第38話 ダンスパーティー

 ダンスパーティー本番の日がやってきた。俺は自宅から王立学園ダンスパーティー会場に向かう組なので、ただいまこの日のために用意した紳士服に袖を通しているところである。


「やっぱり似合うわ~、さすがは旦那様の息子ね」

「ああ、そうだな。私の若い頃にそっくりだ」


 ウフフ、アハハと両親が楽しそうにこちらを見ていた。鏡で見る自分の姿は、お世辞でもなく、確かにイケメン貴公子そのものだった。

 うん、これは間違いなく、モテる。ついに俺にもモテ期がきたか。まあ、大事な婚約者がすでにいるんですけどね。


「さあ、これで準備が整いましたわ。完璧ですわ」


 俺の準備を手伝っていた使用人がやり遂げたといったかのような声を上げた。左胸にはジョナサンにもらったブローチをつけている。これから行く場所は魔法を使うことはできないが、お守りとして十分に頼りになる。


「それではお父様、お母様、愛しの婚約者殿を迎えに行って参ります」


 俺は大仰に胸に手を当てて深々とお辞儀をすると、両親もそれに応えてくれた。


「未来の妻に粗相のないようにな」

「まだ手を出しちゃダメよ?」


 ちょっとお母様、その返しはなしですぞ。俺が未遂事件を起こしたことがあるみたいじゃないですか、ヤダー。


「……善処します」


 そう答えて馬車に乗り込んだ。目指すはリアが待つトバル公爵家。あっという間に馬車は到着し、心の準備を整える時間はなかった。


「リア嬢、お迎えに……」


 美しいドレスに身を包んだリアを見た瞬間、言葉が出なくなった。花の妖精のように幾重にも重なった濃紺のスカートはとても豪奢で、ところどころに宝石がきらめき、まるで星空のようである。


 胸元までは青色のグラデーションになっており、まるで夜明けの前の空のようである。惜しげもなく強調された胸元には、夜を照らす月のようなネックレスが輝いており、思わず目が留まってしまった。


 動きが止まっていたのは俺だけではなかったようである。トバル公爵夫人がリアを揺さぶって正気に戻そうとしていた。


「リア嬢、お迎えに参りました。美しい。地上に降り立った夜の女神に違いない」


 先に正気の戻った俺はリアに近づいた。ようやく正気に戻ったリアの顔が夕日を浴びたかのように赤くなった。たぶん俺の顔も夕日を浴びていると思う。うお、まぶしっ!


「フェル様も、とてもお似合いですわ。隣に立つ私が霞んでしまいそう……」

「それは絶対にないです。絶対にありません」


 キッパリと言い切った。それは絶対にない。あり得ないので二回言った。

 その場でお互いに見つめ合ったところで声がかかった。


「ほら、二人とも、早く行かないと時間に間に合いませんことよ」

「リア嬢と一緒にいれるなら、私はそれでも構いませんけど――」

「つべこべ言わずに早く行きなさい」


 お義母様に怒られた。もうこの場で十分に満足したので、ダンスパーティーに行く必要はないと思うんだが。ダンスならトバル公爵家でもできるでしょ?


 だがしかし、リアはダンスパーティーに行きたそうである。先ほどから目を輝かせて上目遣いで俺を見ている。どうやら俺のエスコート待ちのようである。

 その熱いまなざしに負けた俺はリアに手を差し出し、ニッコリとほほ笑んだ。


「それでは参りましょうか、お姫様」

「お、お姫様はやめて下さいませ。……恥ずかしいですわ」


 本当に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして眉が垂れ下がっている。普段はきつい目つきが心なしか柔らかくなっているように見えた。

 う、リアのこんな表情が見られるなら、何度でもお姫様呼びしたい。


 俺はときめく胸を押さえながら馬車へとリアを導いた。うしろから続いた使用人が乗ると、バタンと扉が閉まる。すでに晩秋に差し掛かっているため、馬車には温かくする魔法がかけられていた。


 リアの姿を眺めているとあっという間に王立学園に到着した。お互いに無言で眺めるというどちらにもWin-Winな関係のまま馬車が停車する。いつものように外からノックされて扉が開く。


 辺りを警戒して外に出ると、ワアッ、と黄色い声が上がった。よく見ると、女性陣が俺の方をガン見している。それをどこか居心地悪く思いながらリアをエスコートする。外の女性陣の声が中まで聞こえていたのか、ちょっとムッとなっているリア。分かりやす!

 リアが外に出ると、今度は男性陣がザワザワとしだした。なに見てんだよ! ギリッ。


「フェル様、そのような顔をしてはいけませんわ。落ち着いて、いつものように振る舞って下さいませ。私はどこにも行きませんから」


 どうやら俺も顔に出ていたようである。おかしいな。ポーカーフェイスには自信があったんだけど。

 腕を差し出すと、すぐにリアが腕を絡めてきた。周りの視線は相変わらずジロジロと見られているようで居心地が悪いが、左腕が幸せだからまあ良しとしよう。


 俺たちはまず生徒会室に顔を出した。始まるまでには少し時間がある。俺たち生徒会役員はダンスパーティーの参加者であり、主催者でもあるのだ。思ったよりも忙しくなるだろうし、それぞれの動きの最終確認が必要だろう。


「来たか、フェルナンド。どうだ、俺のマリーナの……」


 殿下が固まった。俺も固まった。この二人、お似合い過ぎる。ビックリするくらいベストマッチしている。まさに光と光が合わさって最強に見える。対してこちらは闇と闇である。何か悪役っぽいな。


「殿下、マリーナ様、とてもよくお似合いですよ。ええもう、言葉を失うくらいに……」

「それはこっちのセリフだぞ。正直、驚いた。俺たちが一番だと思ったが、どうやらそう簡単に一番は取れなさそうだな……」


 お互いに男の友情を確かめ合っている間に、女性陣二人はキャッキャ言ってお互いのドレスを自慢していた。そのあとはお互いに婚約者の自慢を始めた。仲がよろしいことで。


 ダンスパーティー会場は異様な熱気に包まれていた。予行練習とは全く違う。色とりどりの蝶々が花を求めてあちらこちらへと舞っていた。

 これが夜だったら、シャンデリアに照らされて幻想的だったことだろう。来年からは夜の開催に……は難しいかな。安全面の確保が難しいだろう。


 ビラリーニョ嬢も注目を集めているようだった。特に男性陣からは熱い視線を浴びていた。それもそうか。有力な対抗馬がいなくなったのだ。自分たちにも可能性があると感じているのだろう。


 そんな男性陣を見る、女性陣の値踏みをするような視線は冷たかった。まあ、婚約者のいる俺には関係ないですけどね。


 ワルツの曲が流れ始めた。どうやら早くもダンスの時間が始まったようである。広さがあるとは言え、一度に全員が踊ることができるスペースはない。そのため、ある程度の踊る順番を決めさせてもらっていた。


 まずは当然、王立学園内で最高の身分である殿下たちだ。それに続いて、高位貴族から順に選ばれている。もちろん俺たちも選ばれている。


「リア嬢、私と踊っていただけませんか?」

「もちろんですわ。フェル様」


 俺たちは手を繋ぐと、ダンスフロアへと流れるように移動した。

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