それは秘密
「お帰り、ミレイユ」
「おじいしゃま!」
離れの前で待っていたどころではない。
ましてや屋敷の前でもない。
エドガルトは、門前で可愛い孫たちの帰りを待っていた。
馬車の下り口から直接孫娘を抱き上げたエドガルトは、ミレイユの大好きな高い高いをする。
「わあ!」
明るい笑い声に、泣き疲れて眠っていたライリーも目を覚ます。
「あ~、あ~」
一歳のライリーは、まだ「まま」以外の単語は話せない。
それでも、満面の笑みで手を伸ばされては、未だ「ぱぱ」や「じじ」と呼んでもらった事のないセスたちも、イチコロでやられてしまうのだ。
ちなみに、どちらが先に呼んでもらえるか、セスとエドガルトとでメラメラとライバル心を燃やしている事をアデラインは気づいていない。
「おお、ライリー。お帰り。疲れただろう。さあ、じじの所においで」
「いえ、二人を抱えるのは大変でしょう。義父上はミレイユを抱っこして下さってますから、ライリーは僕が連れて行きます」
こんなやり取りも、今となっては当たり前の様に見られる光景だ。
「問題ない。二人とも羽のように軽い。私ひとりで楽に運べる」
「いえいえ。僕が抱っこしますよ。義父上が腰を痛めでもしたら大変です」
「痛める訳がない。私はまだ41だぞ?」
「おや、そうでしたか。聞いたかい、ライリー? じじは思っていたよりもお若いようだぞ」
「セス。お前がじじと言うな」
「あれ? 義父上がご自分でそう仰ったのではありませんか。嬉しそうな顔でご自分のことを『じじ』と」
「もう、おとうしゃま、おじいしゃま。けんかはだめよ?」
頬を膨らませ、めっと怒るミレイユに、それまで火花を散らしていた二人もしゅんと静かになる。
アデラインはそんないつもの光景に、くすくすと幸せそうに笑った。
これが、今のノッガー侯爵家の風景。
ようやく手に入れた、当たり前の幸せのカタチだ。
エドガルトは今も胸元にあのスケッチ画を忍ばせているのだろうか。
セスはもう、それを義父に問うつもりはない。
持っていようと持っていまいと、義父はもうあの絵に縋ることは止めている。
お守りのようにそっと胸に手を当てる事も、もはやない。
生活の拠点を離れに定めたエドガルトは、デビッドを始め、アーリンの死に際してまとめて別邸へと移動させたかつての使用人たちをこの離れへと呼び戻した。
幼い頃のアデラインを見たきりだった彼ら彼女らは、アデラインとその夫、そして腕の中の赤子を見て涙を流して喜んだ。
--- 戻って来ないのなら、孫を抱かせてあげられないかも ---
エドガルトがそんな子供騙しに似た脅しに屈した結果、今の全ての幸せに繋がったのだと知っている者は殆どいない。
たぶんそれを知る者は当事者同士である二人と、内情を知るショーンと、その父デビッド。
そして、もしかしたらアデライン。
眠っていたように見えたから、本当のところは分からない。
けれど、それからアデラインは、口癖のようにいつもこんな事を言っていた。
--- セスに会えて良かった。貴方がすべてを変えてくれたの。
愛に怯えていたわたくしの心も、どうしたらいいのか分からずにいた屋敷の皆のことも、逃げることでしか愛情を表せなかった父のことも ---
--- ぜんぶ、ぜんぶ、貴方が変えてくれたのよ、セス 。
大好きよ、セス。愛してるわ ---
ノッガー侯爵夫人アデライン・ノッガーは、セシリアン・ノッガーに深く愛され、三人の子どもに恵まれる。
セシリアン・ノッガーは、後に国王として即位するレクシオ王太子の側近として、陰に日向にレクシオを支え続けた。
その忠実な働きは生涯変わらなかったという。
ノッガー侯爵家の家族の肖像画は、高名な肖像画家ランジェロによって、毎年一枚ずつ増えていく。
最初は夫婦二人。
それが翌年には娘と三人。
その次の年からは、そこに前侯爵であるアデラインの実父も加わった。
その二年後には新しく息子が加わり、さらにその二年後にはもう一人の息子の姿が描かれていた。
なかなか仕事を受けない事で有名な肖像画家ランジェロも、ノッガー侯爵家の肖像画の依頼は進んで引き受けていたという。
おしどり夫婦として知られたセスとアデラインは、社交界でも周囲から羨まれる存在となった。
また国王王妃両陛下からの信頼も厚かったという。
さて、あの日ミレイユが吐露した若き王太子への幼い憧れだが。
その憧れが、果たして本物の恋となって実を結んだのか、それとも後に別の麗しい令息が現れて彼女に本当の恋を教えるのか、それはここでは秘密にしておこう。
彼女を恋愛脳にする方法 冬馬亮 @hrdmyk1971
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