第40話 ピリオド
思わぬトラブルがあったものの、ダンスパーティーは無事に終了した。予行練習中の騒動で少しピリピリしたものになってしまったことだけが心残りだ。これはぜひ、来年に生かさなければならないな。
ダンスパーティーが延び延びになってしまったせいで、それが終わるとすぐに冬休みに入った。冬休みが終われば、残すイベントは卒業式だけである。
「フェル、本当に行くのですか?」
「ああ、行くよ。少しでも早くこの指輪を捨てたい……じゃなくて、返したいからね」
俺の手のひらの上には封印の指輪が転がっている。夏休みのあの日、用が済んだら指輪は返すと約束していたのだ。一刻も早く王家所有の湖に行って処理したい。
「私も一緒について行きますわ」
「あ、私も私も! 一緒に行ってあげるわ」
「ありがとう、リア。一緒に行こう。ただしビラリーニョ、テメーはダメだ」
「なんでよ!」
ダメに決まっているだろう。あそこは王家のみが利用できる特別な場所。殿下の右腕である俺ならギリギリ許可をもらえると思うが、平民は無理だ。
俺たちは今、ガジェゴス伯爵家のサロンで話している。
なんでビラリーニョがいるのかって? 帰る場所がないからだよ。夏休みの間は好感度の高かったギルバートのところで世話になっていたそうだが、今はいない。
行くところがなくなったビラリーニョは事もあろうか、事情を知るリアに何とかして欲しいと頼んだ。
心優しいリアはその事に大いに同情し、冬休みの間はトバル公爵家で過ごすことを許可したのだった。
話を聞いたところによると、王立学園で攻略対象のどれかを落として、そのままゴールインするつもりだったらしい。王立学園に入学するときに必要なもの以外の全てを処分してきたそうである。もちろん家も。
それって、後先考えなかった自分の自業自得なのではなかろうか。それなのにどうして俺たちにたかるのか。転生して見た目が良くなっても、中身は変わらなかったようである。
「まあまあ、フェルもそう言わずに。一応、ステラも関係者でしょう?」
「そうですわよね、エウラリアお姉様!」
「俺には邪魔したいだけに見えるんだが……」
殿下からの許可ももらい、俺たちは湖近くの洋館へとやってきた。殿下たちは同行しなかった。いわく「冬にあそこに行くヤツがいるか」だそうである。行ってみて分かった。雪がすごい。
「こんな季節にようこそ。お待ちしておりました」
館を管理する使用人たちが歓迎してくれた。この時期はだれも来ないようであり、ほとんど室内で過ごすことになるらしい。案内された室内には暖炉に火が入っており、暖かい空気と共に俺たちを出迎えてくれた。
夕食も終わり、夜を迎えた。暖炉に薪をくべながら彼女が現れるのを待った。館の住人が寝静まったころだろうか。リアが何かの気配を感じたようである。
「フェル、いらっしゃいましたわ」
「そうか。リアに取り憑く必要はあるのか?」
『いえ、その必要はありません』
白いモヤのようなものが目の前で人型を形作った。初代王妃様である。それを見たビラリーニョが指を指して叫んだ。
「お、お化けー!」
「静かにしろ。他の人が起きるだろうが!」
「フェルも静かにしなさい!」
ギャーギャーと騒ぐ俺たちを見て、初代王妃様がほほ笑んでいる。
『大いなる悪を封印してくれてありがとうございます。あなたも良く勤めを果たしてくれましたね』
「え? 私? 特に何にもしていないんだけど……」
ビラリーニョがこちらを見た。そんな目で見られても知らんがな。俺たちは顔を見合わせた。だれも知らない話である。
『ステラ、あなたは古の王家の血筋を引く者なのよ。お父様から何も聞いていないのかしら?』
「はあ……私が物心ついたときにはすでにいませんでしたから」
『……そうだったのですね。つらい話をしてしまってごめんなさいね。でも、こうして私と話すことができることが、何よりの証拠よ』
なるほど、あの珍しいピンクの髪はだてじゃないと言うことか。となると、血筋をたどればリアとつながっているということか。とてもそうは思えないけどね。
「約束どおり封印の指輪を返しに来ました。どうすればいいのですか?」
『前回と同じように湖に行って下さい。湖の主が湖の奥深くに封じてくれます』
「分かりました。それでは行ってきます」
俺は分厚いコートを羽織った。リアとビラリーニョもそれに従う。
「行くのは俺一人で十分ですよ」
「最後まで見届けますわ」
「私もご一緒しますわ、お姉様!」
あいつ、俺が断ることを分かっててリアにお願いしているな。なんてヤツだ。俺は防寒の魔法を使い、湖へと向かった。
これだけ寒いのに、不思議と湖は凍っていなかった。さすがはいわく付きの湖だけはあるな。
「ここって、イベントの湖?」
「たぶんな。初代王妃様も出てきたし、可能性は高いと思う」
ありがたいことに、ボートは桟橋につながれたままだった。慎重に二人をボートに乗せると、水面ギリギリに船を浮かべて、滑るように押し出した。
前回進んだときと同じ方角だ。このまままっすぐに進めば、あのウナギもどきがいた場所にたどり着くだろう。
「フェル、あそこの水面が光ってますわ!」
リアが見つけた光の場所へと船を進める。しんしんと冷える湖面に幻想的な光の波紋が広がっている。ここに指輪を投げ込めば良いのかな?
そう思っていると、にわかに水面が騒がしくなってきた。それは大きな揺れとなって、ボートを揺らした。
リアとビラリーニョが両腕にひっついてきた。身動きが取れぬ。仕方がないので、ボートを湖面から五メートルほど上空に浮かべた。
そのとき、湖面から大きなウナギの顔が現れた。どうやらこっちが本物の湖の主のようである。
湖の主は大きく口を開けた。どうやらそこに投げ込めば良いみたいだな。指輪を投げ込むと、パクリと食いついた。そしてそのまま再び湖底へと戻って行った。
「あれがこの湖の主……」
「そのようですね。何とも愛想がないことで」
「リヴァイアサンはこの大陸の守り神なのよ。人間のご機嫌なんてとるはずがないわ!」
ドヤ顔で語るビラリーニョ。ハイハイ、そうですかー。ヤツは確か「レイクサーペント」だったはず。勝手に話を作るんじゃありません。
リアは「あれがリヴァイアサン……」と絶句していた。リアも騙されるんじゃない。あれはウナギの化け物だろうが。
無事に指輪を処分して部屋に戻ると、早々に暖炉の火を強くした。いくら防寒の魔法を使っていたとしても、寒さの全てを防ぐことはできない。
俺たちはリアを間に挟んで団子のように体を寄せ合った。
「これで一件落着か。ビラリーニョと結ばれるエンディングは回避されたし、ようやく安心できそうだ。言っておくが、殿下を狙うなよ。しばくぞ」
「わ、分かってるわよ。殿下とは一つしかフラグが立っていないし、諦めてるわよ」
「そうか、それでいい」
良かった。本当に良かった。これで今日から枕を高くして寝ることができそうだ。
「そうなると、ステラは来年度、頑張らなくてはいけないわね」
「大丈夫ですわ、お姉様。来年度は新しい攻略対象が追加されますので、そちらを攻略いたしますわ」
新しい攻略対象が追加される? パッケージには載っていない隠しキャラがいるのか? いや、それなら今年中に絡んでくるはずだ。そうなると、嫌な予感がするぞ。
「攻略対象が追加される? どういう事ですの?」
「新たに攻略対象が追加された続編があるんですよ」
「ちょっと待て。今すぐその続編がどんな内容なのかを詳しく説明するんだ」
「ぐえ、ちょっとお兄、ぐるじい……」
「フェル、ステラの首が絞まっておりますわ! ステイ、ステーイ!」
眠れない夜はまだまだ続きそうである。
――終わり――
****
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
かわいい婚約者と一緒にハッピーエンドを目指します! えながゆうき @bottyan_1129
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。