第39話 告白

 クルリクルリと音楽に合わせてリードする。腕の中のリアは楽しそうな表情である。

 ダンスは小さいころから嗜んでいたし、両親からも、先生からもお墨付きをもらっているので自信はある。それにリアとは何度も踊ったことがあるのだ。緊張する必要はなかった。


「フェルと踊るのは楽しいわ」

「俺もだよ、リア」


 二人だけにしか聞こえない音量で会話する。お互いの体は近づき、それにつられて顔も近づいている。今なら耳元に話しかけることも可能だ。


「美しいな、リアは」

「フェルも素敵ですわ」


 ああ、このままキスすることができればどんなに良かったか。だがしかし、これだけ注目されていたらさすがに無理だな。殿下ペアの方にもだいぶ視線がいっているがそれでも厳しい。


「ダンスがすんだら警備のチェックだな。ゆっくりする時間はなさそうだ」

「そうですわね。主催するのがこれほど大変だとは思いませんでしたわ。簡単にパーティーを開くものではありませんね」


 苦笑いをするリア。良い勉強になったと言いたそうである。ちょっと強引な感じではあったが、生徒会役員に選んで良かったと思う。


「トバル公爵家でのパーティーに比べたら、ガジェゴス伯爵家のパーティーなど、つまらなく感じるかも知れないな」

「そんなことありません。私がつまらないパーティーになどさせませんわ。それに、将来、侯爵に陞爵する可能性は十分にありますわ。実家に負けないパーティーにしてみせますわ」


 笑いながらそう言った。冗談なのか、本気なのかは分からない。難しいと思うんだけどなー。戦争で大きな手柄を立てれば可能かも知れないけど。


「そのときまで、リアは一緒にいてくれるかい?」

「もちろんですわ」

「リア、愛してる」

「私も愛していますわ、フェル」


 お互いに距離をますます近づけて、音楽に合わせてダンスの続きを楽しんだ。



 音楽が途切れダンスフロアのメンバーが入れ替わる。そのタイミングで俺たちも入れ替わった。本当はもっとリアと一緒に踊っていたかったが、そういうわけにはいかない。俺たちには次の仕事が待っている。


「それでは予定通り、ダンスパーティーに異常がないかの確認に戻ります」

「ああ、よろしく頼むぞ。俺は大会本部にいる。何かあったらすぐに連絡するように」


 殿下にこれからの動きを確認し、生徒会役員のメンバーと軽く打ち合わせをしてから散会した。不測の事態に備えて二人一組で行動することになっている。俺の相棒はもちろんリアだ。男一人では入れないところもあるしね。


 軽食のコーナーは特に厳重な警戒網が敷かれていた。それもそのはず。つい最近、毒殺未遂事件があったばかりなのだ。みんなピリピリしていた。


「やはり予想通り、あまり減っていませんわね」

「こればかりは仕方がありませんね。飲み物も減っていないのが気になります。脱水症状を起こす人が出なければいいのですが」

「そうですわね。お医者様がすぐそこにおりますし、少しは安心できると思うのですけどね」


 医者にそのことを話すと、注意を喚起してくれることになった。医者が言った方が説得力があるはずだ。俺たちも安全性をアピールするために、出されていた飲み物を飲んだ。

 ダンスで多少なりとも汗をかいていたので、リンゴのような味をしているジュースがおいしかった。


 ダンスホール内だけでなく、廊下のチェックも行う。主にトイレまでのルートに何か異常がないかを見るだけである。トイレまでのルートにはいくつか休憩用の個室が用意されていた。


 扉の前にいる警備員に声をかけることで、個室を利用することができる。扉の前に警備員がいるのは、いかがわしいことに使われないようにするための処置である。扉の前に人がいれば、妙なことを考える人はいないだろう。


「フェル様、お花を摘みに行って参りますわ」

「分かりました。それでは……あそこのバルコニーで待っていますね」


 トイレの少し先に、火照った体の熱を冷ますためのバルコニーがあった。そこにはテーブルと椅子もあるので、時間を潰すのには持って来いだ。

 リアと別れるとバルコニーに出た。晩秋の乾いた風があっという間に体を冷ましてくれた。昼間で良かった。これが夜だと凍えていたことだろう。


「フェルナンド様?」


 前言撤回。全然心地良くない。今すぐここから離れたい。どこから湧き出たのかは分からないが、ビラリーニョ嬢が現れた。

 もしかしてここ、イベント会場だった? ダンスを踊った後に告白イベントがある場所なのか?


「これはこれは。ご機嫌よう、ビラリーニョ嬢」

「やはりここで会えましたわね」

「やはり?」


 何のこと? 何か俺がここに来る事を知っていたかのような口ぶりである。まさか……。


「フェルナンド様、私はあなたのことが好きですわ!」

「……申し訳ありませんが、私にはすでにエウラリア・トバル公爵令嬢という、素敵な婚約者がいます。あなたを好きになることはありません」


 いきなり何を言っているんだ、こいつ。ほとんどまともに話したこともないのに、良くそんなことが言えるな。顔か? 身分か? 見てくれだけで判断してるんじゃないの。

 断固拒絶の姿勢を見せた俺の態度に、目を大きくしたビラリーニョ嬢。


「なんで!? イベントフラグは全部回収しているはずなのに……フェルナンドにフラれるなんて、そんなことあり得ないわ」

「イベントフラグ?」


 おいおい、そんなセリフを言うのは、この世界がゲームの中の世界だと思っているやつだけだぞ。

 だが現実をよく見るんだ。この世界はゲームじゃない。現実世界だぞ。普通に人は死ぬし、うまくいかなかったからと言って、リセットしてやり直すこともできない。ゲームだと思って行動していると、自分の寿命を縮めるだけだぞ。


 困惑している俺の足下を、親指くらいの黒い影が横切った。カサカサという嫌な足音を響かせながらビラリーニョ嬢へと近づいていった。あれはたぶん、G。


「セイ!」

「ギェピー!!」


 あまりの恐怖に思わず声を上げて飛び退いてしまった。おいおい、Gを素手でたたきつぶすレディーがいてたまるかよ。そんなことをするのは前世の俺の妹くらいだろう。それに「セイ!」って……まさか。


「ギェピーって……まさか」


 ビラリーニョ嬢がワナワナと震えている。その顔色は青い。まるでお化けでも見たかのようである。俺もたぶん同じ顔をしていると思う。


「お前まさか、妹か?」

「まさか、お兄?」


 お互いに無言で見つめ合った。これは明らかに神様の人選ミスだな。ゴリラをヒロインにするとは世も末である。始めからボッチルートしか存在しない。


「フェルナンドがお兄だったとか、この世の終わりね。人選ミスも良いところだわ」

「ほほう、そんなフェルナンドに告白した気分はどうかね?」


 意地悪く笑った。ぐぬぬとビラリーニョ嬢の顔がゆがむ。いい気味だ。前世では勝てなかったが今世は違う。身分の差がダンチだぜ!


「フェル、そこで何をやっているのかしら?」


 凍えるような冷たい声が聞こえてきた。バッと振り返ると、そこには激おこモードのリアがいた。


「ち、違うんだリア。誤解だ!」

「そ、そんな……フェルナンド様、私との関係は偽りだったのですね……」

「黙れ小娘! お前なんぞ、無実の罪でギロチンにしてやろうか!」

「フェル、ちょっとあの部屋でお話しましょうか?」


 俺たちはビラリーニョ嬢も連れて休憩室へと入って行った。

 そしてそこで、全てをリアに話した。ビラリーニョ嬢には先ほどの脅しは利かなかったらしく、饒舌にこれまでのことを話した。お前ほんとにギロチンになっても知らんぞ。


「まさか、ステラさんがフェルの前世の妹だなんて。それにこの世界がゲームの世界に似ているだなんて、かなり頭が痛いですわ」

「心中、お察しします」


 俺は平謝りするしかなかった。話した内容について納得してもらえるかどうかは分からないが、リアに変な疑いをかけられるよりかはマシである。

 ホウッっとリアがため息をついた。その顔に先ほどの険しさはなかった。


「でも安心しましたわ。フェルに限ってそんなことはないと思っていましたけどね」


 それにしては般若の形相でしたけどね。人生終わったかと思ったよ。

 諸悪の根源を見ると、舌を出して「てへぺろ」とばかりに目をそらした。俺は今すぐこいつをギロチンに処すべきだと思った。

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