい老女だと聞く。


「そこまでして、どうしてこんなきつい旅をする。」


「さあ、それは……リリスにもわかりません。

でも……旅に出て良かったと思えることがあるのです。必ず。

いつか、死んでしまうこともあるかもしれません。でも、私には何もないから……

もしかしたら……その、何かを探しているのかもしれません。」


ザレルがハッと顔を見る。

何が、この小さな子供にそんな言葉を言わせるのか。

でも、この子は絶望していない。

遠く何かを見つめる目が、その何かに希望を持っているのだと感じた。


「お前はちっとも子供らしくないな。

一体いくつだ?」


「はい、リリスは拾い子ですのではっきりしたことはわかりませんが、きっと九つくらいだと思います。

子供らしくないとよく言われますが、子供っぽいってどう話していいのかわかりません。

それに……養育係の方にとっても叱られてしまうので、仕方ないのです。

申し訳ありません。」


頭を下げ、ニッコリ笑うリリスに、ふと同情してしまう自分にハッとする。

ザレルは苦々しく唇をかみ、また先を歩き出す。

リリスはその後ろを、ピッタリと付いて歩いた。


「とにかく、俺は食い物が足りないんだ。

お前が肉を食うなと言うなら、それでいい。せめてパンを買わせろ。

山を下りたらとにかく村に行ってパンを買うぞ、いいな。」


「ええ。じゃあ、果物も買ってきましょう。

お師様からお金をいただいておりますので、それをほんの少し使わせていただきます。」


その言葉に、ザレルが愕然がくぜんとする。


「お前!買ってもいいんじゃないか?

もう何日だ、こんな目に合わせおって手打ちにするぞ!」


「あはは、こんな事もたまにはよろしいでございましょう。

普段の生活でにぶった身体を、引き締めるのは良いことだとシールーン様もおっしゃっておりました。

お師様はとんでもないと反対なのですが。」


「そりゃそうだろう。お前は子供だと言うことを忘れそうなほど大人びたことを言うが、人間としてはまだヒヨコだ。

悪くすると、人売りに売られてしまうぞ、人間悪い奴も大勢いる。」


「ええ、これまで3回ばかり。どうもリリスの色違いの目や赤い髪は、見せ物小屋と言う物にはとても向いているのだそうです。

でも、風の精霊がお師様を呼んできて下さるので、無事に済んでおりますが、あとで凄く凄く怒られます。

とっても怖いのです。だから、この姿を知って優しくして下さる方には、ちょっぴり警戒してしまいます。」


「お前は十分警戒した方が丁度いい。

まったく、見てるとはらはらする。」


「はあ、そうでしょうか?

だいたい初めてお会いする方は、悲鳴を上げて逃げて行かれるんですが。」


確かに、山で出会う人々は驚いた様子でジロジロと見ては急ぎ足で立ち去って行く。

山を下り始め、ふもとの町が近づいてくるとリリスは、夜に使う薄い毛布を取りだして頭からすっぽりかぶってショールのように巻き付けた。


「私は山の入り口で隠れて待っております。

もし呼んでいなかったら、先に行って下さい。一本道ですから私が探して近くに参ります。」


「どうして付いてこない?」


「私は化け物ですから、きっとご迷惑をおかけしますので。

いない時は追われたかどうかなので、ご心配いりません。」


笑って、村人の姿を見ては急いで顔を隠す。

ザレルはその姿に眉をひそめ、彼の手を取った。


「来い、お前は俺の導き人だろう。

俺は監視役がいないと逃げ帰ってしまうぞ。」


「でも……」



腕を引いて村へ入ると、リリスはひどく緊張している様子で、押し黙ってしまった。

不安げに毛布を押さえ、ひどく気にしている。

小さな村だが店も並んで人通りも多く、ザレルは握る手をリリスの腕から手の平に移してしっかりと手を繋いだ。


「あ……」


リリスがびくりとして、そっと見上げる。


「はぐれぬようにだ、お前は小さいからな。勘違いするな。」


「はい」


リリスは早く買い物を済ませ村を出たいのだろう、キョロキョロ忙しく店を探し出し、ザレルの手をくいくい引っ張る。

果物を山と積んだ店に行き、果物を指さした。


「これとこれ、4つずつ下さい。

それと、あれも。」


顔を隠しながらも警戒し、赤い方の目を閉じて見回す。

しかし背が低いのでよく見えない。

顔は上げると見えてしまう。

どうしようもなくいると、挙動不審で売り子のおばさんが怪訝な目でジロジロとのぞき込んでくる。


「お前さん達旅人かい?」


「え、ええ、巡礼の途中なのです。」


「ああ、そうかい。見たところまだ小さいのに……

しかし、お父さん大きいねえ。最近この辺は日が沈むと盗賊が出るから、気をつけて行きな。」


「えっ?あ、はい!」


お金を渡すと、果物を入れたかごをザレルに渡してくれる。

背の袋にその果物を入れて、カゴを返しながらザレルがムスッとおばさんを睨んだ。


「おお怖い。親父さん目つきが悪いねえ、それじゃ損するよ。

ほら坊やにはおまけ。」


一番大きなリンゴを一つリリスに渡し、毛布越しに頭を撫でてくれた。


「ありがとうございます」


リリスがぺこりとお辞儀して、ザレルと店を離れる。

リリスは大事に大きなリンゴをにぎり、クスクスと笑った。


「こんな事、初めてです。びっくりしました。」


「俺も親に間違えられたのは初めてだ。無礼者め。」


「うふふ、お父さんってこんな感じなのかな。

どうぞお許し下さい。うふふ……」


嬉しそうな声のリリスに、ザレルはまあいいかと彼のリンゴを背の袋に入れてまた手を差し出す。

リリスが嬉しそうに手を繋ぎ、その手をギュッと握った。


「人が怖いか?」


「いいえ。人は怖くないけど、追われるのは怖いです。

この姿のせいだとわかっていますが、何を言っても聞いては頂けないし、私には逃げるので精一杯なのです。」


「お前も大変だな。」


「いいえ、もう慣れました。でも新しい所ではどんな反応されるか怖いので緊張します。」


パンを買い、豆や木の実を買って袋が一杯になる。

ザレルがこれならとうなづき、ようやく村を出ようとしたときだった。


「ねえ、お母さん、お母さん!」


「まあ、甘えっ子だねえ。」


声に振り向き、母親に甘える同年代の子をぼんやり見つめて歩いていると、頭の毛布が人に当たってズレ落ちる。


「あっ!しまった。」慌ててももう遅い。


「わあっ!なんだ?」


「化け物!」


「あ、あ、あ、どうしよう。」


赤い髪があらわになって聞き慣れたひどい言葉が飛び交い、慌てるリリスがつい閉じていた赤い方の目を開いた。

見たこともない色違いの目に悲鳴が上がって、ますます騒ぎが大きくなり、騒然とあたりに緊張感が走る。


「だめ、だめです。ザレル様、お先に参ります。」


リリスは急いで毛布を手に、山の方へと一目散に逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る