第12話 甘える相手=ママ
「あれ......ここに置いといたのに……」
「由乃、何か探し物?」
冷蔵庫の中を覗き込み、ゴソゴソと何かを探している由乃に彩音が声をかけた。
「冷蔵庫に入れといた、”飲んでから最初に見た人に甘えたくなる薬”がない」
「ちょっと待って、なにサラッと変な薬を冷蔵庫に入れてるの? えっ、もしかしてそれ由乃が作ったん?」
「そうだけど」
「いや凄くない!? 由乃にそんな特技があったの!? なに、もしかしてそれ飲んだら甘えん坊になっちゃうってこと!?」
「うん。最初に視界に映った人に対してね」
由乃の隠された特技に驚く彩音。それと同時に、そんなもん冷蔵庫に入れとくなとも思った。
「もしかして、それをご主人さまに飲ませて自分に甘えさせようとしてたんじゃ……」
「……何でわかったの? 彩音ってエスパー?」
「いや普通に考えれば分かるでしょ……。でも、いいなあ……ご主人さまが甘えてくるんだ……」
自分を彩音お姉ちゃんと呼び、甘えてくる智也を想像してうへへとニヤける。しかしあることに気付くと、その妄想も一瞬で吹き飛んだ。
「あれ? それがないってことは……」
「誰かが飲んだ可能性がある……」
それやばいんじゃねと言いたげに顔を見合わせる彩音と由乃。直後、ふたりの予感は見事に的中した。
『ママー!』
「この声は……」
「まさか……!」
聞き慣れたその声がした方向に向かってダッシュするふたり。食堂を出ると、廊下の真ん中で智也が千鶴に抱きついていた。
「あらあら、ご主人様ったら......。とうとう
「ぼ、坊っちゃま? 甘えたいのでしたらこの撫子に......」
「や! ママがいいの!」
千鶴を何故かママと呼ぶ智也に拒絶され、撫子は膝からガックリと崩れ落ちた。勝ち誇った表情を浮かべる千鶴は、智也の頭をよしよしと撫でている。
「ちょっと千鶴!? あんたどんな卑怯な手を使ってご主人様を籠絡したの!?」
「あら沙月さん、負け惜しみはみっともないですわよ。ご主人様が私に母性を求め、こうして甘えてくださっている......それだけのことですわ。さあご主人様♡ 私の部屋でふたりきりで愛し合いましょう♡」
「うん! ママ大好き!」
満面の笑顔で自分の胸に顔を埋める智也を、千鶴が慈愛に満ちた表情で優しく抱きしめる。
「ふふっ。ご主人様はおっぱいが大好きですのね......♡ そう焦らずともたくさん吸わせて差し上げますわ♡ そういうわけですので皆さん、これから私とご主人様は愛の営みを行いますので邪魔しないでくださいね」
自分をママと呼んでいることには疑問を持たず、むしろヤル気満々の千鶴。当然ながら他のメイドがそれを許すはずはないが、智也本人が千鶴にベッタリなので無理やり引き剥がすということも出来ずにいた。
「ちょっと待ったぁー!」
「千鶴、そこまで。今のご主人様は正気じゃない」
千鶴によって智也の童貞が奪われる危機は、彩音と由乃によって阻止される。
「彩音さんに由乃さん......。そう言って私からご主人様を奪うつもりですの?」
事情を知らない千鶴はキッとふたりを睨みつけ、智也は渡さないとばかりに一層強く抱きしめた。
「千鶴、聞いて。今のご主人様は薬の影響で千鶴に甘えたがってるだけ」
「薬だって? まさか由乃、ご主人様の様子がおかしいのは君のせいなのか!?」
「実は、かくかくしかじかで......」
花蓮の言葉に気まずい顔をしつつも、由乃は事のあらましを説明する。
「まるまるうまうま、というわけですか。まったくとんでもない薬を作ってくれたもんですね......。後で私にもください」
「とにかく、今のご主人様を下手に千鶴から引き離そうとするとギャン泣きする恐れがある」
さり気なく薬を要求する梓をスルーしてそう言う由乃に、千鶴がフフンと得意げな顔で歩み寄った。
「では、私が責任を持って......」
「けど、千鶴に任せたら確実にご主人様の童貞は喪失する」
「ちょっと! いくら私でも節操くらい持ち合わせてますわ! ご主人様とは、お互いに愛し合った状態で交わりたいですもの......♡」
「あーはいはい。つまり千鶴の側にはいさせてあげるけど、間違いが起こらないように私達で見張るってことね?」
「そういうこと」
顔をポッと赤らめ、体をくねらせる千鶴に舌打ちしながら確認する沙月と由乃。他のメイドもそれがいいだろうと頷くが、千鶴は納得していない。
「見張りなんて必要ありません! そんなに私のことが信用出来ませんか!?」
「「「出来ない」」」
バッサリとそう切り捨てられ、唇を尖らせる千鶴に智也がギュッと抱きつくと千鶴も抱きしめ返す。そんなやりとりを目の前で見せられるメイド達は、何で自分じゃないんだ畜生と心の中で叫び血の涙を流している。
ちなみに先ほどから黙っている撫子は、智也に拒絶されてずっとへこんでいた。
変態メイドはご主人様を愛しすぎている @wasabisenpai
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