凡人と純文学『短編集』

村上龍一

飛行機

小さな窓から外を覗いてみたが、以前のような平穏が戻るとは到底思えない。

私は、離陸を控えた飛行機の中にいた。

そのうち私を載せた飛行機は機体をガタガタと揺らし始め、滑走路へとむかった。

離陸の順番を待っている間、私が見ていた映画はクライマックスを迎えた。

間違って、話を飛ばしてしまったようだ。

そうはいっても、人生に起承転結は存在しない。

始まったと思ったら呼吸をするために、命をかけて、産声をあげる。

まあ、何が起こるかなんてわからないのが人生よ。


ロンドンは夜だった。

外を見ると、一面窓ガラスの空港のあかりが、闇夜を照らす。飛行機の離陸のための目印の明かりが、灯篭流しを彷彿とさせる。

そのうち、飛行機はスピードをぐんぐんと上げ、上昇していった。

窓は、空港全体を見せ、ロンドンの街を見せた。ロンドンの灯りは血管のように道を染め、星屑の如く輝いていた。

空は闇だった。

空と地面がひっくり返ったと思った。

もし私が今見ている景色が、誰かの産物であるのなら、私の人生もまた誰かの産物なのだろう。なんと虚しきこと。

私達は、誰かが作り上げたバーチャルの世界を生きているならば、何故、私達は、病み、痛み、苦しみ、傷つかなければならないのだろう。

理解ができないのだ。

こうして空の上から、無抵抗にこの景色を眺めていると、散らばっていた雑念のピースとピースが揃い始める。

だからといって、この抽象的な観念を記憶していく理由は見つからなかった。


私の体と思考は、空へとのぼっていった。

静かな機内には、気流に邪魔をされて揺れる飛行機の進む音だけが響いた。

「只今離陸しました。」

といったのだろう。

英語で、機長のアナウンスが流れた。 

私は映画を巻き戻して、また、最初から見始めた。









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