赤い髪のリリス 戦いの風 短編集 精霊の贈り物

LLX

ザレルとリリス初めての旅

1、ザレルとリリス初めての旅

ザレルが、先を行く小さな子供にため息をついて後を追う。

子供は、拾い子と聞いたがまだ10才は満たないだろう。

それでも山越えの厳しい道のりを音を上げることもなく、小さな足でただひたすらに歩いて行く。


「ほら、あの山の谷間に水の女王様がいらっしゃるのです。」


高台の見通しの良い景色の広がる場所で、もう一つ先のまだ小さく見える山を指さす。

そこは川の始まり、水の精霊王シールーンが住んでいる。

シールーンは人嫌いで有名で、川下に神殿を持っているがほとんどをその、人も簡単に近寄れない谷間にいるのだ。


「崖を降りるか、川をさかのぼっていくんです。

リリスはいつも崖を降りていきます。

風の精霊たちが手伝ってくれるので、ちょっと上手に降りられるようになりました。」


振り向いた子供は、赤とグレーの瞳を輝かせ、赤い緩やかな巻き毛を風に揺らしながら笑った。

並んで立ち止まり、思わずいつものクセで腰の剣を下げていた場所に手が行く。


「あはは、ザレル様、まだお手が剣の場所に行くのですね。」


笑われてザレルは、ムスッとしてプイと目をそらし子供を追い越して先を行く。

普段、寡黙かもくでじっと獲物を待つような男も、さすがに普段下げている剣も無しでは心細く落ち着かない。

腹の中では色んな感情がぐるぐる回って、いつになくざわついていた。



寒い、腹が減った、酒が飲みたい。いいや、そんなことよりとにかく剣が欲しい。



そう言う強烈な欲求も、一言も泣き言を言わない子供の手前グッとこらえて飲み込む。

彼は今、歩きながらそう言ったストレスと闘い、しのんで、ついに限界を越えそうだった。



どうして俺はこんな身分の低い子供と一緒に旅をしているんだ。

セフィーリア殿の使用人とは言え、無礼にもほどがあるじゃないか。

俺はこれでも騎士だぞ。

肉を切り、骨を断つことの何が悪い。

狂獣と呼ばれることは、俺の誇りでもあるんだ。

殺して恨まれて、それで騎士として一人前だ。

そんな俺から剣を取り上げて、何がまだ間に合うだ。



ブツブツ心でつぶやきながら、ひどく不機嫌で腹が立つ。

装備も食糧も不足した厳しい旅に、疲れが溜まってイライラしていた。


「俺はふもとに降りたら宿を取る、お前の野宿に付き合っていられるか。

剣もない丸腰で、襲われても手も出ない。

もうグリンガに襲われるのもこりごりだ。

お前は勝手にしろ。」


言い捨てて歩いていると、後ろからとっととっと小走りで追いかけてくる足音がする。

そして、そうっとザレルの顔をのぞき込んできた。


「お疲れなのですか?どこか具合がお悪いのでしょうか?」


ザレルは無視して言葉を返さない。

しかしリリスはおくすることなく、並んで歩く。

驚いたことに、歩幅の大きなザレルに遅れることなく、リリスの足は疲れを知らないようだった。


「それは困りました。それでは修行になりません。」


「俺は修行に来た覚えはない。」


「あれ?じゃあリリスの勘違いだったのでしょうか?」


「お前が勝手に俺の手を引いたのだ。ふざけるな。」


「だって、あなた様には修行が一番いいと思ったのです。

でも、山ごもりというわけには参りませんでしょう?

あなた様はとってもお強いから、山にこもっても全然怖くないしひまがあると動物を殺して食べてしまうかもしれません。

それじゃ、なんのための修行かわかんないのです。

だから、旅が一番いいと思ったのです。」


ザレルがカッとして立ち止まり、足を踏みしめる。

腰に剣はない。

そのことが余計に腹立たしい。

もう、彼の心はキリキリと悲鳴を上げているようで、すでに限界だった。


「何が修行だ!食うのは木の実や草ばかりで食う物もろくにない。

それにだいたい、武器は旅の必需品じゃないか。

それ、そこを行く商人だって剣の一本くらい持ってるのが普通だ。

剣もなければ狩りもできん、丸腰じゃ身を守ることもできない。

お前は馬鹿か?

やってられない、俺はもうやめる。お前は勝手にしろ!」


リリスはキョトンと人差し指を桜色の唇に当て、青い空を仰ぐ。


「はあ……そうですね。

リリスは学校に行ってないから、馬鹿かもしれません。

さて、…………私はどうしましょう。」


つぶやいて、しばし無言で空に見入った。



ザレルがふと、悪いことを言ってしまったかと眉間にしわ寄せ、苦々しい顔で顔をそらす。

セフィーリアとは知り合いだけに、リリスの事は知っているし事情も聞いている。

彼女が可愛がっていることは知っていたが、それでも親無しの使用人だ。

しかも、容姿は良くてもこの色。

この国では忌み嫌われて、誰も寄りつかない。

身分が低い上にそれでは、学校も敬遠するのはうなずける。

自分も最初は、まるで血をかぶったようなガキだと思って気味が悪かった。

だが先日、騎士の鍛錬場たんれんじょうを見に来たセフィーリアが供に連れてきた。

彼女が何を考えて、こんな子供をあんな血生臭いところに連れてきたのかは知らない。

皆、なんて奴を連れてくるんだと思いつつも、礼儀を重んじるだけに何も言えなかった。

だが、ちょうどいさかいを起こして相手を倒し、血だらけになっていた俺を見るなり、このガキは厳しい顔でこう言った。


「あなたの戦いには心が見えませんでした。

私と人としての道を探しに参りましょう、今ならまだ間に合います。」


俺は、馬鹿みたいにポカンと立ち尽くした。

それが、教養もないこの小さな子供が言ったこととは思えなかったからだ。

今思い出しても情けない。

血の付いた剣を向けても動じなかった丸腰の小さな痩せた子供に、おくしたのは猛獣のような自分だった。

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